第31話 大義

文字数 1,120文字

 早老とその先の若年死亡だけではなかった。反抗期と呼ばれる、社会との葛藤を経ないことによる危険性。これは確かなことは言えないし、実験で確かめるというのも無理がある。しかし、そう言われれば問題があるような気がする。これだけの事柄で直感的に判断し声高に主張するなら、三吉(みよし)の駅前にいたあの議員や一部の煽り報道と構造としては何も変わらない。だから冷静に考え、必要な情報を集めなければならない。僕はそう思って、改めて新型オトナウイルスに感染した子どもたちの自然経過を調べ直してみた。確かに発症した患児は、感染からわずか数日で大人らしい発想や行動をとるようになる。自ら悩み、妥協するような時間はない。
 葛藤なきまま大人になるのは、本当に害があるのか。これもおそらく正解はないだろう。しかし、親に反発したり学校などに抗ったりすることのなかった良い子が、その後社会人として大成しているかと言えば、むしろその答えはノーだろう。社会の荒波の中に出て初めて経験する汚い部分に耐えられず、そのまま消えていく者さえあるのだ。
 そして僕は、中学受験塾である明紋進学会(めいもんしんがっかい)福坂(ふくざか)先生が教えて下さったケースを思い出した。早く大人になってもらえば手がかからなくて良い、と考え、感染を歓迎する親の話だ。手がかからない、とは何も経済的な点に限らないのだろう。反抗期などは親からすれば面倒で厄介な代物に違いない。その時期がなければ、親の心もずっと安寧を保てるということになる。気持ちは分からなくもないが、そうした発想が既に子どもの発達に対してきちんと向き合わない、身勝手なもののようにも思えてくる。
 ならばワクチンはとても重要な存在になる。そう思った僕は、明紋微生物研究所(めいもんびせいぶつけんきゅうしょ)北咲(きたざき)博士を訪ねることを決意した。微生物研究所がなぜワクチンを開発してまで新型オトナウイルスの感染を抑制したいのか。そこには単なる利益追求ではない大義があるのではないだろうか。僕は自宅の机にあるパソコンから、北咲博士に面会希望のメールを送信した。

 夜遅い時間にも関わらず、北咲博士は十分ほどで返信を送ってくれた。関連の施設への質問や面会が活発で円滑なのは明紋義塾(めいもんぎじゅく)の特徴の一つだろう。どんな些細な事でも、一線級の専門家に質問できる雰囲気こそが、明紋義塾の伝統である。しかも後輩を育てることに先輩たちは熱心だ。だからこそ返事も早いし、希望も通りやすい。そしてそのメールには、「棚上(たなかみ)君の訪問を楽しみにしています。しっかり疑問を解決して、未来を創っていきましょう」と書いてあった。サイエンス部OBの中ではちょっと癖があり避けられているらしい北咲博士だが、実際には良い人なのかもしれない。明日の放課後が楽しみになってきた。
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