第179話 孤独と疎外感 5 Bパート

文字数 7,055文字

「どうする? 今、ここで私の意図も何もかも全部理解して謝るか、それとも自分は何も悪い事、後ろ指を刺されるような事は何もしていないと、謝らないのか。どっちを選んでも良いよ」
 そのどちらを選んでも、以降頭の固い雪野さんは自分を責められなくなってしまうのだから。
 だから自分が悪くなる方へと、自分自身を楽にしてくれる方から逃げよう、離れよう、隠れようとする頭の固い雪野さんらしく、瞼を痙攣させながら必死で頭を働かせているのが傍目から見ていてもよく分かる。
 そしてよく考えなくてもこうして雪野さんと、優希君以外でゆっくり喋るのは初めてだと気付いた頃合い、
「……それでも謝って許されない事だって世の中にはたくさんあります。それは先ほど岡本先輩のご友人の取り返しのつかなくなる状態を考えても分かる道理のはずです――あらかじめ言っておきますけど、これは岡本先輩が何と言っても、二枚舌を駆使しようがワタシの考え方ですので」
 ……雪野さんの口から出て来た苦し紛れの言い訳なんて、精一杯の気概と言うのか、防衛を考えたつもりなんだろうけれど、そんなのはどうとでもなる。だけれどその二枚舌だけはどうにかならないのか。
「へぇ。じゃあ先輩として、私らしくもう一回ハッキリと謝るね。今回は何の非も無い雪野さんとの約束を『だからそう言うの辞めて下さいって! 先輩に頭を何回も下げさせて、後輩失格のワタシはどうしたら良いんですかっ』――だったら友達で良いじゃない。恋のライバルで良いじゃない」
 痙攣を続けていた瞼の奮闘むなしく、涙で濡れた頬の上からさらに

雫が伝う。
 私はここで仕上げだと判断して畳みかける。
「私が友達だったら雪野さんに謝っても何の問題も無くなるんじゃないの? 友達だからこそ赦せる話も、打ち明けられる話も、心の内もあるんじゃないの?」
 私が学校を休んでいる間に、雪野さんから聞き出してくれた優希君の話。私と話をしたいとか、今孤立していて同年代と全く話せない女の子同士で話したい事など。せっかくのお母さんからのお弁当だけれど、味わって食べるのは辞めにして、少し行儀は悪いけれどかき込むようにして食べる事にする。
 その上で、雪野さんの隣へと移動する。
「……なんですか? 大体ワタシには岡本先輩を友達と思えるほど失礼な神経は持ち合わせていません」
 私の動きに更に警戒心を高めたっぽい雪野さん。でも、今更警戒したって何もかも遅いのだ。搦め手と言うのはずっと以前からその準備を始めているものだ。
「そうなんだ。じゃあ先輩に対して二枚舌って言うのは失礼でも何でもないんだ」
 それに人の話に全く耳を傾けないわ、優希君の話は素直に聞く癖に、私には反抗的な態度ばっかり取ってくるこの頭の固い可愛い後輩。
「……それは先輩としてではなく、人としてのお話です」
 つまり始めから私を先輩として見ていなかったって取れなくもないんだけれど。まあこっちの方が都合が良い事には変わりない。
 その上で伝った雫の痕を残し、言い切る雪野さんに笑顔を向け続ける。
「雪野さんにしては屁理屈なんて珍しいね。それだったら私だって一人の人間として約束をすっぽかしてしまった事を謝るよ――ごめんね」
 その上で今度は雪野さんに割り込ませない様に、一息で謝ってしまう。
「……岡本先輩はワタシにどうして欲しいんですか? 何が目的なんですか! それともワタシを悪者にしてそんなに楽しいんですかっ!」
 謝れば私が許してしまってそれ以降自責が出来なくなってしまう。逆に謝らなければ、雪野さんの性格的に自分が悪くないと

限り謝らない選択は出来ない上に雪野さんが謝る事すら認めない私。
 更に謝まっても限度があると言った側から、限度は超えていない、私が雪野さんを悪いとは思っていない理由で後輩として、どう考えてどう取って良いのか分からないであろう雪野さん。
 ただ雪野さんと雪野さんの友達は全くの別物だと、会長の言葉を思い出してもらえればそれで終わりなのだ。
 だから私はこう言う。自分でもどうかと思うし、今までの優希君とのいきさつを知っている友達からしたら、みんな首をかしげるとは思う。だけれど、優希君も感じているであろう通り、恋情が絡まなければ頭の固いまっすぐで可愛い後輩なのだ。まぁ、時々失礼ではあるけれど。
「私は雪野さんと友達になりたいの。雪野さんとは先輩後輩を超えた友達になるのが目的なの。そうじゃ無いと私

