第14話 イシアル
文字数 2,897文字
「多分じゃ困るでしょ!」
アウラは来た道を引き返し家の前に着いた。
「やっぱりマタダムの目録はこの家の中にある」
ユラによると部屋にちゃんと例の少女がいるようだ。
ユラに起きていることを確認し、コンタクトを取るため部屋をノックするが無視された。
いることがわかっていると伝え、外に出ようと誘うももちろん拒絶される。大体が無視か、静かな声で冷たく拒絶される。
マタダムの目録を取りに来ただけだと伝えても、私の本だと渡してはくれない。自分が書いた本だ、持ち主だと伝えても、信じてはもらえなかった。頭がおかしい奴だと思われて終わった。
それはそうだ。普通は信じない。なら頭のおかしいのはあの二人だ、と思いそうになったところで自分の考えを否定する。明らかにおかしいのは自分自身の存在だからだ。
次の日、彼女の元に行くと強力な魔法障壁で家を閉じられていた。見ただけで中に住んでいる少女の魔法の洗練度がわかる。しかし、魔法障壁はあくまでも魔法用。物理攻撃の耐性はそこまで高くない。
ロザリアの力なら十分壊せた。
力強く人の家の扉を蹴り壊す。いかがなものかと思ってはいたが最後の彼女の部屋の扉だけは壊さなかったので黙認した。
ある日、いつもの様に部屋の扉をたたくと返事がない。ユラにお願いして起きていることは確認済みだ。同時に魔法障壁も消えていることに気が付いた。
「入ってもいいか?」
その言葉に返事はない。
了承したと捉え部屋を空ける。
荒れた部屋に乱雑に魔道書が置かれていた。布団の上に座る淡い栗色の少女の髪は肩に触れない程度に切りそろえられていた。
机の上に一冊だけおかれた本に目を向ければマタダムの目録があった。
「マタダムの目録、見てもいいか」
「貴方の物なんでしょ」
「何で信じようと思ったんだ」
「別に……」
アウラは言われるがまま本をとり、記憶をよみがえらせる。そして、本をもとの場所に戻した。
驚いた様子の少女は問いかけてくる。
「ほんとだったのね」
その言葉にアウラは少し驚いた。少女はマタダムの目録からアウラと同じ魔力を感じ取ったのだろう。
「今はアウラと名乗ってる」
「知ってる。そんなあなたがなぜ、ここまで私に関わろうとしてくるの」
探りを入れるような言葉。彼女の目はアウラを恐れていた。信じまいとしてる眼だ。期待を、希望を持たないように、裏切られることを恐れている。
自分自身が昔引きこもっていたからこそ、よくわかる。忘れたくても忘れられない。何百年生きた今でも鮮明に覚えている。
「似ていたからだよ。昔の自分に……いや、今もかな」
「なにいって……」
彼女はそこまで言って口を止めた。アウラの瞳の奥に映る無力さに何も言えなくなった。
「俺は昔全てに絶望し引きこもった。そして、次第に孤独になり外の世界が怖くなった。自分だけが取り残され、世界に見捨てられたそんな感覚になった。そして、最後は自殺したんだ。俺が育ててくれた人はいなくなって、1人でいきれなくなって」
「……ならなんで生きてるの」
「この世界で生き返った俺は、自殺を繰り返し死ねなくなった。そんなにも卓越した魔法使いのお前なら俺を見ればわかるだろ」
固有スキル、魔法無効の効果によって全ての魔法を無効化する。それは攻撃はもちろん、治癒や補助魔法、アウラに対しての全ての魔法を無効化する。
「……辛くないの」
「辛いよ。だから死に方を探してる。そうして旅をしているうちに仲間ができた。お前はどうしてここにいるんだ」
アウラの言葉に少しむすっとしている少女。
まずいことを聞いてしまったかと思っていると少し怒りがこもった声で少女は言う。
「お前っていわないで……」
そう言われても名前を知らないアウラは困っていると、それを察したのか彼女が言う。
「私はイシアル。カルクおじさんからは何も聞いてないんだね」
「ああ」
「私は昔、マタダムの目録が気になってね。村のおきてを破ってその本を読もうとしたの。けど、魔法で封印されてて読めなかった」
あれ?俺、封印なんかしてたっけ?と思っていたアウラの疑問を無視するようにイシアルは続ける。
「必死になって魔法を勉強してね。封印を破って本を読んだの。勇者の冒険譚とこの地の魔神について書かれてたわ。けど封印を解いて、マタダムの目録を読んだことがバレてね、島の人に迫害された。禁忌を破った私のせいだから仕方ない。その罰か、誰か触れるとたまに相手の記憶がみえるの。そのせいで、相手の知られたくない過去も、私が知りたくなかった過去、相手の気持ちを知ってしまうようになったの」
「なら俺には関係ない。固有スキル魔法無効があるからな」
アウラは手を差し出した。
