第181話 信頼の積み木 9 Aパート

文字数 4,364文字



 結局今日の久しぶりの登校は、行きも帰りも優希君と一緒だったし冬美さんとも喋れた。その上でようやく、ようやく冬美さんの攻略の糸口をつかんだ上で話も出来て、確信も得られた。
 更に中条さんも、この土壇場に近い時期に来て私の気持ちが伝わったのが実感できる。
 ただその一方で彩風さんと会長がどうなったのか、会長からはもう良いとして彩風さんからの連絡がないから現在がどんな状況なのかが全く把握できない。その上、今日は謝る謝らない、友達として接する接しないに話を終始させてしまったから、肝心の冬美さんの話を聞きそびれてしまっている。
 それにあのメガネの視線。背中側だから“隙”とかは無いと思うけれど……そう言えば優希君と一緒の下校が楽しくて、幸せであのメガネからの視線が気がかりだって、優希君に伝えるのを忘れていた。
 そして最後に。私からのサプライズにしようとしている園芸部の復活の妨げになりそうな、一年女子の後輩。解決したと思ったら、まるで課題は達成させないと言わんばかりに新たな問題を突き付けて来るみんな。

宛先:雪野さん
題名:今日は楽しかった
本文:明日も一緒にお昼しようね。そして明日には冬美さんが私に話したいって
   電話で伝えてくれていた内容聞かせてね

宛先:優希君
題名:一つだけ
本文:今日は優希君と登下校共に一緒に出来て幸せだったよ。だからって言うのも
   変だけれど、一つ伝えないといけない話を忘れていて……私、例のメガネから
   時々背中を見られていて気持ち悪くて。だからってどうする事も出来ないと
   思うけれど、隠し事は嫌だから伝えるだけは伝えておくね

 良い話と悪い話を頭の中でまとめてから、二人にメッセージだけを送りそれ以上は雨が降っているからと足早に家に向かう。


 久しぶりの学校からの帰宅。そして久しぶりのお母さんの出迎え。慶はお母さんを毛嫌うけれどいくら弟とは言え男の人がいる家に、もう一人親がいてくれるって言うのは安心する。
 私はお母さんに今日のお弁当のお礼を口にして、先に部屋着に着替えてしまう。もちろん着替えるんだから部屋の鍵は掛けさせてもらって。

宛元:雪野さん
題名:分かりました
本文:明日も今日と同じようにワタシから教室までお伺いしますからお待ちください

宛元:優希君
題名:話してくれてありがとう
本文:僕も久しぶりに愛美さんと登校出来て良かった。だから今日一日はとても
   楽しかった。それと島崎の件だけど、明日愛美さんの彼氏として話を付け
   させてもらっても良いかな。もちろん愛美さんが心配するような荒事になん
   てするつもりは無いし、その上で愛美さんを見て欲しくないって伝えたいん
   だ。

 それからお母さんもいてくれるのだからと、夜ご飯までの間、朱先輩からの参考書と共に机に向かおうとしたら、立て続けに二つのメッセージの返信が。冬美さんの色よい返事には文句はないのだけれど、友達に送る文章としては明らかに固すぎる。
 しかもたまたまなのか、意図してなのかは分からないけれどこのメッセージの中に私の名前が入っていないから、何て呼ぶつもりなのかあの一回だけでは判然としない。
 私は冬美さんの登録を書き換えて

宛先:冬美さん
題名:冬美さんへ
本文:明日も冬美さんとたくさん喋りたいから、早く来てね。昼休みが始まってから
   五分以内に私の所へ来てくれなかったら、私から冬美さんの教室へ顔を出しに
   行くね
追伸:少しでも早く冬美さんに文句をぶつけたいから、少しでも早く先輩後輩から
   友達同士って意識を変えてね。そうしたら冬美さんからもたくさん私に文句
   を言えるようになるよ。

 文面の中で冬美さんに対して色々気に食わない所があったから、まとめて冬美さんを煽るメッセージを送っておく。
 これだけ“冬美さん”と連呼しておけば嫌でも意識はしてくれると踏んで。
 朱先輩からは私にはもっとワガママになっても良いって言ってくれたんだから、私に目を付けられたのが運の尽きだと思って諦めてもらう事にする。
 そして優希君との初めてや、優希君と過ごした時間など今まで我慢していた分も含めて冬美さんにぶつけられるだけのワガママをぶつけた上で、このドロドロに煮え切ってしまった私の嫉妬も全部受け止めてもらう。
 もちろん優希君のいない所で、絶対にバレない様に。

