第181話 信頼の積み木 9 Bパート

文字数 6,524文字


 冬美さんへの返信の後、反論が来ないのを確認したら次は蒼ちゃんだ。
『蒼ちゃん。今時間大丈夫?』
 それからあの家出以来、初めての電話をする。
『私は大丈夫だけど、愛ちゃんは今日から学校行ったんだよね』
 その蒼ちゃんの声が思ったより明るそうで、ひっそりと胸をなでおろす。
『うん。行ったけれど、教室の1/4くらいが空席だったから、ものすごくしんどかったし空気も重かったよ。蒼ちゃんの方は? おばさんは?』
 それでも事の顛末がどうなったのかは気になる。
『祝ちゃんは? 仲良くしてる? 元気してる? 私はこの週末からまずはお料理教室復帰かな。それから外を出歩くのも誰と会うのも良いけど、学校だけはどうしても考えさせて欲しいって。せめて10月にもう一回する妊娠検査の結果までは時間が欲しいって』
 そう言えばごく初期だけは駄目なんだっけ。つまりおばさん達は蒼ちゃんの身に起きた全てを知っているって事で……先を考えるだけで辛くなってしまう。
『それからもう一つだけ。今日冬美さんから直接聞いたんだけれど、私たちに乱暴していたあのサッカー部の後輩男子なんだけれど、自主退学を申し出てもう退学したんだって。だからあの男子たち二人共あの学校からはもう居なくなってるよ』
 だけれどあの女としての尊厳を徹底的に踏みにじった男子が二人ともいなくなっている。これは私たち女子たちにとっても、おばさん達にとってもすごく安心できる材料にはなると思うのだ。
『……えっと。冬美さんって誰? それに自主退学ってもういないって事?』
『冬美さんって言うのは、例の雪野さん。優希君に恋慕している統括会後輩の子だよ。そしてもういないよ。だから学校には安心して来れると思う』
『そっか。二人ともいなくなってくれたんだね。それはすごく嬉しいしお母さんとお父さんも安心してくれると思うけど、雪野さんってあの愛ちゃんを泣かせた、空木君との仲を壊そうとしたあの後輩なんだよね?』
 まあやっぱりみんな驚くよね。私だって自分でどうかしているとも思った訳だし。それでも優希君以外の部分では好感を持てるのも確かだし、決して遊びじゃない、本気だって伝わったからこそ、許せる部分はあると思う。もちろん友達になった上で、言いたい事を全部言ってこの嫉妬も何もかもをすべて吐き出した上で。だけれど。
『そうだよ。友達になろうって思って。友達になって今までの文句や言いたい事、優希君に関する煮え切った感情も何もかもをぶつけようと思って』
『……どうせ愛ちゃんの事だからそれだけが理由じゃないんでしょ?』
 いつものあの“しょうがないなぁ”のため息をつきながら、やっぱり見抜いて来る蒼ちゃん。
『まあそうだけれど。でもこれは優希君と私二人の……ううん。統括会としての意思でもあるし、やっぱり冬美さんは頭が固いだけで良い子なんだよ。だから今はしんどくても来年度も統括会に残って欲しいって思っているんだよ』
 それに真剣だからこそ、誰に対しても文句を言わずコツコツと一人努力できる雪野さんが、彩風さんとの対比で余計に浮かび上がる。その二人の対照的な行動を見ていると、どうしても冬美さんを嫌いにはなれない。
『……結局愛ちゃんはそうやって、みんな赦して行くんだろうね』
“愛ちゃんらしいね”って零す蒼ちゃん。
『そんな事ないよ。会長に関してはもう本当に嫌気がさしているから。もう私の中でダメだと思う』