イシアルは怯えた様子でアウラの手にそっと腕を伸ばす。
手と手が触れた瞬間、イシアルの袖がひきアウラの目が吸いよせられた。袖からのぞかせる無数の切り傷跡。
それに気づいたイシアルは、腕を勢いよく引っ込めると袖で腕を隠した。
イシアルの顔は青ざめ怯えていた。
「出てって」
震えた声で言うイシアルにアウラは名前を呼ぶことしかできない。
「……イシアル」
伸ばそうとした手を拒絶するようにイシアルは叫んだ。
「出てって!」
「すまない」
小さな声で謝罪し、部屋を出た。
同時に部屋に魔法障壁が展開される。更に重複展開し、五重で展開する。
外に出るとロザリアが鍛錬を行っていた。彼女のその鍛錬がより体を魔族へと変えていく。
それをロザリアは知っているはずなのだが。
「アウラ、付き合いなさい!」
アウラはロザリアの鍛錬に付き合った。
いい気分転換になると思ったからだ。
イシアルはアウラに右腕の傷を見られた。
マタダムの目録をかいたアウラならその意味を知っている。
それにアウラに一度だけ触れられたからと言って、この制御できない固有スキルが人間関係を壊さない保証はない。
イシアルの烙印が今まで何度も人間関係を壊してきた。今回もそれと同じだと言い聞かせる。アウラと仲良くなれたかもしれないという希望を捨てるように。
ここで終わってよかったのかもしれない。もっと仲良くなってから相手を苦しめる結果になったかもしれない。私がもっと苦しくなっていたかもしれない。
制御できない力に、その力の代償にイシアルの心は疲弊する。
アウラの言葉は事実だろう。アウラはイシアルの知らない世界で自殺した。
イシアルも死にたいはずなのに死ねなかった。
その理由に目をつぶり続けている。
わかっている。だが、意識できない。考えれば考えるほど、苦しみが膨れ上がり体を傷つけたくなる。
外では前向きに生きるアウラとその仲間の旅が見える。
無意識な憧れがイシアルの心を締め付ける。
「変わりたい……変わりたい……変わりたいよ」
本を倒し、近くにあるナイフを取る。
その刃を左腕に押し付ける。無数につけられた切り傷の跡がイシアルの心の痛みを表していた。
「なんで……何で変われないの……何で制御できないの……何でそんなにやさしくするの」
嗚咽を吐き出しながら腕を切る。すっと溢れる出る血がイシアルの心を少しだけ落ち着かせた。
アウラは来た道を引き返し家の前に着いた。
「やっぱりマタダムの目録はこの家の中にある」
ユラによると部屋にちゃんと例の少女がいるようだ。
ユラに起きていることを確認し、コンタクトを取るため部屋をノックするが無視された。
いることがわかっていると伝え、外に出ようと誘うももちろん拒絶される。大体が無視か、静かな声で冷たく拒絶される。
マタダムの目録を取りに来ただけだと伝えても、私の本だと渡してはくれない。自分が書いた本だ、持ち主だと伝えても、信じてはもらえなかった。頭がおかしい奴だと思われて終わった。
それはそうだ。普通は信じない。なら頭のおかしいのはあの二人だ、と思いそうになったところで自分の考えを否定する。明らかにおかしいのは自分自身の存在だからだ。
次の日、彼女の元に行くと強力な魔法障壁で家を閉じられていた。見ただけで中に住んでいる少女の魔法の洗練度がわかる。しかし、魔法障壁はあくまでも魔法用。物理攻撃の耐性はそこまで高くない。
ロザリアの力なら十分壊せた。
力強く人の家の扉を蹴り壊す。いかがなものかと思ってはいたが最後の彼女の部屋の扉だけは壊さなかったので黙認した。
ある日、いつもの様に部屋の扉をたたくと返事がない。ユラにお願いして起きていることは確認済みだ。同時に魔法障壁も消えていることに気が付いた。
「入ってもいいか?」
その言葉に返事はない。
了承したと捉え部屋を空ける。
荒れた部屋に乱雑に魔道書が置かれていた。布団の上に座る淡い栗色の少女の髪は肩に触れない程度に切りそろえられていた。
机の上に一冊だけおかれた本に目を向ければマタダムの目録があった。
「マタダムの目録、見てもいいか」
「貴方の物なんでしょ」
「何で信じようと思ったんだ」
「別に……」
アウラは言われるがまま本をとり、記憶をよみがえらせる。そして、本をもとの場所に戻した。
驚いた様子の少女は問いかけてくる。
「ほんとだったのね」
その言葉にアウラは少し驚いた。少女はマタダムの目録からアウラと同じ魔力を感じ取ったのだろう。
「今はアウラと名乗ってる」
「知ってる。そんなあなたがなぜ、ここまで私に関わろうとしてくるの」
探りを入れるような言葉。彼女の目はアウラを恐れていた。信じまいとしてる眼だ。期待を、希望を持たないように、裏切られることを恐れている。
