第187話 入り乱れる感情と恋情 Aパート

文字数 6,564文字


 先生とは改めてどこかで時間を取ってゆっくりと話そうと、早めに切り上げた進路のお話。
 私は会長と鉢会うのが怖かったからと少しだけ遠回りをして、部活棟の方へと向かう。

宛元:理沙さん
題名:待ちます
本文:進路と受験じゃしょうがないです。それから愛先輩の言ってた意味も分かり
   ました。あーしも雪野から聞いた話に同意できる部分、納得出来る話も多々
   ありました。だからこそ、彩風が心配なんで、今日は統括会が終わるまで
   部活棟の出入り口付近で待ってます。そして色々言いたい事は多々あります
   が、それは後で電話の時に話すとして、副会長のあの反応。知ってたっぽい
   ですよ。あの会長と言い、愛先輩には申し訳ないとは思いますけど、男って
   言うのはみんなクズですよ。

 その途中、私から連絡が出来ない旨のメッセージに対して、昼休みに聞いた冬美さんの感想をメッセージで送ってくれる。
 その内容はメッセージだからかざっくりとはしていたけれど、今までメッセージや電話の内容と見比べても、冬美さんへの不満や言いがかりは全く入っていないから、概ね私の想いは通じたみたいだった。
 だけれど、会長と私の彼氏を同じ一括りの男の人として駄目出しするのは物申しておかないといけない。女の人は私が何とかするのだ。

宛先:理沙さん
題名:今日の夜電話ね
本文:優希君に対する文句なら、私がじっくりと話を聞くからその時に話そうね。
   それから冬美さんを理解してくれてありがとう。

さん。

 優希君は他の男の人とは違って周りを見ながら動いてくれているのだ。だから2つの名前を並べて、少しだけ理沙さんにイジワルを書く。


 理沙さんにメッセージを打ちながらゆっくり歩いたとしても、部活棟にはついてしまう訳で。
 どうしても一人でここを通るのかと考えると、身体から嫌な汗が出て動けなくなってしまう。
 私は動かない足を動かすために、今もカバンの中に入っている優希君に返すためにお母さんがアイロンまでかけてくれたタオル。私はこっそりと首に巻いて、もうしばらく優希君からのタオルを借りておこうかと思ったのだけれど、またお母さんに変な勘繰りをされたらたまらないからと、寸前のところでカバンからタオルを取り出すのを辞める。
 その代わり、さっきは時間がないからとメッセージで返してしまった手前、私から電話をするのに少し気まずくはあったのだけれど、背に腹は代えられないからと理沙さんに電話しようかと再度電話機を手にしたところで、
「愛美さん」
「あ! 優希君っ!」
 穏やかに私の名前を呼んでくれる彼氏。
「昼休みに聞いた雪野さんの話もしたいし、一緒に役員室まで行こう」
 私が嫌な汗をかいていた所なだけに、優希君の声に喜んだ私の肩に、優しく手を回してくれる。
「冬美さんの話を聞いてくれてありがとう。それで優希君の考えていた内容と冬美さんと会長の話。同じだった? 予想通りだった?」
 まあ、さっきの理沙さんからのメッセージだと、予想通りだったのは間違いなさそうではあるけれど。ただそれよりも今日はカバンも持っているはずなのに、私の分のカバンも当たり前のように肩に引っ掛けてくれて、再び左手で私の