 だけれど私はそこまで完璧じゃない。何度言っても私の親友・友達に声を荒げて、いくら好きでもないからと言っても後輩の女の子である彩風さんに二度ならず声を荒げて。それで私が好きだとか泣かせないとか言うんだから、そんなの信じられる訳が無い。
『それだってなんだかんだ言いながら、赦す気がするって言うか、呼び方を元の“倉本君”に戻すと思うよ。断言しておいてあげる。先生もそうだったし祝ちゃんもそうだったし。それに……』
 それに……の後に本当は何が……いや。誰の名前を続けるつもりだったのか。
 “だって愛ちゃんだもん”ってワザワザ言い換えて、また注釈をつける蒼ちゃん。そんな事は無いと思うんだけれど。
『そうそう。それで実祝さんは咲夜さんや九重さんとも喋っているし、私も喋ったよ。でも料理教室だけでも通える事になって良かったよね』
 もちろん家出を終わらせるための条件なんだから、もし意見が変わっていたりしたら私も黙っているつもりは無かったけれど。いずれにしてもこれ以上冬美さんの話をすると、何か墓穴を掘りそうだからと話題を元に戻させてもらう。
 本当ならこの流れで学校の話もしたかったのだけれど、私たち女にはあまりに重くのしかかる妊娠。もちろん可能性だけで万に一つもないと信じる。だけれど一人娘である蒼ちゃんのおばさんの気持ちを考えると、それこそ責任を取れる訳が無い私が何かを言える訳が無くて……
『そっか。祝ちゃんが愛ちゃんや他の人と喋ってくれるんなら良かった。お料理教室の件はありがとう。でも私は、愛ちゃんとこの学校を卒業したいから絶対復学は果たすよ。だから祝ちゃんや二年の後輩、それに雪野さんとも一緒に待っててね』
 それでも戻って来てくれると約束してくれる蒼ちゃん。でもその中に咲夜さんは入っていない気がして。
『咲夜さんや優希君を含めたみんなで待っているからね』
 だからわざわざ言いかぶせたのに、
『……でも今月もちゃんと来たから、10月の検査だって心配ないはずだから愛ちゃんも心配しないで待っててね』
 私の言葉自体無かったかのように話を進める蒼ちゃん。
 教室内の九重さんと言い、これ以上あの教室で何かが起こったら理想の先生になる前に先生が潰れてしまう気がする。
 先生の恋情がどうであれ、先生の応援をするって決めた以上、統括会役員の私がそれを認める訳にはいかない。
『今の話。実祝さんだけじゃなくて咲夜さんにも伝えたら、より内情を知っている分喜んでくれるよ』
 だったら今度は蒼ちゃんが私と実祝さんの橋頭保をしてくれたように、お姉さんが何度も私を解き解してくれたように私から一歩踏み込む。
『それに先生もたくさん応援してくれた分、安心もしてくれるかな』
 だけれど蒼ちゃんもまた、私の意図を理解した上で躱している。その証拠に蒼ちゃんの声から抑揚が無くなる。蒼ちゃんが私をどれほど大切にしてくれているか分かるから、優希君との仲をどれほど心配して心を痛めてくれたのか理解しているから蒼ちゃんが一生赦せないって言った気持ちは分かる。
 だけれど私たちはお互いに断金の交わりへと至った親友同士なのだから私の想いも違わず届いているはずなのだ。そしてさっき言い換えた言葉の先……私が咲夜さんを赦しつつあるのを蒼ちゃんは絶対分かっている。
『そうだよ。咲夜さんを含めたみんなが待っているからね』
 しかもお互いが“頑固”で“意地っ張り”なんだから、お互いに中々折れない性格だなんて今更だ。
『ありがとう愛ちゃん。そしてら今日はもう電話切るけど、また明日も電話して来てくれるんだろうから待ってるね』
 それを仄めかせるような蒼ちゃんの何気なさそうなやり取り。
『……明日もまた電話するよ』
 だからこそ私は気づいていないフリをしてやり過ごす。

