第33話 先入観

文字数 1,012文字

「ですから、新型オトナウイルスに対する免疫がついてしまうと、それはそれで問題なのではないかと」僕は北咲(きたざき)博士対してなんて失礼なことを言っているのだろう。でも、もう止められない。
「なるほど、それはそうだね。でも棚上(たなかみ)くんともあろう人からの質問としては、ちょっと寂しいな」北咲博士は怒ることもなく話を続けている。
「ワクチンで得られる免疫は、終生免疫だけじゃないよね?」
「あっ」僕は自分の頬が熱を帯びていくことを自覚した。
「新型オトナウイルスに感染した方がよいだろう、という時期までの感染を防ぎたい訳だから、そのようなワクチンを作ればいいということだよね」
 北咲博士は微笑みながらそう言った。「毎年のように効果が消えるようにするのか、ある年齢に達したら消滅させるのか。新型オトナウイルスの表面タンパクのうち、どの抗原をターゲットにすれば、そうしたことが可能なのか。その抗原はこの先も目まぐるしく変化していくのか。そういうところが開発に際してのポイントになる」
 僕は頷いた。そしてサイエンス部が今も関わる様々な表面タンパクのことを思い出した。
「君たちも調べていたよね。表面タンパクのOTN-1。これ、英語じゃなくて日本語のOTONAから取ったんだよね? それが世界共通の用語になるなんて、OBとしても日本人としても誇らしいよ」
「あれも候補になるんですか?」
「そうだね。しかも旧来のオトナウイルスにもかなり似た構造のタンパクがある。そして他のウイルスには存在しない。これは当然、使える」
「確かにそうですね」
「なのでサイエンス部にもまた資金が入るかもね」
「有り難うございます」
「まあ、実用化できるかはまだわからないけどね。早期に感染したウイルスを一定の期間大人しくさせるのか。それともいったん死滅させておいて、ある時期になれば再び感染できるようにするのか。その辺りも技術的に難しい上に、社会がどっちを望むのか、を考えないといけないからね」
「なるほど、分かりました。僕も何か、先入観に囚われていたようです。やっぱり直接お話させていただいてよかったです」
「うんうん。僕も楽しかったよ。何かアイディアがあれば教えてほしいな」
 北咲博士はそう言って満面の笑みを浮かべた。ワクチンと完璧な免疫とを同一視していた情けない自分を、優しく育ててくださるOBに感謝する。そしてこの先輩に対して、とっつきにくいなどと勝手なイメージを持っていた自分に腹が立った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み