第28話 日陰の勇者

文字数 3,190文字

 イシアルの腕にゲートが開かれる。
 腕が飲み込まれた時、勇者の力が発動した。
 魔法使いのイシアルだからこそ、触れる事ではなく相手の魔力に触れることで勇者の力が発動した。
 バランの記憶。
 魔王デネボラがこの世界に降臨したときの記憶。そして、魔王デネボラにバランが挑んだ時の記憶。魔王デネボラの本当の力を目の当たりにした時の記憶だった。
 そんなイシアルの意識をたたき起こすような現象が後ろで起こる。
 急いでゲートから腕を抜いてその魔力を確認する。
 バランも蘇る記憶で一瞬意識が錯綜するがそんなこと気ににしている場合ではなかった。
 とんでもない威力の爆発が魔王ヘルトの幹部の一人を倒した衝撃波と一緒に押し寄せる魔力が伝えてくる。
 イシアルがバランに向き直ると同時にオノクリアが視界の横切った。
 急いで確認するとロザリアがあのオノクリアを蹴り飛ばしていた。
 アウラが叫ぶ。
「ロザリア!」
「スキルを解除してアウラは先に行って!そのスキルはヘルトに使うべき!こいつの相手は私がするわ!」
 ロザリアがアウラに言う。
「だが」
 戸惑うアウラにイシアルも続けた。
「私もいるから大丈夫です!行って!」
「アウラ!早く!!」
 ユラに手を引かれたアウラはオノクリアにかかっていたスキルを解除し魔王城へと向かった。
 バランとオノクリアが並ぶ。
 ロザリアとイシアルも並んだ。
 そんな時、オノクリアがバランに言う。
「魔王ヘルト様からの命令だ。ゲートを開き各地に魔王軍を送れ」
 同時にロザリアとイシアルの周りに大量の魔族が現れる。
 そして、世界各地に魔族が現れ始めた。
 最悪の事態だが、元々対処しようがない。
 これを止めようと思ったらバランを殺すことしかない。
 しかし、バランの本体は狭間に潜み、仮に狭間にいるバランを何とか見つけ出し、奇跡的に倒せたとしても、倒せばゲートが開かないため二度と外にでれなくなる。
 過去を見たイシアルだからこそ知っている。魔王デネボラとの戦いで恐怖を植え付けられたバラン本体が外に出てくることなど絶対にありえない。
 この状況を打破するには今はもうロザリアの可能性にかけるしかなかった。
「ロザリア。お願いがある。この状況を救うにはもう貴方しか手段がない」
「あるなら何でも言いなさい!」
「死んでしまうことになる。……それでもいい?」
 悲しそうな顔をするイシアルにロザリアは笑顔を向ける。
「いずれそうなるだろうってわかってたから。そう心の内を打ち明けたこともあったでしょ。もう覚悟はできてるから」
 静かにいうロザリアにイシアルは背を向けた。
「そう。ここは任せるよロザリア」
「……イシアル。お兄ちゃんをお願い」
 ロザリアは小さな声でその思いをイシアルに託す。
「うん。……ホメロンごめんんさい。使わせてもらうね。これでお別れ、今までありがとう」
 小さくうなずいたイシアルは大きな声で叫ぶ。
「バラン!!!取引して!!!!!ホメロンとの記憶を代償にヘスティの元につなげて!!!!」
 イシアルの前にゲートが開かれる。
 中に飛び込むと、王座の間にでてゲートは消えた。
 王座に座るヘスティとその隣にたたずむロメオ。
 驚いているロメオとは違い、スティは全てを知っていて理解しているようだった。
 それも《魔王》のスキルによるものだろう。
 ロメオがイシアルに問いかける。
「イシアルはどうしてここに来たのですか?ゲートで各地に魔族が出現し、ジョバンナとエルギンも地下のゲートから魔族の潜入を防ぐために戦っています。それと関係が」
「私はヘスティ様にようがあり、バランと契約してここに来ました。一刻の猶予もないんです、ヘスティが人間になるにはあとどのくらいかかりますか?」
「どのくらいって……。あと一か月以上ぐらいで成功の兆しが見えてくはずです」
「もう時間がありません。ロザリアを魔王にするためにヘスティ様には死んでもらいます」
 イシアルの聖剣がヘスティに向けられる。
「何を言っているのですか!どういうことか説明して下さい!」
 ジョバンナからお役を目を引きついたロメオがイシアルの前に立ちふさがる。

