第19話 検査対象

文字数 1,008文字

 湯山(ゆやま)先輩がウーロン茶のペットボトルを脇に置きながら、最新の科学雑誌「ネエチャン」をパラパラとめくっている。この先輩の凄いところは多々あるが、僕が最も(かな)わないと思っていることの一つがこの英文速読だ。湯山(ゆやま)先輩は高校三年生なので、中一の僕が英語力で太刀打ちできないのは当たり前といえばそうなのだが、このパラパラめくる動作で全て把握してしまう力は、五年経っても僕にはとても身につかないだろうと思う。しかも湯山(ゆやま)先輩は明紋義塾(めいもんぎじゅく)にも沢山いる帰国子女ではないし、英語圏への留学経験もない。気後れしながら湯山(ゆやま)先輩に話しかけた。
「先輩、相談なのですが」
「おっ、棚上(たなかみ)。どうした? 今回の『ネエチャン』、やっぱり新型オトナウイルスの記事が多いな。ああ、おい、棚上(たなかみ)。そんな遠慮せずに、相談ごとなら、言えよ」
 湯山(ゆやま)先輩は本当に後輩思いだなと思う。お言葉に甘え、素直にを尋ねてみた。

「昨日、そういう訳で自分が新型オトナウイルスに感染しているような気がしたんです。これは、PCR検査を受ける方がいいでしょうか?」
 湯山(ゆやま)先輩は科学的な立場を重んじる。むやみな検査に対し、常々苦言を呈している場面に遭遇してきた。だから気軽に相談するのは憚られるのだった。しかし遠慮せずに聞け、と言ったのは先輩の方だ。理由も述べたのだから、いきなり怒られたりはしないだろう。
棚上(たなかみ)の考えていることは分かった」湯山(ゆやま)先輩は落ち着いた口調で話を続ける。
「ただな、やはり検査は必要のある場合に限り実施するものだ。もちろん感染状況を把握するための調査を目的にするなら、数を集めることが大事になるので是非やればいい。でも新型オトナウイルスに関しては、小さな子ども、さっき棚上(たなかみ)が教えてくれた小学生のようなケースの感染を知ることが大事だろう。中学一年生なら、そろそろ大人の世界に入っていって当然だろ? 新型ができる前だって、感染していておかしくない。その女子中学生のように、感染していない子が混在していたって不思議ではない年代だ。ということは、棚上(たなかみ)が感染しているかどうか、というのはあまり重要な情報ではない。つまり、検査の必要はない」
 やはり言わなければよかった。決して怒られている訳ではないのは理解しているが、ある程度想定できた反応だっただけに、自分としても悔しい思いが残る。
「そ、そうですね。でも、新型の感染状況の把握する、という点でも、役立たないでしょうか?」思わず口が滑った。
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