を取ってくれる。
「予想通りだった。だから今でこその話をすると、僕が二人の関係に気付いたのは初学期に愛美さんが統括会で雪野さんを叩こうとした時の倉本の態度なんだ」
 そう言ってあの冬美さん守護事件の際の会長の我慢強さと、彩風さんに対する態度の差で疑問を持った話をしてくれる。
「あの時、誰が何と言おうと雪野さんの話に耳を傾け続けた倉本。更に中学期が始まってからも雪野さんを励まし続けた倉本。本来なら雪野さんに対して気持ちを動かしてるのかなとも思ったけど、倉本の気持ちが愛美さんに本気だって言うのはサシで何度か話はしてたから、予想が確信に変わったんだ」
 その優希君に神経までが集中して、完全に優希君に包まれた私の足が部活棟3階、役員室に向かって再び動き出す。
「ちなみに中条さんも雪野さんの話に理解してくれたよ」
 動き出した私の足に対して、私の肩に回した手に力を込めてくれる。
「ありがとう優希君。理沙さんの方はさっきメッセージを貰ったからもう知っているの。だから残りはやっぱり彩風さんだけだね」
 そんな優希君に甘えるように優希君の匂いを肺一杯に吸い込で、私の方からもたれかからせてもらうと同時に、私の身体も優希君を待っていたのか、熱を持つと同時にさっきまでかいていた嫌な汗が引いて行くのがハッキリと分かる。
「……その呼び方。中条さんの前でもすれば良いのに。何か名前の件で雪野さんと中条さんが言い合ってたよ」
 私が優希君に笑いかけた矢先での話。その話、私。理沙さんから聞いていないんだけれど。
「それに僕からしたら、彩風さんよりやっぱり倉本かな。同じ男として愛美さんの友達、知り合いに協力を仰いどいていざとなったら雪野さんすらも放っておくと言うあの態度は許せないかな。男だったら自分が惚れた女くらい自分の力だけで何とかしろって言いたい」
“ただ、愛美さんへの下心とちょっかいはこれ以上見過ごす気はないけど”と私に対して、色々な男心を見せてくれる優希君。
「そうそう。この前タオルを貸してくれてありがとう。お母さんがアイロンまでかけてくれたんだよ」
 だったら“嫉妬”も“ヤキモチ”も焼かなくて済むかなと思って、部活棟2階から3階へと続く中二階の踊り場でカバンの中から、件の今日お母さんが持たせてくれたアイロン済みのタオルを紙袋ごと返す。
 二階を超えてしまえば、いずれにしても私の身体からあの恐怖心は全て無くなるのだけれど……
「ありがとう愛美さん。愛美さんのお義母さんが僕を知った上でアイロンをかけてくれたって事だよね」
 何で私のお母さんを出した途端、そんなに嬉しそうな表情に変えて私の肩に回してくれていた手を離して、大切に紙袋を受け取るのか。
 しかもそのまま大切そうにカバンの中にしまってしまうし。これから統括会で、お互いに頑張ろうねって朝も話をしていたはずなのに、これはどう言う事なのか。
「優希君。私のお母さんからのアイロンがそんなに嬉しかったんだ。ふぅん」
 優希君から私の肩に回してくれていた手を離してしまったんだから、私だって優希君から離れるんだからっ。
「ち?! 違うって! このタオルの柄ってさすがに愛美さんの家にはないだろうから、僕のだって分かってるだろうし、そもそも僕は愛美さん以外に興味は無いって――」
「――でもお母さんからのアイロンは嬉しかったんだよね。お父さんに優希君がお母さんと仲良く嬉しそうにしていたって伝えておくね。そうそう。私のお父さんって親バカで、お母さんが今でもとっても大好きなんだからっ」
 だけれど、優希君が反対側でした恋人繋ぎをした手は中々放してくれないから、結局は優希君の中にすっぽりと収まってしまう私。
 嬉しい気持ちと面白くない気持ちがせめぎ合う中、
「違うんだ愛美さん! 愛美さんは誤解してる。僕が喜んだのはアイロンをかけてくれるくらいだから、愛美さんのお義母さんが僕を公認してくれてるって思ったからなんだ。愛美さんは女の子だから分からないかも知れないけど、男からしたら彼女のご両親。いや、どっちか片親だけでも公認、認めてもらえるだけですごい自信と言うか励みになるんだ」
 いつの間にか私の親まで気にし始めていた優希君。まさかタオル一枚、アイロン一つでも優希君の男心を聞くハメになるとは思わなかった。
「じゃあお母さんの事は?」
「愛美さんを産んでくれたって意味で感謝はするけど、僕は愛美さんを泣かさないって決めてるから、ありもしない可能性なんて考えて欲しくない」
 言いながらタオルをカバンにしまった後、再び私の肩に手を置いてくれた優希君が、今度は私の頬に後ろから口付けをしてくれる。
 そこまで私への“好き”を頑張ってくれるなら、見せてくれるなら。
「ありがとう優希君。優希君の気持ちは伝わったから、お父さんには今日の優希君の言葉は言わないけれど、私のお父さんは本当に親バカだから覚悟しててね」
 それでも結局はお母さんの読み通りと言うのが面白くなくて、優希君に先に一つ。忠告しておく。
「分かった。どうせ愛美さんを貰う時には避けて通れないから、その時は覚悟する」
 私を貰うって……優希君の男らしい言葉に私の頬が熱を持つし、気が早すぎるとも思うけれど会長みたいに誰かに頼んだり、逃げたりするんじゃなくて、あくまで優希君が私の為に、私が欲しいからって堂々と正面切って言ってくれるなら、私は優希君側につくだけだ。
 だから優希君の男らしい気概に免じて、無粋な事は何も言わずに中二階の踊り場からはもう、不安も恐怖心もないからと役員室へと二人並んで歩く。


