第23話 学食

文字数 1,083文字

「す、すみません」
 僕は咄嗟(とっさ)に謝って、足早にその場を去ろうとした。怖いもの見たさから振り向きたい気持ちもあったが、今は逃げた方がいい。そういう判断だった。追いかけられるのではないかとも心配したが、明紋義塾(めいもんぎじゅく)の生徒にそんな乱暴な奴はいないのだ。
 登校時間が遅くなってもしっかりした理由があれば(とが)められることがない明紋義塾(めいもんぎじゅく)は本当に素晴らしい学校だ。僕はテレビ報道を批判的に視聴したことと、政治家の主張をナマで聞いたことを理由に挙げ、それが認められた。たまたまそうだっただけで、ズルい。なんて思う同級生もいるかもしれないが、だからといって文句を言われたり、ましてやいじめに発展するなどということはあり得ない。おそらくそこら辺のオトナ社会よりもこの点は立派だ。時間通りに登校している生徒は、学校で過ごす時間により重きを置いている。ただそれだけの違いなのだ。

 刺激的な授業のあとはやはり疲れも感じることになる。僕は級友の何人かと中庭に出て体を伸ばす。随分と春らしい日差しになった。ほっと安らいだ気持ちで学食に入った。明紋義塾(めいもんぎじゅく)の学食は、中学と高校とで共同の施設だ。一貫校なので、体育館や図書館もそうなのだが、その分何かと充実している。食堂で言えばそれはもちろんメニューに反映されていて、質も量も思春期男子が満足できるものになっている。入学したてのころは少なめで、とお願いしていた僕も、来月からは二年生。すっかり通常の量を平らげるようになった。

 級友たちとおしゃべりしながら、好物のカツ丼を頬張る。新型オトナウイルスのことはそれでも忘れられないが、サイエンス部とは関係のない友人たちと音楽やスポーツの話題に興じるのも楽しいものだ。が、ふと話題が途切れたとき、一つ向うのテーブルにいた高校生と目が合った。あっ。朝のあの先輩だ。大きなドンブリを右手に持っている。唇の左にゴハン粒が付いていて、それが大きな体と不釣り合いで面白い。が、笑う訳にはいかない。必死にこらえたが、先輩がそれに気付かないはずはなく、立ち上がってこちらに向かって来た。紳士的な生徒が揃う明紋義塾(めいもんぎじゅく)だが、さすがにこれはマズい。僕は隣の友人の後ろに隠れるように椅子をずらしたが、それは焼け石に水。その先輩はもう僕のそばに立っている。

「君は、サイエンス部の一年生だよな?」
 そう話しかけられ、びくびくしながら僕は頷いた。周りの友人たちも声が出せないでいる。
「俺は高二の水島(みずしま)だ。サイエンス部の友中(ともなか)とは同級生だ。君のことは友中(ともなか)からも聞いている。その優秀な棚上(たなかみ)くんが、今朝のような演説を聞いて何を思うのか、是非聞かせてほしいんだ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み