第22話 勇者の故郷
文字数 3,849文字
一瞬にして皆が殺された事実にロザリアが激怒する。
「ロザリア!」
アウラの言葉を聞かず走り出したロザリアは瞬く間に魔法ヘルトの足元まで移動する。
数十メートル先の上空にいるヘルトに空を飛ぶすべのないロザリアでは届かない。
そう思っていたアウラの予想をロザリアは上回った。
周りを気にする必要もないと言わんばかりに大きなクレーターが出来上がり、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
衝撃波が生まれると同時にロザリアは馬鹿げた怪力で空に飛び出していた。
「ヘルト!アンタの故郷を‼」
ロザリアの斬撃はヘルトの喉を捉えるが、刃は通らない。
「ロザリアか。覚えておけ、私に一切の攻撃は効かない」
ヘルトはロザリアの首を鷲掴むと右手に映る勇者の紋章が光る。
少し前から生まれるまでの記憶が走馬灯のようにロザリアの脳内に流れた。
「なに、今の」
「ロザリアの大好きな勇者の力だ」
ロザリアをつかんだままヘルトは急降下し体を地面に打ち付ける。
大きな衝撃波と同時にアウラの魔法がはがれロザリアの本来の姿があらわになる。
下半身のほとんどがもう人の形をしていなかった。
口や背中から血を吐きだすロザリアにヘルトは言う。
「耐えるか、もう半分以上は魔族の体に変わっているな」
ロザリアはヘルトの体に足を絡め、押し倒すと魔力を体に練り込んだ。
目にもとまらぬ速さでヘルトを攻撃する。ヘルトで吸収しきれないエネルギーが周りに伝わり瓦礫を吹き飛ばす。
しかしロザリアは止まらない。さらに加速して、同時に破壊力も跳ね上がる。自分自身の体がより魔族に近づいて行っているのがわかる。人間離れしたロザリアの力だったが全てを無効化する魔王ヘルトの前では無意味だった。
目でロザリアの動きを追うヘルトはもう一度ロザリアの首を捉え地面に叩きつけた。
左手に生み出した聖剣エクスカリバーをロザリアの腹に突き刺した。
「あああ」
ロザリアは肉体が焼けるような痛みに思わず喘ぎ声を上げる。
「それは効くだろ。聖剣の力だ」
背中や喉の傷はすでに直りかけていたが、聖剣エクスカリバーに貫かれたお腹の傷は一向に癒えない。
「ニルラリアスが死んだからマタダムがいるんじゃないかと思ったが、案の定そうみたいだな。そういえば故郷が何かとか言っていたな。故郷なんか覚えてるわけないだろ。そんな価値のない意味のないものをなぜ覚える必要性がある。いつの世も形あるものしか残らない。形ないものは忘れられ消えていく。だから人間も魔族も生まれて来ては同じことを繰り返すんだ。苦労や努力、そういった経験は託せないからな!事実、この三百年で人間と魔族はどう進化した!何も変わってないじゃないか!強者が弱者をけなし、見下し、搾取する。どんだけ技術が進もうが本能の本質は変わらない。おもいで?記憶?そんなものに価値はない、形のこらないもの、残せないものに価値はないんだよ!」
「黙れ!」
飛び出したアウラが魔王ヘルトを蹴り飛ばす。
アウラはロザリアに刺された剣を引き抜こうするがびくともしない。まるで世界に固定されたように。
ロザリアの怪力でも聖剣エクスカリバーは動く気配がまったくない。
無理もない。その剣は勇者にしか引き抜けないのだから。
瓦礫から身を起こしたヘルトは笑いながら訴えてくる。
「ひどいじゃないか。久しぶりの再会だというのにな。マタダム」
「なぜ生きている。本物か?」
「さぁ、どーだろーな!」
飛び出したヘルトはアウラの頭を掴み地面を引きずりながら移動する。
「無駄だ!」
ヘルトの体を蹴り飛ばすアウラは体を起こし魔王と向き合った。
「やはり無理か」