 そして三階まで二人並んで登って来た時、役員室の前で一人立ち竦む冬美さんの姿が目に入る。
 渦中の冬美さんの姿を目にした優希君も同じ想いだったのか、私たちの間に流れていた恋人としての空気は、消えて私たちの間にピリッとした空気が流れ始める。
 私たちは間に人ひとり分は入れる隙間を開けて
「冬美さん」
 名前を呼ぶ。
 呼ばれた冬美さんが隙間が空いているとは言え、並ぶ私たちを見て優希君への恋情が本気な分辛かったのだろう、冬美さんがその場から逃げ出そうとしてすぐに足を止める。
「雪野さんも一緒に入ろう」
 行き止まりの廊下の奥へ逃げたって結局同じ結果になると足を止めた冬美さんに、今度は優希君が声を掛ける。
「……ワタシには分かりません。どうして卑怯な手を使って空木先輩の気を惹こうと、お付き合いをして頂けるように身も心も捧げようとしたワタシに、そんな笑顔を向けられるんですか?」
 それでも私と優希君を見ながら、少しずつ後ずさる冬美さん。
「岡本先輩さんだけなら、いつもの二枚舌を使って口八丁手八丁でやり込めるだけだって納得出来るのに、空木先輩やあの中条さんまで……みんなしてワタシを担いでどうしたいんですか?」
 いやちょっと待って欲しい。本気で待って欲しい。どうしてこの目の前の可愛くない頭の固い後輩はよりにもよって優希君の前で二枚舌とか言い出すのか。
「誰も担いでないんていないよ。今まで何回も言って来ているように物事の裏表、それに言葉の真偽まで分かってる人、分かろうとしてくれてる人は誰も雪野さんを悪く思ってないんだ」
 しかもまた、優珠希ちゃんの“ハレンチ”“腹黒”に続いて“二枚舌”の訂正もしてくれていないし。
「そんなの今更じゃないですか。あの中条さんにしたってこの一週間程の間に何があったんですか? 先週までと言ってた事があまりにも違い過ぎます!」
 だけれど何もかもを後回しにして、まずは目の前で涙を浮かべて、声音まで変えてしまっている冬美さんだ。
「それはこの一週間の間に、中条さんも真実に気が付いたからじゃないの? 要は冬美さんには以前の部活についてもバイトの件に関しても、今回の暴力騒動に関しても、そして……優希君への恋情に関しても何の過失も無かった。たったそれだけの話じゃないの?」
 もちろん口で言う程、たったこれだけ程、気付くのが難しい事はない。全ての思考を奪ってしまう集団同調・同調圧力。
 それに思い込み。自分でも後一回、最後の一回と言い聞かせ続けて、心の中で想い続けてやっと理沙さんに届くくらいの強い思い込み・意志集団。
「それは岡本先輩さんが勝手に――っ?! ……確かにそうかも知れませんが、空木先輩はワタシに腹立たないんですか? 空木先輩からしたらワタシと会長は、いくらワタシの方に振り向いてもらおうとしてたって言っても、岡本先輩さんとの仲を引き裂こうとした女なんですよ?!」
 言いかけて、私が頭を下げようとしているのに驚いた冬美さんが、大慌てで私から優希君へと主語を変えるけれど、私への呼称が今の冬美さんの心境を如実に表しているのか、色々混ざってしまっている。
 ただ冬美さんの口から出て来た自分を卑下する言葉に心底驚いた。
「別に雪野さんに腹立つ理由がないよ。こんな言い方したら後で絶対愛美さんに怒られるだろうから、目の前でしか言えないけど、雪野さんはいつも、人に頼んで何もしない倉本とは違って真剣に、時にはやりすぎなくらい僕への気持ちを見せてくれてたのは伝わってた。だから倉本を匂わせない、想起させないまっすぐな雪野さんのその行動と気持ちは、自分の行動だって、自分の想いだって胸を張っても良いよ」
