第1話 商人レナード

文字数 2,823文字

 はるか遠い昔の話。
 俺は日本という世界に住んでいた。
 その世界で俺は弱者だった。両親に育てられた俺は何もできず部屋に引きこもるだけ。
 そして、歳をとった両親は死んだ。
 養ってくれる者を失った俺は自殺した。
 そして、俺は転生した。
 まるでどこかの漫画やアニメの世界のような世界に。
 しかし俺に生きる気力などなかった。死後の世界など存在しないと考えていた俺には転生は苦痛でしかなかった。
 もう何もしたくなかった。全ての責任から解放されたかった。
 俺はもう一度死んだ。
 
 しかし、世界は残酷だった。

 死ぬたびに転生を繰り返し似た死に方ができなくなった。
 そして、全てに耐性を得た俺が行きついた人生は引きこもりだった。
 何もしないまま死んだように生き、寿命で死んだ。

 そして俺は。



 死ねなくなった。






 


 商人の荷馬車にもたれかかるアウラが顔を上げると商人の男が声をかけてきた。
「おはよう、アウラ。よく眠れましたか?」 
 どうやら寝てしまっていたのだ。
 まだまだ若く力強い青年の挨拶が聞こえてくる。
「ああ」
 アウラは軽く返事を返しつつ段々と戻ってくる意識を感じる。
 快晴の空から太陽が照り付けていた。
「気持ちいいでしょう。私もこんなに天気がいいときはたまに昼寝をするんですよ」
「そうだな。いつ見てもこういう天気は心が少し穏やかになる」
 気持ちよさそうに空を飛ぶ二匹の鳥を見つめながらアランは商人のたわいのない会話を聞いた。
「あと一時間ほどで王都デネボラですよ」
「ああ、そーか。世話になったな」
「それはこちらのセリフですよ。通路をふさいでいた土砂をどかしてくれたり、魔物や山賊から守ってくれた。何よりもこの私の会話相手になってくれたじゃないですか」
「そうか。役に立ててよかったよ」
 商人の元気のいい明るさに負け、アウラも笑みを浮かべた。
「所で王都に着いたら、どこに行くんですか?」
 アウラは少し考えてから答えた。
「決めてない。困っている人がいたら助ける……ぐらいじゃないか」
 含みを感じ取った商人はアウラの不安を開放するように明るく返す。
「凄いですね。誰かの為にそんなに身を危険に置けるなんて。私には自分と周りの事でて手一杯ですよ」
「すごい……か」
「ええ。最後に聞かせてください貴方の話を。貴方の人生の夢はなんですか?」
 その問いにアウラは迷った。
 この関係は王都につけば終わる。恐らく二度と出会うことはない。
 たっぷりと間を開けてからアウラは答えた。
「……シェオール」
 商人は思ってもいない言葉に驚いたようだった。
「シェオール……それは幻の国。はるか昔の言い伝えとして残っている”死の国シェオール”ですか?」
 戸惑っている商人を笑いながら、アウラは続ける。
「ははは。驚いたか?」
「現実主義だと思ってましたけど、まさか貴方からそんなおとぎ話に出て来るような言葉を聞くとは。てっきり騎士団の英雄試練を目指していると思ってたんですけど」
「あんなものに興味はない。銅と銀と金の紋章、そして最強の戦士としての虹の紋章。戦士としての証明書として実力を現すには便利かもしれないが、本来の目的を見誤っている者があまりにも多い。紋章を手に入れることが目的に……すまない」
 遠い昔の想い出を思い出し感情的になったアウラは慌てて口を閉じた。
「いえいえ。貴方は意外と熱い方なんですね。最後にいいことを知れました」
 気が付けば王都デネボラの城門についていた。
 検問を終え王都に入ると大いににぎわっていた。恐らく英雄試練の影響だろう。
 実際のところ、一緒に来た商人も英雄試練のお祭りに乗っての商売繁盛が目的だ。
「まだ一か月以上前なのに」
 ポロリと漏れた心の声に商人が反応する。
「だいぶ多いですね。これは他の商人に負けてられない」
「ああ。それじゃあ頑張って」
 アウラが商人に背を向け歩き始めると慌てた様子で声をかけてきた。
「そういえば聞いたことがあります!古の書『マタダムの目録』にシェオールの記載があったと!」
 振り返ると商人の男がたくさんの荷物の中から顔を覗かせている。
 その言葉に思うところのあるアウラは、ふとここまでくる道のりで起きた些細な思い出を思い出した。
 思わずこぼれそうになる笑みを隠す様に彼に背を向け歩き出した。
 二度と会わないかもしれない。だからこそ、短い思い出に別れを告げるように。初めて彼の名を口にした。
「そうか。ありがとう、レナード」
 右手を上げぶっきらぼうに振りながら彼とは違う道を歩き始める。



「ねー聞いた~?また出たらしいよ、幽霊」
 この国の情勢を調べるため賑わっている大通りにいる商人と会話をしていると後ろから気になる言葉が耳に入る。
 聞きなれない幽霊と言う言葉を使う二人の女性の会話にアウラは耳を傾ける。
「なにそれー」
「なんか~、リコット村の近くの森に夜中に行くと、女が現れてあの世に連れていかれるらしいの」
「なにそれー。アンデット系の魔物とかじゃないの?」
「それがさ~、王様の命で討伐隊が組まれたらしいんだけど何の成果もなかったらしいの」
「なにそれー。ただの噂話だったってことでしょー」
「違うの。その討伐隊の一人が一人で夜にその森に向かったら二度と帰って来なかったって。それで何度か部隊を出したらしいけど、一人の時にしか出ないらしいの。で、一人だけ唯一生還できた人はひどくおびえた様子で女の霊が出たって」
「なにそれー。やめてよー」
 どこかへ歩いていく二人の女性をよそにアウラは目の前の商人に話を移す。
「幽霊というのは?」
「ああ。数年前から噂されている伝承ですな。私も同じような内容までしか知りません。ただそういう話でしたら街角の路地にある人気の少ない地下の居酒屋で聞けるかも知れません。レイバーという名でジョバンナという女性が経営している酒場があります」
「助かる。これは気持ち程度のお礼だ」
 ポケットから取り出したいくらかの金貨を渡す。
 消して大金と言えるほどの額ではないが、この大したことの会話にお金をもらえることに驚いたのだろう。
 だがアウラにとってお金の価値はあまりに薄かった。アウラが欲しいもの、望むものはお金で手に入ることはないからだ。
「な、なんと!本当によろしいのですか?」 
「ああ。気にしないで貰ってくれ」
「あ、あの。一つ聞いてもよろしいですか?」
 背を向けようとしていた体を止めた。
「なぜそのような話に興味を?たかが噂ですし、事実だった場合は命が危ない」
「だからさ」
 アウラの返事に商人は戸惑った。それは、心なしか胸が踊っているアウラを感じ取ったのかもしれない。
 アウラ自身も先ほどよりも少し声が高くなっているような気がした。
 商人はアウラの言葉の意味が分からなかったのか小さく言葉を漏らした。
「はい?」
 アウラは夢の一凛を感じ嬉しそうに頬を歪ませながら言葉を返す。
 その言葉に商人はさらに戸惑いの顔を見せた。
「死ぬためさ!」
「は?」
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