自分自身が昔引きこもっていたからこそ、よくわかる。忘れたくても忘れられない。何百年生きた今でも鮮明に覚えている。
「似ていたからだよ。昔の自分に……いや、今もかな」
「なにいって……」
彼女はそこまで言って口を止めた。アウラの瞳の奥に映る無力さに何も言えなくなった。
「俺は昔全てに絶望し引きこもった。そして、次第に孤独になり外の世界が怖くなった。自分だけが取り残され、世界に見捨てられたそんな感覚になった。そして、最後は自殺したんだ。俺が育ててくれた人はいなくなって、1人でいきれなくなって」
「……ならなんで生きてるの」
「この世界で生き返った俺は、自殺を繰り返し死ねなくなった。そんなにも卓越した魔法使いのお前なら俺を見ればわかるだろ」
固有スキル、魔法無効の効果によって全ての魔法を無効化する。それは攻撃はもちろん、治癒や補助魔法、アウラに対しての全ての魔法を無効化する。
「……辛くないの」
「辛いよ。だから死に方を探してる。そうして旅をしているうちに仲間ができた。お前はどうしてここにいるんだ」
アウラの言葉に少しむすっとしている少女。
まずいことを聞いてしまったかと思っていると少し怒りがこもった声で少女は言う。
「お前っていわないで……」
そう言われても名前を知らないアウラは困っていると、それを察したのか彼女が言う。
「私はイシアル。カルクおじさんからは何も聞いてないんだね」
「ああ」
「私は昔、マタダムの目録が気になってね。村のおきてを破ってその本を読もうとしたの。けど、魔法で封印されてて読めなかった」
あれ?俺、封印なんかしてたっけ?と思っていたアウラの疑問を無視するようにイシアルは続ける。
「必死になって魔法を勉強してね。封印を破って本を読んだの。勇者の冒険譚とこの地の魔神について書かれてたわ。けど封印を解いて、マタダムの目録を読んだことがバレてね、島の人に迫害された。禁忌を破った私のせいだから仕方ない。その罰か、誰か触れるとたまに相手の記憶がみえるの。そのせいで、相手の知られたくない過去も、私が知りたくなかった過去、相手の気持ちを知ってしまうようになったの」
「なら俺には関係ない。固有スキル魔法無効があるからな」
アウラは手を差し出した。
イシアルは怯えた様子でアウラの手にそっと腕を伸ばす。
手と手が触れた瞬間、イシアルの袖がひきアウラの目が吸いよせられた。袖からのぞかせる無数の切り傷跡。
それに気づいたイシアルは、腕を勢いよく引っ込めると袖で腕を隠した。
イシアルの顔は青ざめ怯えていた。
「出てって」
震えた声で言うイシアルにアウラは名前を呼ぶことしかできない。
「……イシアル」
伸ばそうとした手を拒絶するようにイシアルは叫んだ。
「出てって!」
「すまない」
小さな声で謝罪し、部屋を出た。
同時に部屋に魔法障壁が展開される。更に重複展開し、五重で展開する。
外に出るとロザリアが鍛錬を行っていた。彼女のその鍛錬がより体を魔族へと変えていく。
それをロザリアは知っているはずなのだが。
「アウラ、付き合いなさい!」
アウラはロザリアの鍛錬に付き合った。
いい気分転換になると思ったからだ。
イシアルはアウラに右腕の傷を見られた。
マタダムの目録をかいたアウラならその意味を知っている。
それにアウラに一度だけ触れられたからと言って、この制御できない固有スキルが人間関係を壊さない保証はない。
イシアルの烙印が今まで何度も人間関係を壊してきた。今回もそれと同じだと言い聞かせる。アウラと仲良くなれたかもしれないという希望を捨てるように。
ここで終わってよかったのかもしれない。もっと仲良くなってから相手を苦しめる結果になったかもしれない。私がもっと苦しくなっていたかもしれない。
制御できない力に、その力の代償にイシアルの心は疲弊する。
アウラの言葉は事実だろう。アウラはイシアルの知らない世界で自殺した。
イシアルも死にたいはずなのに死ねなかった。
その理由に目をつぶり続けている。
わかっている。だが、意識できない。考えれば考えるほど、苦しみが膨れ上がり体を傷つけたくなる。
外では前向きに生きるアウラとその仲間の旅が見える。
無意識な憧れがイシアルの心を締め付ける。
「変わりたい……変わりたい……変わりたいよ」
本を倒し、近くにあるナイフを取る。
その刃を左腕に押し付ける。無数につけられた切り傷の跡がイシアルの心の痛みを表していた。
「なんで……何で変われないの……何で制御できないの……何でそんなにやさしくするの」
嗚咽を吐き出しながら腕を切る。すっと溢れる出る血がイシアルの心を少しだけ落ち着かせた。