第20話 言い訳

文字数 1,144文字

棚上(たなかみ)。お前もそんな発想なのか」
 怒られる、と覚悟していた僕は、寂しそうな湯山(ゆやま)先輩の声に驚いた。
「サイエンスの世界に身を置く研究者の中にも、そういうことを言って自分の利を確保する輩がいるんだよ。利益、というのは語弊があるかもな。そうだな、自分の思っていることを叶える、と言い換えた方がいいかもしれない」
 ここは口を挟まない方がいいだろうと判断し、次の言葉を待った。
「その時、素直に自分が感染していたかどうか知りたい、不安だ、と言ってくれる方がまだいいかもしれない。もっと大きなこと、もっともらしいことを言い訳にして、自身の目的を達せようというのは、何だか悪質な行為だな、と俺は思うんだよ」
 そう指摘されてしまうと、最早反論の余地はない。つい口にしてしまったことを本当に後悔した。
「まあ、大人も子供も、こういう感じの人は多いし、俺自身もそういう行動をとっていない、と自信をもって断言はできないけどな。でもだからこそ、気付いたところは指摘し、自分に関しても反省して戒めたい訳だ」
「すみませんでした。僕の検査はやはり不要ですね。有り難うございました」
 まだ喋りたそうな湯山(ゆやま)先輩に頭を下げ、僕は部室を出た。

 疲れを感じたので、僕は駅のベンチに腰掛けた。目の前には快速電車が停まっているが、車内はいつも通り混みあっている。次の各駅停車で座って帰ろう。そう思ってカバンから文庫本を取り出す。「ゴッゴちゃん」が意外に面白かったので、同じ作者の本を持ってきた。「よろしく地球くん」というタイトルの短編集で、父の本棚から拝借してきたものだった。随分昔に書かれた作品だが、妙に現代的なところを感じ、SF小説のような空想がリアルを生むのかも、という流れに魅力を覚えた。
 何作かをベンチで読みふけったため、いつもよりむしろ遅い電車に乗ることになってしまった。一人で苦笑いしながら、空席も見え始めた快速電車に乗った。ドア付近には人が座っているが、その中間が空いている青色のロングシート。真ん中を空けるというのは面白い人間の心理だなあ、と思いながらそこに腰掛ける。

 目の前のシートには小学校高学年の男女が何人か座っていた。女子がいるので男子校である明紋義塾(めいもんぎじゅく)を目指すための明紋進学会(めいもんしんがっかい)ではないだろうが、こんな時間に集団で電車に乗っているのは進学塾の帰りなのだろう。今でもそうなのだが、小学四年頃から男子校である明紋義塾中学を目指す環境に入った僕は、男女が混在する同世代の集団に気後れと憧れとをもってしまう。同時に共学における新型オトナウイルスの影響というものにも関心が湧いた。確かに、これまでの僕、それどころか女子の胸囲に注目した友中(ともなか)先輩でさえも、男子校的な、いわゆる男の子目線での発想に留まっていたような気がしてきた。
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