第10話 責任

文字数 1,050文字

 湯山(ゆやま)先輩が話を続けた。
「実験の骨格に戻るけど、仮説から方法を考えて、そして実際に実験や観察を行う。そうすると、結果が出る。その結果に誤魔化しがあってはいけない。ここは事実に忠実に。その後、解釈する。この解釈は人によって違いが出ても仕方がない。というか、それでいい」
「論文を書く、読む場合もこれに従う。つまり、仮説、方法、結果、そして考察。そういう単語を当てるけれど、やっていることは同じ。そうすると、冷静な読み手としては、どこに注目すべきだろう? 棚上(たなかみ)、どう思う?」江刺(えさし)先輩から話を向けられ、僕は考えた。
「つい結果や考察を見て、分かった気になりますが……。やっぱり方法を吟味することでしょうか?」

「素晴らしい!」湯山先輩と白髪(しらが)先輩がほぼ同時に声をあげた。高三の先輩に()められるとかえって怖い気もするので、中途半端な笑顔を僕は作ってしまう。
「もちろん何が大事か、となるとこれも目的や考えにもよるけれど、方法を確認せずに結論、ましてや考察を見てしまうのは論外だろう。考察では、験者である書き手自身がその実験の弱点を敢えて述べたりもするので、客観的に見えるけど、あんなのパフォーマンスだと思っていい。だから結果や考察だけで判断するのは、例えばニュースの見出しに飛びついて、それだけを材料に勝手な解釈をして、しかもそれを拡散するのと同じ。厳に慎むどころか論外だよ。まさか明紋義塾(めいもんぎじゅく)にそんな奴はいないと思うけどな。読み手としての俺たちは多分大丈夫だと思うけど、書き手、情報を出せる側としても十分気をつけなければいけない。まともな発表をしないのは無責任なことだ」江刺先輩が得意になって続けた。
 江刺先輩と同学年の友中(ともなか)先輩は黙り込んでいる。反省しているのだろう。

 窓の外はすっかり暗くなった。明紋義塾中高の教員は六時までには退勤する。しかしその後も自主研究を行っている教員が多いので、この時間でも校内は人の気配が多い。だから学校に残っていることはそう問題にはならない。が、僕たちは育ち盛りの男子。やはり空腹には勝てない。中三の曽根川(そねがわ)先輩が発言した。

「先輩方、有り難うございました。初心に帰って、今晩からも研究に励むことができます。ところで、すんごい腹減ってきました。そろそろ帰りますね。明日からもご指導、よろしくお願いします」
 こういう締め方が大人だなあ、と僕は感心しながら、曽根川先輩に感謝する。実際僕は腹ペコで、さっきから腸蠕動(ちょうぜんどう)を抑制できず音が出っぱなしだった。僕と浜野(はまの)は曽根川先輩に従うような形で学校を出た。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み