優希君に関する嫉妬や文句を、全てぶちまけられないの『なっ?!』――先輩後輩のままだと統括会役員と言うのもあって、模範でないといけないでしょ。その点友達同士なら気兼ねなく何でも言えるじゃない」
 もちろんある程度の加減は必要だけれど。
「な……なんですかそのふざけた理由は。ワタシへの嫉妬とか文句とか。大体空木先輩の彼女は岡本先輩じゃないですか。ワタシをバカにするために友達とか話になりません!」
「雪野さん。ちょっと待ちなって。私の話はまだ終わっていないよ」
 席を立った雪野さんを大慌てで掴み留める。
「大体このままだと、雪野さんの今日の目的は果たせないと思うんだけれどそれは良いの? それに私の嘘偽りのない正直な気持ちも口にしたんだけれど、その返事はもらえるの?」
 このまま帰してしまったら、いくら中条さん達が広め始めてくれているとは言え雪野さんの孤立は変わらない。
「何て事仰るんですか! だいたい岡本先輩の方がワタシが謝ろうとしても、ワタシの話なんて何も聞いて頂けないじゃないですか!」
 雨が降っている中、立ち上がった分だけ屋根から少し外れた分、雪野さんのブラウスが濡れ始める。
「何言ってんの? 雪野さんが前々から私に言い続けて来たんじゃない。悪くないのに謝るなって。雪野さんこそ私をバカにしてんの? それともそんな事も分からないくらい私をアホだと思ってんの?」
 だったら後輩だけ雨曝しにして、自分だけのうのうと屋根の下にいる趣味なんて持ち合わせていない。
「なっ! 何ですか! その言いがかりは! 実際ワタシがご迷惑をおかけしてなかったら岡本先輩は休まずにそんな顔にもならずにっ?!」
 雪野さんの言葉を再度椅子を蹴って止める。最も椅子は地面に固定タイプで動かなかったけれど。頭に来た事には変わりない。
 何が言いがかりなのか、いつもの雪野さんらしくいてもらうために絶対に逃がしはしない。
「雪野さん、あんまり先輩舐めると本気でキレるよ。私は雪野さんに殴られた記憶も顔の形が変わる程蹴られた記憶も無いんだけれど。私は記憶喪失とでも言いたいの?」
 さすがにそこまでして自分を悪者にしてしまうのに腹立った私は、雪野さんを本気で叱る。
 昼休みの時間的にこれが最後になりそうだけれど、これは必要な話、注意だと割り切って今日はもう雪野さんの話を聞くのは諦める。
「……だ……だか、ら。ワタシの友達が――っ?!」
「雪野さん。何回も同じ質問をさせんなって。雪野さんが私を殴って蹴ったの? 私が記憶喪失だって言いたいの? 言っとくけれど次、同じ質問をさせたら直接手か足が出るからね」
 それでもこの頭の固い目の前の後輩は頑なに、すぐに足や手が出る私にビクつきながら、自分は無実だと言う当たり前の事実を見て見ぬフリを続ける。だったら無理矢理にでも気付かせてやる。
 私の彼氏の言葉だけ雪野さんに届くだなんて、そんなふざけた話を彼女である私が認めるはずがない。
「どうしたの? それでも雪野さんがした、殴ったって言うの? それとも自分が無実・潔白だって認めんの? 自分で自分を赦してあげられるの?」
「ワ――ワタシは……な、何でワタシが謝るのも責任を取るのも認めては頂けないんですか! ワタシにも非が――っ」
 その瞬間、私は雪野さんの頬にビンタをかます。
「私に甘える分にはいくら甘えても良いけれど、バカにすんな! 私がいつ雪野さんの責任にしたのかもまだ答えてもらっていないんだけれど。言っとくけれど先輩である私を差し置いて、顔も名前も知らない後輩の言う事を信じるって言った瞬間に、二回目行くから」
 それでも自分を中々許してあげられない雪野さんを赦したくて免罪符を作りたくて手を上げる。
 その瞬間、信じられない程の雫が雪野さんの瞼から溢れて来る。
「何で! どうして当事者である岡本先輩はワタシを責めてくれないんですかっ! どうしてみんなワタシのせいにするのに岡本先輩だけは違う事を仰るんですか?!」
 みんな……か。やっと漏れ出た悲痛な涙声の雪野さんから出た本音。想い。
 二年の誰の話を聞かなくても、この雪野さんから漏れ出た正直な感想が全てなんじゃないのか。本当に私たち三年も他学年の事は言えないけれど、二年もどうなっているのか。
「私たちのいきさつを知らない他の人なんてどうでも良いの。それを理解しているからバイトの騒ぎの時も、他人に流されずに直接本人に聞こうと足を運んで『!』香水だって直接本人と話した『……』んじゃないの? なのに何で雪野さん自身の時だけそれが当てはまらないの?」
「……」
 恐らく何を言っても私が手を出すと思って口に出来ないのだと思う。
 そして雪野さんの性格を考えれば、思ってもいない事は口には出来ないだろうから、やっぱり素直で可愛い後輩だと思う。彩風さんとは違って。
「何で私だけ全然違う答えになるのか教えてあげる。まず私が約束をすっぽかしたのは9月4日の金曜日だよね」
「……」
 その雪野さんは雨に打たれるのも厭わずに、私の話に耳を傾けるつもりなのか返事をしない。
「9月3日の木曜日に約束をして9月4日の金曜日にすっぽかした話。実はこの3日の木曜日に、私たちのクラスの健康診断が抜き打ちであって、私の親友が長期に渡って、同じクラスの女子メンバーや彼氏だった戸塚から暴力を受けていたのを、健康診断の際に全て聞いたの……しかもこれもまた、同じクラスの

