第38話 成長

文字数 1,178文字

 春になり、我が明紋義塾(めいもんぎじゅく)中学校・高等学校サイエンス部に新入部員が入って来た。僕にとって初めての後輩だ。五十一人の入学で三名がサイエンス部の門を叩いてくれた。これはやはり、新型オトナウイルスに関連したサイエンス部の功績が大きいだろう。だからといってミーハーで骨のない奴だと困る。僕は中三になった中山(なかやま)先輩と一緒に、この三人を面接した。そのあと何段階かの面談を経て、最終的には高三で部長になった江刺(えさし)先輩が許可を出す手順だ。もっとも明紋義塾の入試を突破してきた連中なので基本的には入部を断ることはないのだが。
 三人の中で今城(こんじょう)くんという新入生が際立っていた。出身の塾は明紋進学会であり、福坂(ふくざか)先生の授業も受けていたらしい。その今城くんはウイルスの働きを利用した薬剤の開発に強い関心を持っている。面接でその話を聞き、自分は今城くんに負けているなと感じてしまった。中山先輩はそんな今城くんを気に入ったようだ。四月下旬の正式入部を待ちきれずに、部室や実験室に今城くんを呼び出している。別に中山先輩が誰を可愛がろうと、僕には関係ない。しかし中山先輩だけでなく、多くの先輩たちが今城くんたち新入生に注目している現状は、僕に一抹の寂しさを植え付けた。同じ学年の浜野(はまの)も中三の頼野(よりの)先輩と組んで面接を担当したが、同じような思いを抱いているのだろうか。聞いてみたい気もするが、同学年のライバルに全てを打ち明けるのは気恥ずかしい。僕は心のうちに自分の思いを押し殺す。

 そして五月の連休が過ぎ、中一の三人が頭角を現し始めた。トップはもちろん今城くんだったが、峰岸(みねぎし)くんと大堤(おおつつみ)くんも負けていない。峰岸くんはウイルスには関心が薄く、化合物に興味があるらしい。大堤くんは細胞の営みに強い関心があり、細胞の中に侵入してくるウイルスの働きには注目しているそうだ。三人はOBも含めた先輩たちのサポートを受けながら、学会発表の準備まで始めている。あいつらに負けてはいけない。が、どうしても皆が彼らを贔屓しているように感じてしまう。
 焦り、嫉妬する僕を、高校生になった曽根川(そねがわ)先輩が駅近くのモグバーガーに誘ってくれた。ここは誠仁(せいじん)女学院(じょがくいん)の生徒も多く利用するので、明紋義塾のキャンパスにはない華やかさがある。
「なあ、棚上(たなかみ)。難しいけど、焦るな。お前も去年は皆に支えてもらった。これからはより一人の研究者としての自覚をもって、頑張らないといけない。新入生を助けるのもお前の仕事の一つ。俺もこうやってお前を援護する。俺も先輩方にしてもらってきたことだ。そうやって皆、確実に、一人前になっていくんだ。なあ」
 僕の目が潤んだのは、スパイシーモグバーガーが予想より辛かったからだ。しかし同時に、新型オトナウイルスに罹患したかどうかはわからないが、順当に大人へと近づいていく自分を意識した。うん、頑張ろう。そう素直に思えた。

【完】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み