 そして次は優希君のメッセージだ。優希君がそう言ってくれるなら男の人は男の人にお任せするんだから私から異論を挟むような事はしないし言わない。

宛先:優希君
題名:ありがとう
本文:頼りにはしているけれど怪我だけはしないでね。保健室へも行かない様にって
   優珠希ちゃんと約束しているんでしょ。

 だから優希君の心配だけをして一度机に向かって集中する。


 一通り集中してご飯が出来たからとお母さんに呼ばれたから、一度洗面台に寄って手だけを洗ってリビングを覗くと
「ねーちゃん。学校とセンコーはどうだったんだよ」
 先に食べ始めていた慶がまたアホみたいな……と言いたいところだけれど、先生の今日の感情だとあながち一蹴と言う訳にはもう行かない。
「あんたねぇ。人の事ばっかり構っているけれど、お姉ちゃんを気にする暇があるなら早く彼女でも作りなよ」
 少しだけ慶の相手をしながら私も席について頂く。そうしたら蒼ちゃん相手みたいに、カッコつけようとしてもう少し勉強に身も入れると思うんだけれど。
「んだよ。そんな事したら蒼依さんに叱られるだろ」
 呆れる。慶はもう蒼ちゃんの彼氏のつもりなのか。そんなの私が認めるわけ無いってのに。
「後で蒼ちゃんに電話するつもりだから、今の慶の言葉をそっくりそのまま伝えておくから」
「それだったら俺が直接蒼依さんに言うから、電話番号教えてくれよ」
 しかも何を寝ぼけた事まで言い出すのか。何で私が蒼ちゃんの連絡先を慶に教えないといけないのか。
「何でよ。それくらいお姉ちゃんを使わずに自分で聞けっての」
「はいはい。愛美も慶久もその辺りにしておきなさないな。それよりもさっきお父さんから今日の愛美の学校はどうだったかって連絡あったわよ」
 私と慶が喧嘩になりそうなタイミングで、お母さんがお父さんの話題へと変えてくれる。
「どうって。教室の空気は確かに重くてしんどいけれど、それ以外は普通だよ」
 それにしても集中していたからかお父さんからの電話に全く気付かなかった。もうお父さんとの喧嘩も終わっているんだから、私に代わってくれても良かったのに。
「それを聞けただけでもお母さんも安心よ。お父さんは改めて連絡するって言ってたけど金曜日、時間を切り上げて帰って来るんじゃないかしら」
 ……ひょっとしてお父さん。忙しい合間を縫って電話して来てくれたのかな。もしそうなら一言だけの電話がすごく嬉しい。
「相変わらずオヤジもオカンもねーちゃん好きすぎるだろ」
「そんな事ないよ。ちゃんと慶も大切にしてもらっているでしょ」
 何故か寂しそうにする慶を見ていられなくて、両親の想いは慶にも向いているんだって伝える。特にお父さんなんて慶にダダ甘なんだから。
「そう言う話じゃねーんだよ。ごちそうさま」
 でも慶からしたらまだ恥ずかしかったのか、先に食べ始めていた分、先に食べ終えた慶がそのまま自分の部屋へと駆け込んでいく。

「……それで愛美。優希君とはうまくやってる? その顔、誰かから何か言われたりはしてない?」
 慶が自分の部屋へこもったのを確認してから、母娘(おやこ)の会話が始まる。
「大丈夫だよ。これよりひどい顔の時から優しくしてもらっているんだから。今日だって登下校共に一緒だったよ」
 蒼ちゃんにお母さんから私への親心を聞いて、その結果私が気付こうともしなかったお母さんの私を想ってくれるその姿があって。だから私も素直に優希君の話を口にしたくなる。
「それなら良いけど、クラスでは嫌がらせとかは大丈夫?」
「それも大丈夫。そもそも先生からの説明でみんな停学ないしは退学になっているから、そこまでは心配しなくても大丈夫だって」
 こんな事になって、みんなで卒業出来たらなんてキレイ事は言わない。私はやっぱり聖人君子なんかじゃない。
 正直私に隠れて蒼ちゃんや実祝さんに手を出していた女子たちがいなくなって清々するし、戸塚や雪野さんの友達がいなくなって私自身も本当に安心出来た。
「それなら良いけど、今後はもっと遠慮しないで何かあったらお母さんにも話して頂戴ね」
「もう分ったからこの話は辞めよ? それよりも今週はずっとお母さんが家の事頑張ってくれたんだから、日曜の夜は私が作るから、もう一回お父さんとのデートを楽しんで来てよ。お父さんの顔を見るの、一週間ぶりなんでしょ」
 だったら次はたくさん心配をかけてしまった分、お母さんとお父さんにも楽しんで欲しいし、幸せな時間を過ごして欲しい。
「本当に愛美は……愛美がそう言ってくれるならお言葉に甘えようかしらね」
 目に涙を浮かべなくても良いのに。
「だからこの週末は、先週お母さんの期待外れだったお父さんとのデート、楽しんで来てね」
 ただ二人がいつまでも好き合っているこの家族が、これから先も変わって欲しくないだけだ。この気持ちを私がお祖母ちゃんになっても持ち続けられたらなって思う。
「それじゃあ今週の日曜日は愛美も優希君としっかり週末デートを楽しんでらっしゃいね。それでお母さんと二人でこっそりと笑い合いましょ」
「うんっ!」
 お互いが、みんなが笑顔になれるのなら、それ以上に嬉しい事ってないと思う。
 その後はお母さんと取り留めもない雑談を交わしながら、夕食を終える。


 その後、慶も先にお風呂を済ませたから好きな時に入って良いって事で、お腹がこなれるまでの間一旦机に向かう。
 その後、汗を流した私が部屋に戻って来ると、

宛元:冬美さん
題名:人は見かけによりません
本文:なんて無理を仰るんですか。授業が終わって五分以内なんて無理です。そも
   そも授業を延長されたらどうするんですか。必ず伺いますからご自分の教室
   でお待ち下さい。

 頭の固い冬美さんらしく律儀にメッセージが返って来ていた。嬉しい事に先輩に対するメッセージの内容とは思えない文面で。

宛先:冬美さん
題名:そうだよ
本文:人は見かけによらないの。でも私はやるって言ったら実行するよ。冬美さん
   との友達も冬美さんにありったけの文句を言うのも。だから授業が終わって
   五分以内に“誰の”所へ行くのかハッキリ書くなり言うなりしてね。分からな
   ければ私は心配になって冬美さんの教室まで行くよ?

 だから私もその固い頭をカチ割ってやろうとすぐにまた返信をする。

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