『っ』から。当然私にとって一番の親友だもん。信じられない程の自責が押し寄せたよ。
 どうして自分は気付けなかったんだって、力になれなかったのかなって。今の雪野さんと同じようにね『……』そしてそのまま翌金曜日は、学校側からの公欠指示で休みになったの。だから本当ならこの時点で私は、4日(金曜日)の約束の話は出来たはずなんだよ。それなのに連絡しなかった私の落ち度なの。
 そして4日当日の金曜日。学校側からの公欠指示で自宅からは出るなとの指示も貰っていたのだけれど、その注意すらも聞かずに、一人暴走して単身サッカー部の男子、

の所へ突撃した結果がこの様なの。
 だから誰が何と言おうと雪野さんは関係無いし連絡しなかった私の落ち度。つまり私は服装チェックの時と同じ失敗をしたんだよ」
 二年で流れている噂なんて知りたくも無いし、聞きたくもない。
 そんな噂なんていくら重ねたって、真実に及ぶ事も迫る事もないのだから。
「……ワタシへの連絡が抜けたって、それってその親友さんの出来事で胸が一杯になってたからじゃないんですか? それくらいその親友さんが大切だったって事じゃないんですか? それにワタシはあの金曜日なら約束を破られたなんて思っていません。ただ遅刻されたんだなって、そうやって傷口に塩を塗る先輩だったんだなって思っただけです」
 なんだ。分かってくれるているんじゃないの。なのに……おかしい。優希君の話だと私が愛想を尽かしたとかで落ち込んでいたんじゃなかったのか。
「傷口に塩を塗るって何でよ。それに私が約束を破っていない、遅刻をしたって言うのはどう言う事?」
 私はあの日、雪野さんとは会っていないし昼休みの間は学校へは行ってもいない。
「……岡本先輩が空木先輩をワタシの元へ送ってくれたんですよね。岡本先輩と空木先輩の仲を誇示するために」
 蒼ちゃんの話で胸を痛めていたのは分かって貰えたはずなのに、そこからどうしたら傷口に塩なんて話になってしまうのか。
「あの日はたまたま公欠を耳にした優希君が、心配して連絡をくれたんだよ。だから雪野さんの心をへし折るとか、そう言った気持ちは全く無いからね。それで、これで雪野さん自身には何の責任も無いって事は理解してもらえたの?」
 時間的にはもう予鈴が鳴ってもおかしくないからと、一つの仕上げにかかる。
 雪野さん自身を自分で赦してあげられないと困るのだ。
「……」
 それでも首を縦に振らない雪野さん。
「じゃあ雪野さんが悪くないって認めてくれるまで謝り続けるよ」
「だからなんで岡本先輩が――」
 もうこれ何回目の問答なのか。頭の固さが無かったら優希君の隣に立てたのを雪野さんは本当に気付いていないのか。
 この一連の大事件の話の中で、私の代わりに優希君を待ち合わせ場所に送った私は悪くなくて、雪野さんの友達が振るった暴力に対して本当の意味で無関与の雪野さんが悪いだなんて、何度同じ問答をしたって認めない。
 それに当事者である私は、戸塚に腹を立てても、あの友達とか言う男子に腹を立てても雪野さんに対しては全く負の感情はない……優希君以外では。
「分かりました! 分かりましたから何も悪くない岡本先輩が、簡単に頭を下げないで下さい……」
 雪野さんもいい加減疲れて来たのか、声に力が無くなってきているけれど、逆に私は力がみなぎって来る。
「分かったって何が?」
 この予鈴も鳴ったこの間際になって、ついに私の欲しい答えが出そうなのだ。
「ワタシと私の友達の間には因果関係は無かったって話ですよね。だから今まで通りワタシに嫌われろって言いたいんですよね」
“嫌われているのは今まで通りですけど”と、小声で零す雪野さん。
 だけれどそっちは後から力技でどうにかするんだから、後回しでも十分だ。
