第21話 大人の行動

文字数 1,025文字

 正面でじゃれ合う小学生の男女たち。一人の男の子が、隣に座る女の子の胸元をつついていた。彼の指がめり込んでいる。意外にも膨らみがあるのだと分かる。思わず目を見開いてしまった。そしてその女の子が声を出す。
「いやん、やめてよ、こんなとこで。恥ずかしい」
 そして男の子の耳に口を近付け何かを(ささや)く。男の子はいたずらを止めたが、ニヤニヤし続けている。気持ち悪いな、と感じながらも、羨ましくも思ってしまう自分。さらに僕まで恥ずかしいような気がしてきた。目のやり場に困るなあ、と思っていたら次の駅で彼らは降りてしまった。背中に担がれた青いリュックに銀色の「H」の文字。明紋進学会(めいもんしんがっかい)とは違い、目標校を限定しない普通の進学塾だが、超大手である「日野進学研究会(ひのしんがくけんきゅうかい)」の生徒だ。あそこからも明紋義塾(めいもんぎじゅく)中学校に入ってくるが、毛色が違う。中二の頼野(よりの)先輩は確か日野研(ひのけん)出身だ。この前、高校生の先輩が話しているときにもふざけた態度だった。

 この時期にあんな感じじゃあ、あいつら第一志望ダメだろうな、なんて思いながら気が付いた。春の日差しも見られ出したこの時期に結構遅くまで塾にいたということは、新六年生。自分の二つ下だろう。そんな子たちが、ませているという言葉を凌ぐような行動をとっている。きっと新型オトナウイルスに罹患しているんだろう。体の成長もやっぱり伴うのだろうか。でも五年生くらいなら、二次性徴が来ていてもおかしくはない。特に女性は。となるとやはり、あの行動が常軌を逸している。まあ、大人だって電車の中ではしないはずだけど。いや、いわゆる若者っていう人たちの中にはいそうだよな……。

 自室で僕はまた考えた。湯山(ゆやま)先輩が言っていた検査対象についてだ。帰りに見たあの男女は果たして検査で感染を確認すべきだろうか? もう六年生になるような年なら、大人っぽい行動をとってもおかしくない。そう解釈すれば、検査は不要ということになる。でもあれはやっぱり行き過ぎだ。となれば感染を確認した方がいい。しかし一方で、あれは大人の行動とも言えないだろう、とも思う。であれば、そもそも検査の対象ではない。頭の中で考えが堂々巡りとなってしまった。こういう時は違うことを考えた方がいい。僕は数学の問題集を開いて解き始める。中学二年対象の本だが、明紋義塾(めいもんぎじゅく)ではもう半分くらい進んでいる。大学受験をしなくてよい自分たちだが、このくらいの進度じゃないと面白くない。もっと早くてもいいが、難問をじっくり解くのも悪くない。
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