第9話 一時の恥

文字数 1,106文字

「先輩、すみません」僕と同じ中一の浜野(はまの)が、申し訳なさそうに声を出した。
「ちょっと聞きにくいんですけど、サンプルサイズ、というのはどう関わるのですか?」
 そんなことも分からないのか、と僕は驚いたが、つい知ったかぶりをしがちな優等生の中で、こうやって素直に質問できる浜野をむしろ尊敬した。僕も復習のつもりで先輩たちの解答を待つことにした。

「そうか、そこからだったか」残念そうな、でもうれしそうな江刺(えさし)先輩が続ける。
「サンプルっていうのは、英語だけど、学校的には『例』という訳を当てるね。沢山ある中の一つの例、というイメージをもって欲しい。そうすると、全体の中から取り出す一部の具体的な事柄、ともいえる。これは『標本』という言葉を当てる」
「標本の大きさ、ですか?」
「そう。我々としては、一般に、あるいは全てに当てはまる法則や公式をみつけたい。本当にすべてを集めるのは、不可能。それはそうだよな? だから標本を取り出す。これは抽出とか言うけど。だからその大きさ、何人くらい集めれば全体と同じ結果が出せるだろうか、と考える」
「てっきりバストサイズのことかと思ったよな」中二の三人のうち誰かが発する。すかさず湯山(ゆやま)先輩が(にら)む。言葉の主はきっと永村(ながむら)先輩だが、せっかくの雰囲気を壊すのはいただけない。そこを汲んだ江刺先輩は、中二のことは無視して話を続けた。

「じゃあこのサンプルサイズはどう決めるか。統計学などの教科書にしっかり書いてあるから、確認してみろ。お前たちならすぐ分かるだろう。でも、数学は万能じゃない。あくまで過去の経験から編み出した、おそらく妥当な結果をもたらすであろう、と推測される結果を導いてくれる。でもそれは指標でしかない。だからサンプルサイズの決定は難しい」
「ただな」高三の白髪(しらが)先輩が付け足す。
「友中みたいに、まずちょっと試してみます、というのも大事だ。小さな集団でまず観察してみる。こういうのを『パイロットスタディ』って言うんだ。動詞のパイロット、もちろん知ってるよな?」
 浜野も僕も(うなず)いた。中二の先輩たちは、続きが聞きたくて仕方がなさそうだ。

「そうすると、目の付け所はまあ、許すとして、どんな集団に、どんな測定方法を用いて、何と比較するのか。後の研究に活かされるように組み立てて、明示してこそのパイロットスタディな訳だ。これに飛びつくような報道をしているマスコミもあるからな。読者、視聴者としては十分気を付けないといけない。もちろん研究者マインドを持つサイエンス部員、いや明紋義塾に入学したものは、そんなことはもう分かり切っているはずだけどな」
 そう言って友中先輩に視線を定める白髪先輩。やっぱり貫禄がある。
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