 こんな気持ちになんてなった事が無い、私のいない所で言われていたら涙してしまいそうだからこそ。私の性格を理解してくれているからこそ。私の目の前で私以外の女の子の気持ちを理解していると伝えて、冬美さんに自信を持ってもらおうと声を掛け続ける優希君。
「意味が分かりません。どうして二人の仲を壊そうとしてたワタシに二人して笑えるんですか? 優しく出来るん――っ?!」
 ひょっとしなくても冬美さんは人に認められる、優しくされるのに慣れていないのかもしれない。
 何となく以前優希君が言っていた
 ――雪野さん自身を誰にも理解してもらえない―― (115-B)
 を思い出した私は、そのまま冬美さんの手を取り――
「分からないのなら分かるまで何度だって言ってあげる。それはね、私も優希君も。そして理沙さんも冬美さんが間違っていないって分かっているから。冬美さんが行動した統括会としての立ち居振る舞い。そして――好きな人に自分を見てもらうための努力――『――っ?!』――そのどれもが人として当たり前の、ううん。ある意味統括会としての鑑だからだよ」
 ――その煮えたぎる“嫉妬”を、握る手に力を込めて、優希君に聞かれたくない部分はしっかりと声を落として冬美さんに伝える。
「誰が何をしたって、僕の中には愛美さんを諦めるって気持ちも、どんな男にも負けるつもりは無いからだよ」
「――っ」
 そう言って、何と反対側の冬美さんの手を取るけれど、今だけは許してあげることにする。
「だから雪野さんは何も気にする必要は無いし、倉本との協力関係に責任を感じる必要もないよ」
「……だったらもう一度、今度は会長なんて関係なしで、ワタシの気持ちと行動で空木先輩に告白しても良いですか? ちなみに今回は岡本先輩さんに許可はって、岡本さん強く握り過ぎです! 痛いです!」
 なのに、何を二人だけで甘い空気を作ろうとしているのか。
「優希君。今朝優珠希ちゃんや御国さんとした話、私以外には興味ないんだよね」
 いくら冬美さんが間違っていないからって、しっかりと釘を刺しておかないといけないに決まっている。
「空木先輩。このままだったら他の女性と喋れなくなるんじゃないんですか? ――それから岡本先輩さん。お願いですから中条さんをワタシと同じように呼んで下さい。これ以上変な言いがかりは耐えられません」
 何が“他の女の子と喋れなくなる”なんだか。そもそも優希君なんて、他の男の人の名前を出すだけで拗ねてしまうって言うのに。
 まあ、それだけ優希君を分かっていないって話だから、気分自体は悪くないけれど。逆に考えたら冬美さんの前ではカッコ付けているって取れなくもないのか。
「駄目だよ。今日、理沙さんと言い合いしたんでしょ。優希君からも聞いているんだから。だけれど冬美さんに迷惑をかけたんならごめ――」
「――だから謝らないで下さいって! だいたいワタシは迷惑なんてかけられていません。ただ同じように呼んで下さいって言っただけです」
 今、自分で耐えられないって言ったばかりなのに、何が言っただけなんだか。
「分かったよ。取り敢えず冬美さんが呼称については納得してくれたって事で理解はしておくね」
 ただ、理沙さんと揉めてもらっては困るから、こっちは突っつかずに皮肉だけ口にさせてもらう。
「取り敢えず、残りの二人も待ってるだろうから、早く役員室に入ってしまおう」
 言いたい事はまだまだあったけれど、時間も押しつつあったからと役員室内へと足を踏み入れる。

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