 私が気落ちしながら電話を切ると、

 宛元:優珠希ちゃん
 題名:電話
 本文:いつまで誰と喋ってるのよ。まさかと思うけどメスブタじゃないでしょうね

「……ちょっと電話するの嫌なんだけれど」
 もう明らかに荒れていると分かる優珠希ちゃんからのメッセージ。ただ、冬美さんへの失点は絶対に阻止しないといけないから仕方なく優珠希ちゃんに電話する。
『アンタ! 今まで誰と喋ってたのよ! どんだけ長電話するのよ!』
 ほら。しょっぱなからこれだ。
『誰と喋ってたって、まだ学校に行ける状態じゃない蒼ちゃんと連絡を取り合っていたんだって』
『アンタ! 何でこんな時にまで腹黒いのよ! どうせそうゆえばわたしが文句をゆえないって分かっててゆってるんでしょ!』
 何て言い方をするのか。それだと私が蒼ちゃんを盾にしたとしか聞こえない。さすがに優珠希ちゃんとは言え、それだけはさすがに頂けない。
『ちょっと優珠希ちゃんそれはどう言う意味? 本当は冬美さんと喋っていたって思っているわけ?』
 実際メッセージではもっとひどい言葉だったけれど、冬美さんと友達になれた暁にはその呼び方から全て直して貰わないといけない。私は友達を大切にしてくれない人とはどうあっても仲良くする気なんてないのだ。
『はぁ? 冬美って誰よ! また変な女を持って来る気じゃないでしょうね』
 ……優珠希ちゃんが私に何の話をしたいか分からないけれど、ちょっとお灸を据える必要がありそうだ。
『ちょっと優珠希ちゃん。変な女ってどう言う意味? いい加減にしないと怒るよ?』
『っ! 思うも何も今日の昼だってメスブタと昼してたじゃない。わたしが何も知らないと思ってるの? ちゃんとお兄ちゃんから聞いてるんだから』
 それと電話は全く別だし、第一冬美さんとのお昼だって優希君にも話して喜んでもらっている。
『だったら冬美さんに電話して、私と喋っていたかどうか聞いてみたらどうよ』
『だからその冬美って変な女は誰なのよっ!』
 ああ。そうか優珠希ちゃんは雪野さんの名前を知らないのか。でも今の荒れた優珠希ちゃんに雪野さんと友達になりたいから名前呼びに変えたなんて言ったら、確実に爆発するだろうからさすがにこれだけは空気を読ませてもらう。
『だったら電話番号教えるから、電話してみると良いよ。そしたら誰か分かるよ。どうせ私がどう言ったって信じないんでしょ?』
 初っ端に冬美さんじゃないって言っているのに、頭から疑う位なんだから。
『~~アンタってほんっと腹黒いわね! なんでわたしがこれ以上余計な女と喋らないといけないのよ! 大体本当に喋ってないのなら堂々としてなさいよ!』
 ホンッとにああ言えばこう言う、今日だけはあんまり可愛くない優珠希ちゃん。
『それで優希君からも御国さんからもメッセージを貰っていたんだけれど、何があったの?』
 それでも私に聞いて欲しい話があるって言うなら、もちろん聞きはするけれど。
『アンタねぇ! 何を誤魔化そうとしてるのよ! 今日の放課後お兄ちゃんや佳奈まで待たせて誰とどこで何をしてたのよ!』
 その肝心な話が私への文句ばかりで中々出て来ない。
『今日久しぶりに学校へ行ったから、状態確認とか病院の話を職員室でしていたんだよ』
 それから間違っても本人の前では言えないけれど、優珠希ちゃんと冬美さんの仲直りの課題もね。
『……ふんっ! それでもわたしたちを待たせた事には変わりないわね』
 なのにこっちの気も知らないで勝手な事ばっかり言い続ける優珠希ちゃん。だんだんと腹立って来た。
『何に対して腹を立てているのか知らないけれど、いい加減にしないと怒るよ。冬美さんは私が一緒にお昼したいなって思ったの。それは優希君も理解してくれている。それに先生だって本当に心配してくれているの。あの腹黒に関しては私も同じ気持ちだけれど、中には巻本先生みたいに良い先生もいるの。優珠希ちゃんが敢えて学校でそう言う格好をしているって事は見かけで判断するな、言葉でなら幾らでも取り繕えるって言うのもそう言う事なんじゃないの?』
 ワザワザ違和感を抱くような、自分自身を危険に晒すような格好をして、なのに自分自身の行動では素直に見せて。
