第28話 失望

文字数 951文字

 純粋な気持ちでやっている。そう信じて疑わなかった。それどころか、そんなことに疑問すら持ったことがなかった。そんな自分がたまらなく悔しかった。
 それでも日常は過ぎていく。いや、日常を過ごさねばならない。嫌なものを知ってしまった時に、じゃあ僕はもうやりません、と言って逃げるのは流石に駄目だろう。図書館前のベンチで蕾が膨らみ始めた桜の木を見ながら、僕は考えた。蕾の中には咲けないまま落ちていくものがある。咲くことができるならば、花としてしっかり咲き誇る。それで人を喜ばせ、その後花は実を結び、次の世代を作る。僕ら明紋義塾(めいもんぎじゅく)の生徒は社会に期待されている蕾。見事に咲くことを望まれている蕾。ここで逃げ出してはいけない。
 そこまで考えが至ったとき、僕は理科実験室の前に立っていた。サイエンス部の部室はこの先だ。湯山(ゆやま)先輩と友中(ともなか)先輩の声が実験室の扉から聞こえてくる。湯山先輩は来週から大学生。実際には世間でいう大学生のような生活を既にしているのだが、正式に学生になる。先輩は確か物理系に進学するはずだ。ウイルスなんかよりも更にミクロな世界に強い興味があって、既にその方面の論文も書いている。そんな人でも新型オトナウイルスには関心を持ち、僕らの指導をしてくれた。その懐の深さが有り難い。

「おおっ、優秀な棚上(たなかみ)くんじゃないか。水島(みずしま)は放してくれたのか」
 部室に入るなり、水島先輩と同級生である友中先輩が声をかけきた。水島先輩が今日僕を誘い出すことを知っていたようだ。
「はい。でもなかなか、僕には重くて」
「それで浮かない顔をしているんだな。まああれだろ、君の意見をか、もしくはこれじゃ駄目だ、のどっちかばかりで」
「分かりますか」
「そりゃお前、あいつと五年も一緒にいるんだ。こっちはもう飽き飽きしている」
「そうですか」
「ああいう問題意識があるから、次々と文章も発表できるんだろうけど。でも俺たちの立場からすると、ウザいよな」
「そう言ってよければ」
「お前、部室に来たらもう言葉選ばなくて大丈夫。俺は水島に告げ口したりはしない」
「よろしくお願いします」
 折角の友中先輩からの話にもどこか空空しさを感じてしまい、あっさりとした言葉しか返せなかった。研究の動機と資金について失望にも似た感情を持ってしまった今の僕には、どうしようもない。
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