それは恐らく勇者の力だろう。そんなことをして何の意味があるのかわからないが、そんなことよりももっと気になることがあった。
「なぜこんなことをする。勇者としての志はどうした」
「なぜ?マタダムが勇者の生き方を参考にしたように私はマタダムの生き方に感銘を受け参考にしただけだ。マタダムがエレイン王国にしたことと一緒だろ?同じことをしたまでさ。好奇心と快楽さ。お前こそ、なぜそんな足手まといと一緒にいるんだ。お前には守りきれんだろう」
アウラは何も言い返すことができなかった。過去の自分が同じ理由で同じことをしてきたからだ。
マタダムの目録で勇者レペンスの存在を知っていたエルギンも思わず吐露する。
「なぜ……」
「私の人生だ。私だけの人生だ。好きなように、やりたいことだけをやるんだよ。死ぬまでの暇つぶしさ。さぁ、楽しもうこの戦争の再来を」
嬉しそうに笑うヘルトは右手をエルギンに向ける。
「エルギン!」
アウラの叫び声と同時に放たれた黒い雷を横に飛んで回避する。
「私は大丈夫です!それよりもロザリア様を!」
賢者の力を使っても何も見ることができないヘルト。どこまでもアウラと同じく無敵だった。
アウラはヘルトを自由にさせまいと常に近づき他の者への攻撃の隙を与えない。
「どこで無効の力を」
「そんなこと気にしている場合かロザリアが死ぬぞ?賢者の力を持つのはアウラだけだろう」
「アウラ!私に任せてロザリアを!」
イシアルの叫び声と同時にヘルトを囲うように結界が展開される。
アウラは急いでロザリアのもとに駆け寄り賢者の力で治療する。しかし、いかに回復させようが聖剣がロザリアの体力を奪っていく。もし、ロザリアが完全に魔族となっていれば既に死んでいただろう。不幸中の幸いだが、この苦しみから解放させる手段をアウラは持っていなかった。
魔王ヘルトはイシアルを見て感心する。
「空を飛ぶか。人族にもやる奴はまだいるんだな」
「イシアル!魔王ヘルトは元勇者だ!触れたものの記憶を見る事ができる!自分の弱みが全て知られるんだ!注意しろ!」
アウラの言葉に顔を引きつらせるイシアル。
「だそうだ。せいぜい注意しろよ」
ヘルトはそう言い捨てると結界をこじ開ける。
イシアル対魔王ヘルトの魔法攻撃の押し合いが始まった。
魔法はイシアルのほうが圧倒的に有利だったが、無敵の魔王ヘルトは身を守る必要性がない。魔法使いの一番の弱点である守りをイシアルは同時にしなければいけなかった。
まるで子供と遊んでいるかのように魔王ヘルトは攻撃を身で受けながらゆっくりと接近してくる。
すぐ目の前まで来たヘルトは悪い笑みを浮かべながらイシアルに腕を伸ばした。
そんなヘルトをアウラは地面に叩きつける。
アウラに馬乗りにされているヘルトは笑いながら言った。
「忙しいな」
「ああ。おかげさまでな」
ヘルトから放たれた魔法がロザリアを襲う。
咄嗟に飛び出そうとしたアウラだったが、ヘルトに掴まれ動けない。
「ロザリア!」
アウラの叫び声にイシアルが飛び出した。彼女の前に飛び降り急いで魔法障壁を発動する。
ギリギリで展開された魔法障壁では勢いを殺しきることができず、魔法の残影をイシアルは全身で受け止めた。
少しでもロザリアに攻撃が当たらないようにと。
服や皮膚が破け、両腕にまかれる包帯があらわになる。
包帯から顔を覗かせる無数の切り傷。
イシアルが隠していたものだった。
ロザリアの目がイシアルの腕に吸いつく。
同時に全員の目が空に奪われた。
上空に再び現れる魔法陣。
「どうする?お前にはもう止められないはずだ」
そう言ってヘルトは悪魔の笑みを浮かべた。
溢れ出す邪悪なこの魔法をアウラは知っている。マタダムとして、好きなように生きていた時に使った魔法。
全ての魔力を消費するが、その威力はすさまじい。