「本当に?! 雪野さんは悪くないって理解してくれたんだね?! 女に二言はないよ!」
「何が女に二言なんですか。どうせワタシが認めなければ、また先輩をバカにしてるとか仰って認めない挙げ句に、ところかまわずワタシに頭を下げて来るんですよね」
 そんなの当たり前に決まっている。何で無実の私たちが卑屈にならないといけないのか。
 キレるなり物に当たるなりさせてもらわないと、こっちだって人間なんだからやってらんないのだ。
「そこまで分かってくれたんなら、今から雪野さん自身が悪いとか、謝ったりしたら遠慮なく行かせてもらうからね。あっと。それから、今から私と雪野さんは友達ね」
「な?! 何を仰るんですか! いくらなんでもそんな話なんてしてません!」
 何を驚いているのか。あれだけ私の気持ちを赤裸々にしたのに、無かった事にさせるか。
「何言ってんの? じゃないと私の嫉妬を雪野さんにぶつけられないし、雪野さんも先輩に対して失礼な言葉を連発した、先輩に頭を下げさせたって、ずっとしこりを残して良いの?」
 だから雪野さんの頭の固さを利用して煽りまくるだけだ。
「何ですか? その支離滅裂な理由は――」
「――私は雪野さんと友達になりたい『~~っ』その上で文句をぶつけないと気が済まない」
 当然一人にはしないつもりで。もちろん教頭との課題なんてどうでもいい……とまでは言えないけれど。
「よりにもよってワタシじゃなくても良いじゃないですか!」
 切羽詰まった声に対して今度は潤む瞳。二人とも雨に打たれ続ているせいで、上半身は完全に湿ってしまっている。
 比較的穏やかな雨で良かった。これが強くて完全に濡れていたら雪野さんに風邪をひかせてしまう所だった。
「友達に代わりなんていない。ちゃんと自分の気持ちを持って、その為にコツコツ努力をして、誰のせいにするでもなく泣き言も言わず――」
「――ちょっと何を恥ずかしい事を口走ってるんですか。ワタシ、もう教室に戻りますからっ!」
 その相反する二つの感情を同居させた雪野さん。だったら私から打ち破ってやる。
 これだけ私たちの仲を引っ掻き回したんだから、私たち二人の目標“雪野さん続投”に、絶対協力してもらうんだから。
「良いけれど。今から雪野さんの事“冬美(ゆふみ)さん”『?!』って呼ばせてもらうから。だから冬美さんも私を呼ぶ時、岡本

以外で呼んでくれないと返事。しないからね」
「……なんて強引な先輩なんですか……本当に岡本

程型破りな人なんて知りません」
 私の想いを全部乗せて雪野さんの背中に宣言する。もちろん冬美さんの零した言葉を落とさずに聞いた上で。


 雪野さん……もとい、冬美さんを見送ってから、大慌てでお弁当とハンカチを片付けて、教室に戻ったのだけれど、授業開始には間に合わなかった。
 その上、私の制服が濡れていたのもあって実祝さんと咲夜さんからは“ギョッ”っと目を見開かれたけれど、それが功を奏したのか、改めて手洗い場で身支度を整える許可を貰うことが出来た。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       友達になるための初めの一歩を踏み出した主人公
      もちろん頭の固い後輩がこれで大人しくなる訳もなく

       その中で教頭先生からの課題続行のお知らせ

      その裏で何とか彼女の願いを叶えようと奔走する彼氏
     だけれどトラブルと言うのは、次々とやってくるもので……

「良いよ。僕は愛美さんが笑ってくれれば、愛美さんを知ることが出来れば」

           次回 第180話 人が弱くなれる場所

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