第34話 祝い

文字数 1,029文字

 真実を追究していくことが面白く、中学入学以来サイエンス部での研究に没頭してきた。そうした基礎研究で得たものを、技術として応用していくことも重要であり興味深い。北咲(きたざき)博士の話を伺って僕はそのことに気付いた。現実の社会が何を求めているのか、何が必要とされているのかを考えて研究・開発を行っていく。そこには資金も流れてくるはずだ。サイエンス部もそうした方向に進めば、OBなどからの寄付に頼り切る現状も変わっていくかもしれない。そんなことを考えながら部室へ入った。
「おお、棚上(たなかみ)、やっときたか。ほれ」
 中学三年の曽根川(そねがわ)先輩からクラッカーを投げられ、慌ててそれを掴んだ。状況を理解できない僕に、高校二年生の友中(ともなか)先輩が声をかける。
「中一はそっちに並べ。棚上、急げ。浜野(はまの)、隣開けろ」
 僕は浜野の右隣に入って、ようやく状況を理解した。高校三年生は今日が最終日。これからやってくるであろう湯山(ゆやま)先輩と白髪(しらが)先輩を送別する日だった。文芸部の水島(みずしま)先輩に捕まらなくてよかった、と咄嗟に思った。
 二人の卒業生を待っている間に、浜野が話しかけてきた。
「なあ、棚上。来週から友中先輩と江刺(えさし)先輩が最高学年だ。湯山先輩の代とは大きく雰囲気が変わりそうだよね」
「ああ、確かに。大人っぽいけど、個性の強い友中先輩。真面目だけど、子供っぽい江刺先輩。この二人がサイエンス部をどう引っ張るのか。自分のことでもあるのに、なんだかおもしろいよ」
「棚上も結構、やばいな」そう言って浜野は微笑んだ。浜野は、人に何か言わせておいてから小馬鹿にするところがある。僕はこいつと組んでサイエンス部をまとめなければならなくなる四年後がむしろ不安になった。
「お前、ひどいな。まあ、でも、僕もそうかもね」そう言って部室の入り口に目を向けた。

 扉が開いて、湯山先輩と白髪先輩が並んで顔を出した。明紋義塾(めいもんぎじゅく)高校の卒業式は明紋義塾大講堂ではなく、図書館の小ホールで執り行われる。五十人しかいない卒業生に見合う広さ(狭さか?)の部屋が大講堂にはないための措置だと言われているが、小ホールで行うために在校生は高二の一部生徒しか参列できない。サイエンス部からは、学業成績がよい江刺先輩だけが呼ばれていたようだ。呼ばれていなかった友中先輩が第一声を上げた。
「湯山先輩! 白髪先輩! ご卒業、おめでとうございます!」
 その声に続いて、部員一同が声を揃えた。
「ご卒業、おめでとうございます!」
 そして各自が手に持ったクラッカーの紐を、一斉に引いた。
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