その膨大な魔力に、ロザリアでも最悪な状況であることを理解していた。
「イシアル。逃げ……なさい」
呆気に取られているイシアルの背に声をかけるロザリア。
振り返ったイシアルは咄嗟に腕を隠そうとしたが、途中でその手を止めた。
さらに包帯が取れ、より深い切り傷があらわになる。
ロザリアの胸にアウラの『心の傷はそんな簡単なものじゃないんだ』という言葉が蘇る。
自分で自分の体を傷つけるまでの苦しみとは、いったいどれほどのものだったのだろうか。
ただ、そんな彼女が歩きだした。ここで、私のために死んでほしくはない。
ロザリアはイシアルの瞳を見つめながら必死に手を伸ばす。その背中を押す様に。
イシアルに触れた瞬間、今考えていたことをもう一度意識した。自分の心をのぞかれたような、この感覚を知っている。魔王ヘルトと一緒だ。
同時に右腕が、左腕より厚く包帯がまかれている理由を理解した。
「いいえ。今度は私がロザリアを守る番」
イシアルはそう微笑むと聖剣エクスカリバーを握りしめる。
「何をしている。それを引き抜けるのは勇者だけだ」
イシアルはほくそ笑む魔王ヘルトに宣言する。
カルクおじさんとの話し合いでイシアルの覚悟はもう決まっていた。その人生にもう迷いはない。
「今の貴方はもう勇者なんかじゃない」
聖剣エクスカリバーから手を離したイシアルは魔王ヘルトに向き直り右手を伸ばす。
イシアルの右手の包帯が風で飛んでいく。
あらわになる白い腕に深く抉られた無数の切り傷。その傷でも隠し切れない元々きざまれていたあざが白く輝いた。
見間違えるはずもない。魔王ヘルトはそのあざを知っている。今まで何度も見てきたものなのだから。
イシアルの腕にきざまれていた勇者の紋章が輝くとロザリアに刺されていた聖剣が消え、イシアルの右手の中に聖剣エクスカリバーが生成された。
自分に言い聞かせるようにその名を口にする。
「私は勇者イシアル」
「ロザリア!」
アウラの言葉を聞かず走り出したロザリアは瞬く間に魔法ヘルトの足元まで移動する。
数十メートル先の上空にいるヘルトに空を飛ぶすべのないロザリアでは届かない。
そう思っていたアウラの予想をロザリアは上回った。
周りを気にする必要もないと言わんばかりに大きなクレーターが出来上がり、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
衝撃波が生まれると同時にロザリアは馬鹿げた怪力で空に飛び出していた。
「ヘルト!アンタの故郷を‼」
ロザリアの斬撃はヘルトの喉を捉えるが、刃は通らない。
「ロザリアか。覚えておけ、私に一切の攻撃は効かない」
ヘルトはロザリアの首を鷲掴むと右手に映る勇者の紋章が光る。
少し前から生まれるまでの記憶が走馬灯のようにロザリアの脳内に流れた。
「なに、今の」
「ロザリアの大好きな勇者の力だ」
ロザリアをつかんだままヘルトは急降下し体を地面に打ち付ける。
大きな衝撃波と同時にアウラの魔法がはがれロザリアの本来の姿があらわになる。
下半身のほとんどがもう人の形をしていなかった。
口や背中から血を吐きだすロザリアにヘルトは言う。
「耐えるか、もう半分以上は魔族の体に変わっているな」
ロザリアはヘルトの体に足を絡め、押し倒すと魔力を体に練り込んだ。
目にもとまらぬ速さでヘルトを攻撃する。ヘルトで吸収しきれないエネルギーが周りに伝わり瓦礫を吹き飛ばす。
しかしロザリアは止まらない。さらに加速して、同時に破壊力も跳ね上がる。自分自身の体がより魔族に近づいて行っているのがわかる。人間離れしたロザリアの力だったが全てを無効化する魔王ヘルトの前では無意味だった。
目でロザリアの動きを追うヘルトはもう一度ロザリアの首を捉え地面に叩きつけた。
