第25話 詰問

文字数 1,193文字

 水島(みずしま)先輩の誘いに応じるかどうか。僕は迷った。調べてみると、水島先輩は高校一年生の頃から『三吉(みよし)文学』以外の文学雑誌にも掲載されている注目の若手作家のようだ。しかも政治的な関心を持っているらしい。そういう先輩に目を付けられてしまった。同級生らしい友中(ともなか)先輩に相談するかと思ったが、あの先輩もいまひとつ信用しきれない。
 悩んでいるうちに放課後を迎えた。誘いを無視するのは申し訳ないので、図書館の映像資料室には顔を出すことにした。
 貸出カウンターからまっすぐに伸びる中央階段を上がり、多くの生徒が自習をする机の列を抜けたところに目的の部屋はある。生徒たちは集中しており、誰も自分を見ない。寂し気な雰囲気もある扉の前で立ち止まり、ノックした。
「はい、どうぞ。棚上(たなかみ)くんか?」
 昼間に聞いた野太い声が返ってくる。
「失礼いたします」
 そう言って扉をあけると、水島先輩の他にもう一人がこちらに顔を向けた。
「君が棚上くんか。中学三年の伊佐原(いさはら)だ。君の話は、水島先輩からも、そして曽根川(そねがわ)からも聞いている。なんでも、新型オトナウイルスの研究では大いに力を奮っているそうじゃないか」
 この先輩とは直接の面識はなかったが、明紋義塾(めいもんぎじゅく)中学の生徒会役員をやっている人物なので顔と名前は知っていた。噂では、弟が有名な子役スターだという。
「まあ、挨拶は抜きだ。早速だがその棚上くんに聞きたい。新型オトナウイルスは本当に大変な問題なのか? 一部の人間が騒ぎ立てるほど恐ろしいのか?」単刀直入に質問してくる伊佐原先輩と黙って頷く水島先輩の迫力とに押された僕の足はガクガクと震えだしてしまった。「優秀」と持ち上げられておいて、このざまは恥ずかしすぎる。冷静になろう、と思い直し、少し息を吐いた。
「すみません、ちょっと言葉がまとまらなくて」こう言って時間を稼ぐ。
「実際、科学の目、ウイスルと人類、いや宿主となりうる生物にとって新型オトナウイルスは実に興味深い存在です」
「それで?」水島先輩の鋭い眼光が僕を睨む。
「はい。この前小学校低学年の子が賭け事をしている場面に遭いました。やっていたのは花札でした。罪の意識はないのに、自分たちが行うのは良くないこととされているという理解はある。だからしっかり理屈で武装し、その上でのギャンブル。しかもその行為を、親も許している。流石に、子どもがああなるのは、良くないのではないかと思います」
「良くない。うん、きっとそうだ。でも問題は、騒ぎ立てて阻止する必要があるかということだろう?」伊佐原先輩も冷静に質問をしてくれる。
「感染で早老が起こり、寿命に影響がある。その否定ができていないのでその点は慎重に考えたいですが、子どもが早く大人になることについては、問題がないかもしれません」
「そうだろう。なので今朝のような論調で世論を煽る連中をなんとかしたいんだ、俺は」
 水島先輩が拳を振り上げて力説する。
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