『っ! 冬美ってあのメスブタの事だったのね。何よ! 最近わたしにも佳奈にも顔を出しに来ないであんなメスブタばっかり相手にして。しかもお兄ちゃんを誑かしたあんな女に馴れ馴れしく愛称で呼んで。メスブタは愛美先輩とお兄ちゃんの仲を引き裂こうとした、あのアバズレ女と同類じゃないの?! なのにあんなメスブタとお昼一緒にしたいとかその神経が分かんない! お兄ちゃんを誑かしてわたしから愛美先輩を遠ざけて、あんなメスブタなんて大っ嫌い!! 消えてしまえば良いのにっ!』
『あ?! ちょっ――』
 だけれど今のは私の言い方が良くなかったのかもしれない。優珠希ちゃんは気を許した相手にはとことん甘えて来てくれるって分かっていたはずで、裏を返せば私に甘えてくれていた訳だから……
 私の言葉に対して少しだけ本音を零してくれた優珠希ちゃんがそのまま電話を切ってしまう。しかも少しその声音を変えて。
 しかもこれ以上二人の仲を拗らせたらダメなはずだったのに、よりにもよって私が拗らせてしまうだなんて。
 私と優希君の仲を、当初から色々形は変わってもモヤモヤさせていた優珠希ちゃん。
『遅い時間にごめんね。御国さん。今大丈夫?』
 だったら自分の間違いに気づけた今、甘えん坊で寂しがり屋の優珠希ちゃんを放っておく訳にはいかない。
『ウチは大丈夫ですけど、こんな時間にどないしはったんですか? 優珠ちゃんから話聞いてくれはったんですか?』
 私は言いにくいのを我慢して、御国さんに連絡をして事情を話した上で優珠希ちゃんのイライラの原因を聞く。
『だからウチが優珠ちゃんは寂しがりやなんですから、もう少し優珠ちゃんを大切にしてやって下さいって前から言うてたやないですか。岡本先輩が親友さんや先生を大切にしてはんのはよう分かりますし、ウチも岡本先輩は優しくて、ええ人やって思ってるさかい、お兄さんとの仲も応援しますけど、今回の原因にもなったあの雪野さんって言う議長さんはハッキリ言うてウチもあんま良い印象ありません。それだけは岡本先輩に先に言うときます。それに優珠ちゃんはあんな身なりですけど、その性格やら内面はごっつ繊細なんですから、ホンマにもっと大切にしたって下さい』
 さすがに前から言われていただけあって、返す言葉が全くない。
『それから今日優珠ちゃんが相談したかったんは、園芸部を手伝いたい言うて来た子は、一年の後輩の女の子なんですけど、間違いなくお兄さん目当てで近づいて来てるって思ってるんです。だから間違ってもあの議長さんみたいにならんように前もって岡本先輩には伝えとくんや言うてたんです』
 そうなんだ。優珠希ちゃんはそこまであの口付け事件に心を痛めてくれていたんだ。そこまでして私と優希君に仲良くして欲しいんだ……喧嘩すらもして欲しくないんだ。さっき零してくれた欠片がそのまま一つの形になる。
『教えてくれてありがとう御国さん。でも、優希君の気持ちは動かないって信じられるし、今はせっかく園芸部に参加してくれる一年の後輩って事で、温かく迎えてくれるかな。それで万一優希君にちょっかい掛けるような事があれば、優希君の彼女として直接私が出て行くから』
 女の子の事は私が何とかするって言う約束でもあるし。
『それ岡本先輩から直接優珠ちゃんに伝えてくれた方が、絶対喜ぶ思います。それからこの話はこれ以上余計な女の子がお兄さんに近づくんは許せん言うて、一切言うて無いそうなんで絶対お兄さんには漏らさんで下さいね』
 さすがにそこまでしなくても大丈夫だけれど……優希君の人気――咲夜さんや以前聞いた三年でも優希君を狙っている女生徒、それにこの前の若いだけの一年後輩――そう言った状況を考えると……やっぱり優珠希ちゃんの気遣いと言うか想いは嬉しかったりする。
『でも今は御国さんから聞いてしまったし――ううん。明日の朝、登校中に私から優珠希ちゃんに伝えるようにするね』
 優珠希ちゃんの性格上、そっとするんじゃなくて取り繕わずに正面からぶつかった方が絶対良いに決まっている。
 だったら明日の朝にでも早速話をするべきだ。心配しなくてもそれくらいはもう信頼し合っているって、何かあれば直接私が迎え撃つって。
『分かりました。そしたら明日は二人になれるようウチとお兄さんでセッティングするんで、優珠ちゃんをよろしくお願いします』
『うんありがとう御国さん。そしてお休み』
 御国さんとの通話を終えた私は、そのまま明日に備えてベットに潜り込む。

―――――――――――――――――Cパートへ―――――――――――――――

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み