第16話 訪問

文字数 1,070文字

 放課後になって湯山(ゆやま)先輩に相談した。中学一年生の僕が、高校三年生の先輩に気兼ねなく質問できるこの環境こそが明紋義塾(めいもんぎじゅく)だ。そして湯山(ゆやま)先輩は、理屈で悩んだら具体的なところに戻るべきだと教えてくれた。確かにそうだ。この場合の具体的なところとは、新型オトナウイルスに感染した個々の症例を指すのだろう。おそらく症例は街中にころがっている。僕がいち早くアクセスできるのは、小学校時代に通った進学塾「明紋進学会(めいもんしんがっかい)」だと思い立ち、早速部室を飛び出した。

 明紋進学会は、明紋義塾中学に毎年十名以上を送り込む進学塾だ。定員五十人なのだから、実に五人に一人が明紋進学会出身ということになる。ここには昔から大人びた子どもが通っていたはずだから、もしかすると塾の先生たちから見たら大きな変化はないのかもしれない。が、まずはきっかけだと思い、去年僕の指導をして下さった福坂(ふくざか)先生を訪ねた。福坂(ふくざか)先生ももちろん明紋義塾出身だが、実は大学からの塾生だ。付属出身者とのレベルの違いを強く感じた福坂(ふくざか)先生は、明紋義塾中学に選ばれる小学生を育てることに力を注いだのだった。

「おお、棚上(たなかみ)くん。元気そうだね。やはり中学生っぽくなったなあ。それで、明紋義塾の中学生活はどうだい?」
 懐かしい笑顔で福坂(ふくざか)先生は僕を包んでくれる。
福坂(ふくざか)先生、ご無沙汰しております。はい、明紋義塾の生活は本当に充実しています」
「そうかあ。よかったなあ。今度うちの小学生に体験談とか話してほしいなあ」
 夏季講習時にそういう時間が設けられているのは、僕も知っている。去年のその時間に話をしてくれたのが中山(なかやま)先輩。そして僕は、明紋義塾に合格したらサイエンス部に入ろう、と決意したのだった。
「是非やらせてください。それで、今日は新型オトナウイルスの影響について先生に伺いたいと思って……」
「ああ、なるほど。棚上(たなかみ)くん、宣言通りサイエンス部なんだね。凄いなあ」
 そう言いながら福坂(ふくざか)先生はノートパソコンを立ち上げ始めた。
棚上(たなかみ)くん、これね。ちょっと見てみな」
 塾の教室で撮影したと思われる動画だった。映っているのは、どうやら小学校低学年の男の子たち。明紋進学会のジュニアコースは二年生から入塾できる。サイエンス部の同期である浜野(はまの)は、ジュニアコースからの塾生だった。そう思いながら動画を観ていると、そんな男の子のうちの一人がリュックを開けた。リュックから小さな直方体を取り出し、隣の子の耳元で何かを囁いた。ささやかれた子は右手の親指を立てて何かを言い、席を立った。そして二人は机を動かし、そこに先ほどの直方体を置いた。ん? これは……。
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