第17話 賭け事

文字数 1,196文字

 直方体はプラスチック製だった。一人がそれを上に引くと、透明な蓋と赤茶色の物体に分かれてしまった。赤茶色の方は、どうやらカードの束。一枚ずつ取ったカードを見て、手前にいた眼鏡の子がガッツポーズをする。その子がカードを並べだす。机の真ん中に並んだカードは絵が描かれている面、それを挟む格好の両端は赤茶色の面を上にしている。
棚上(たなかみ)くん、これ知ってるかな?」真剣に画面を見ていたところを、福坂(ふくざか)先生に問いかけられた。何となく見覚えはあるが、正直なところ名前も分からない。知ったかぶりは問題があるので、素直に、知りませんと答えた。
「花札という、江戸時代中期には成立したとされるゲームだ。これ自体は悪いものじゃないんだけど、現代ではイメージとして賭け事と結びつけられている。トランプだって同じようなものなんだけど、花札はその点、ちょっと扱いが可哀想ではある」
「はあ」ディスプレー内では二人の子どもが、真剣な顔つきで花札という名のカードを眺めている。眼鏡を掛けていない方、どこかの私立小学校らしい制服の少年が山のように積まれた札から一枚とった。そして真ん中の列にある札を嬉しそうにつまみ、自分の前の列に並べた。
「同じ月の札があれば自分のものにして、組み合わせで役を作るんだ」福坂(ふくざか)先生の解説は続く。僕はこのゲームそのものには興味が湧かず、話半分に聞いていた。こういうゲームに興じることが、オトナになることだと先生は言いたいのだろうか?

「さあ、棚上(たなかみ)くん。勝負がついたよ。ここから、注目だ」数分して福坂(ふくざか)先生が声をかけてくれた。月や花、あるいは短冊の絵がかかれた札は確かに美しい。この組み合わせで点数を決め、勝負するようだ。眼鏡の子が笑顔になった。そして制服の子が自分のスマートフォンを眼鏡の子に差し向けた。
「お金のやりとりだね。つまり、賭け事をしているのさ、彼らは」
 僕は耳も目も疑ったが、言葉も画像も事実のようだ。彼らは小学二年生にして賭け花札をやっている。電子マネーのやり取りなので、きっと親も把握している。中一である僕の両親なら、これは許さないだろう。
「うちの塾に来る子やその家は、ちょっと常識離れした人もいるけど」と福坂(ふくざか)先生は続ける。「俺もこれはやばいと思ったんだ。そしたらな、『自分の責任で、節度を持ってやっている。勉強には支障がないし、先生や塾が黙っていてくだされば問題は大きくならない』と二人とも平然と言うんだ。親には相談したさ。それでPCR検査をしたら、陽性だよ」
 福坂(ふくざか)先生は泣きそうな顔で更に続ける。「この眼鏡の子のお母さんな、ウイルスの研究者で、恐努(きょうど)大学の准教授だ。明紋進学会(めいもんしんがっかい)に新幹線通学しているんだけど、息子さんが感染していると知って喜んでいた。育てる手間が減ったって。恐努大学の先生も、子どもは明紋に入れたいんだな。高学年になったら、一人でこっちに住ませても大丈夫かも、なんて言っていた」
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