左手に生み出した聖剣エクスカリバーをロザリアの腹に突き刺した。
「あああ」
ロザリアは肉体が焼けるような痛みに思わず喘ぎ声を上げる。
「それは効くだろ。聖剣の力だ」
背中や喉の傷はすでに直りかけていたが、聖剣エクスカリバーに貫かれたお腹の傷は一向に癒えない。
「ニルラリアスが死んだからマタダムがいるんじゃないかと思ったが、案の定そうみたいだな。そういえば故郷が何かとか言っていたな。故郷なんか覚えてるわけないだろ。そんな価値のない意味のないものをなぜ覚える必要性がある。いつの世も形あるものしか残らない。形ないものは忘れられ消えていく。だから人間も魔族も生まれて来ては同じことを繰り返すんだ。苦労や努力、そういった経験は託せないからな!事実、この三百年で人間と魔族はどう進化した!何も変わってないじゃないか!強者が弱者をけなし、見下し、搾取する。どんだけ技術が進もうが本能の本質は変わらない。おもいで?記憶?そんなものに価値はない、形のこらないもの、残せないものに価値はないんだよ!」
「黙れ!」
飛び出したアウラが魔王ヘルトを蹴り飛ばす。
アウラはロザリアに刺された剣を引き抜こうするがびくともしない。まるで世界に固定されたように。
ロザリアの怪力でも聖剣エクスカリバーは動く気配がまったくない。
無理もない。その剣は勇者にしか引き抜けないのだから。
瓦礫から身を起こしたヘルトは笑いながら訴えてくる。
「ひどいじゃないか。久しぶりの再会だというのにな。マタダム」
「なぜ生きている。本物か?」
「さぁ、どーだろーな!」
飛び出したヘルトはアウラの頭を掴み地面を引きずりながら移動する。
「無駄だ!」
ヘルトの体を蹴り飛ばすアウラは体を起こし魔王と向き合った。
「やはり無理か」
それは恐らく勇者の力だろう。そんなことをして何の意味があるのかわからないが、そんなことよりももっと気になることがあった。
「なぜこんなことをする。勇者としての志はどうした」
「なぜ?マタダムが勇者の生き方を参考にしたように私はマタダムの生き方に感銘を受け参考にしただけだ。マタダムがエレイン王国にしたことと一緒だろ?同じことをしたまでさ。好奇心と快楽さ。お前こそ、なぜそんな足手まといと一緒にいるんだ。お前には守りきれんだろう」
アウラは何も言い返すことができなかった。過去の自分が同じ理由で同じことをしてきたからだ。
マタダムの目録で勇者レペンスの存在を知っていたエルギンも思わず吐露する。
「なぜ……」
「私の人生だ。私だけの人生だ。好きなように、やりたいことだけをやるんだよ。死ぬまでの暇つぶしさ。さぁ、楽しもうこの戦争の再来を」
嬉しそうに笑うヘルトは右手をエルギンに向ける。
「エルギン!」
アウラの叫び声と同時に放たれた黒い雷を横に飛んで回避する。
「私は大丈夫です!それよりもロザリア様を!」
賢者の力を使っても何も見ることができないヘルト。どこまでもアウラと同じく無敵だった。
アウラはヘルトを自由にさせまいと常に近づき他の者への攻撃の隙を与えない。
「どこで無効の力を」
「そんなこと気にしている場合かロザリアが死ぬぞ?賢者の力を持つのはアウラだけだろう」
「アウラ!私に任せてロザリアを!」
イシアルの叫び声と同時にヘルトを囲うように結界が展開される。
アウラは急いでロザリアのもとに駆け寄り賢者の力で治療する。しかし、いかに回復させようが聖剣がロザリアの体力を奪っていく。もし、ロザリアが完全に魔族となっていれば既に死んでいただろう。不幸中の幸いだが、この苦しみから解放させる手段をアウラは持っていなかった。
魔王ヘルトはイシアルを見て感心する。
「空を飛ぶか。人族にもやる奴はまだいるんだな」