 数か月前。
 王都デネボラに到着したアウラ一行。
 城の中での生活に慣れないでいたイシアルは夜風に吹かれようと窓を開けた。
 そしてぼーっと外をのぞいていると同じように夜風に当たるアウラが城壁にいた。
 イシアルは部屋を出てアウラのもとに向かう。
「アウラ」
 驚いたように振り返るアウラ。
「おお。どーした、寝れないのか」
「ええ。ちょっと部屋も広すぎて、私にはもう少し質素な方が落ち着く」
「そっか。似てるな」
 アウラは優しく笑う。
 ユシカ島にいた時、扉越しで聞いたアウラの過去。アウラはイシアルにしか言っていないと言っていた。イシアルだけが知るアウラの過去は、イシアルにとって救いとなっていた。
 完璧でなくていい、悪者でも悪人でも汚くても醜くてもいいと言われたような気がした。
 イシアルはアウラから自分と似たものを感じていた。だから、アウラから似ていると言われた事に嬉しさを感じる。
「そうね。貴方は何をしてるの」
「そーだな……」
 イシアルから目を逸らしたアウラは町をぼーっと見つめる。そして、たっぷりと間を開けてから小さな声で「イシアルならいいか」と言って言葉をつづけた。
「寝れなくなったんだよ」
「そっか。ユラは?」
「ユラ?俺が寝れなくなった事は知ってるし、いまは多分変な寝相で寝てるよ」
 そう言って笑うアウラは少し悩んだ後、真剣な声で続ける。
「イシアル一つお願いしてもいいか」
「聞いてから考える」
「それはそうだ。別に、どうなるかなんてわかんないし、どっちに転ぶなんてわからないからどっちででもいいんだけど。……でも、イシアルは断れない」
「はやく言って」
「そうかよ。……ヘスティの《魔王》の力がロザリアに継承されている」
 思ってもいない言葉にイシアルは息をのむ。そして情報を冷静に整理してから聞き返す。
「わざわざそんなことを言うってことは、もう人間には戻れないってこと?」
「現状はな」
「あのネックレスが壊れなければ完全に魔族にはならないと言っていたけど、ここ先……魔王軍との戦いで壊れる、もしくは壊さないといけないってこと」
「ああ。可能性があるだけだけどな。被害を最小限に抑えるならロザリアを魔王にするしかない。ロザリアを魔王にしない選択肢をした場合、人族の被害は飛んでもなく膨れ上がるだろう。けど、ロザリアは人に戻す可能性が潰えることはない」
「私が勇者として立ち上がり強くなろうとしても、ロザリアが人間になる方法も、どんな選択肢も被害を抑えようと思ったら時間が足りないわけね」
「ああ。俺は散々人を殺してきた。どちらが正解かなんてわかんない。そもそも死ぬために旅してるから」
「それを私だけに伝えたってことは、一番被害の少ない選択、ロザリアを魔族の王にする選択を私が選ぶと思っているんでしょ」
「ああ。俺は全員を救おうなんて思ってない。ただ目の前に救えそうなやつがいたら救うだけ」
 アウラのその言葉は世界中の人々よりもロザリアやイシアルを優先するという意志を伝えていた。
 同時に、イシアルが自分や仲間を犠牲に世界を救う選択をとるとしても邪魔はしないと言っている。
「なら、《魔王》の力を教えて。世界をすべるほどの力があるという固有スキルを」
 固有スキル《魔王》
 魔族の王として魔族を支配下に置く。それは、全ての魔族の生みの親である破壊神ダリアムも例外ではない。
 魔王の力を知ったイシアルはあきれる。
「なにそれ。前の魔王が敵対心のないヘスティでよかったわね」
「ああ。まったくだ」
「ねぇ、アウラ。私にあの見た目を変える魔法を教えて。私は表立ってみんなを導くような勇者にはならない。日陰に回って、皆の苦しみを、汚名を背負う。そんな勇者になる」
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