「イシアル!魔王ヘルトは元勇者だ!触れたものの記憶を見る事ができる!自分の弱みが全て知られるんだ!注意しろ!」
アウラの言葉に顔を引きつらせるイシアル。
「だそうだ。せいぜい注意しろよ」
ヘルトはそう言い捨てると結界をこじ開ける。
イシアル対魔王ヘルトの魔法攻撃の押し合いが始まった。
魔法はイシアルのほうが圧倒的に有利だったが、無敵の魔王ヘルトは身を守る必要性がない。魔法使いの一番の弱点である守りをイシアルは同時にしなければいけなかった。
まるで子供と遊んでいるかのように魔王ヘルトは攻撃を身で受けながらゆっくりと接近してくる。
すぐ目の前まで来たヘルトは悪い笑みを浮かべながらイシアルに腕を伸ばした。
そんなヘルトをアウラは地面に叩きつける。
アウラに馬乗りにされているヘルトは笑いながら言った。
「忙しいな」
「ああ。おかげさまでな」
ヘルトから放たれた魔法がロザリアを襲う。
咄嗟に飛び出そうとしたアウラだったが、ヘルトに掴まれ動けない。
「ロザリア!」
アウラの叫び声にイシアルが飛び出した。彼女の前に飛び降り急いで魔法障壁を発動する。
ギリギリで展開された魔法障壁では勢いを殺しきることができず、魔法の残影をイシアルは全身で受け止めた。
少しでもロザリアに攻撃が当たらないようにと。
服や皮膚が破け、両腕にまかれる包帯があらわになる。
包帯から顔を覗かせる無数の切り傷。
イシアルが隠していたものだった。
ロザリアの目がイシアルの腕に吸いつく。
同時に全員の目が空に奪われた。
上空に再び現れる魔法陣。
「どうする?お前にはもう止められないはずだ」
そう言ってヘルトは悪魔の笑みを浮かべた。
溢れ出す邪悪なこの魔法をアウラは知っている。マタダムとして、好きなように生きていた時に使った魔法。
全ての魔力を消費するが、その威力はすさまじい。
その膨大な魔力に、ロザリアでも最悪な状況であることを理解していた。
「イシアル。逃げ……なさい」
呆気に取られているイシアルの背に声をかけるロザリア。
振り返ったイシアルは咄嗟に腕を隠そうとしたが、途中でその手を止めた。
さらに包帯が取れ、より深い切り傷があらわになる。
ロザリアの胸にアウラの『心の傷はそんな簡単なものじゃないんだ』という言葉が蘇る。
自分で自分の体を傷つけるまでの苦しみとは、いったいどれほどのものだったのだろうか。
ただ、そんな彼女が歩きだした。ここで、私のために死んでほしくはない。
ロザリアはイシアルの瞳を見つめながら必死に手を伸ばす。その背中を押す様に。
イシアルに触れた瞬間、今考えていたことをもう一度意識した。自分の心をのぞかれたような、この感覚を知っている。魔王ヘルトと一緒だ。
同時に右腕が、左腕より厚く包帯がまかれている理由を理解した。
「いいえ。今度は私がロザリアを守る番」
イシアルはそう微笑むと聖剣エクスカリバーを握りしめる。
「何をしている。それを引き抜けるのは勇者だけだ」
イシアルはほくそ笑む魔王ヘルトに宣言する。
カルクおじさんとの話し合いでイシアルの覚悟はもう決まっていた。その人生にもう迷いはない。
「今の貴方はもう勇者なんかじゃない」
聖剣エクスカリバーから手を離したイシアルは魔王ヘルトに向き直り右手を伸ばす。
イシアルの右手の包帯が風で飛んでいく。
あらわになる白い腕に深く抉られた無数の切り傷。その傷でも隠し切れない元々きざまれていたあざが白く輝いた。
見間違えるはずもない。魔王ヘルトはそのあざを知っている。今まで何度も見てきたものなのだから。
イシアルの腕にきざまれていた勇者の紋章が輝くとロザリアに刺されていた聖剣が消え、イシアルの右手の中に聖剣エクスカリバーが生成された。
自分に言い聞かせるようにその名を口にする。
「私は勇者イシアル」