第8話 ロザリアの英雄

文字数 2,841文字

 英雄試練の決勝戦が始まり、結果がわかったアウラが帰ろうとしたところ騎士王ロメオに呼び止められた。
 そこでつまらない質問をしてしまったアウラは謝罪をする。
「すまない。くだらないことを聞いた。……あ、ロザリアは強くなったぞ。アンタが思っている以上にだ」
 背を向け歩き出したアウラにロメオが声をかける。
「ありがとうございます」
 その言葉に驚いたアウラが振り返ると、そこには深々と頭を下げるロメオの姿があった。
「破壊神ダリアムから助けてくれて、妹の、ロザリアの将来をつなげてくださって」
「どうして」
 ポロっと口から出たアウラの言葉に顔を上げるロメオは続ける。
「私の力では破壊神ダリアムは殺せなかった。妹が魔族になってしまうことを止めることができなかった。だから、魔族の力でいずれ僕よりも強くなるロザリアをあの破壊神よりも強く、強くなればってそう願っていました。ですが、貴方が私たち兄弟を助けてくれた。そのうえでお願いがあります。図々しいことは理解しています。ですが、もし、もしよろしければ妹をロザリアを、お願いします。」
「なぜ俺に」
「ロザリアは本気で強くなりたいと思っています。ロザリアの夢は強くなること、強くなるために人生をささげている。強くなろうとすることがロザリアの心のよりどころになっている。その想いを作った原因は私にあると理解はしていますが。だからこそロザリアはきっとアウラさんを追いかけます」
 ロメオは本気で妹を思っているのだろう。だからこそ、そんな大切な妹を身も知らずのアウラに任せてしまっていいのか。
 自分がロメオよりも醜い悪人だと分かっているからもう一度問いかける。
「わかった。だが、本当にいいのか。たった一人の、最後の家族なんだろ」
 ロメオは静かに開いた口を閉じ唾を飲み込んだ。そして力強い声でハッキリと返事をする。
「はい」
「俺から声をかけることはしない。しばらくの間、外で待っている。その間に来なければ、ロザリアはここに残りたいんだと判断する」
 アウラの返事を受け、ロメオはあの屈託ない優しい笑顔を浮かべる。
「お願いします。…………ロザリアは傲慢で横暴でわがままですが、私といるときはそんなことはありませんでしたから」
 
 シェオールを目指し、長い道を歩くアウラとユラとロザリア。
 アウラはロザリアに声をかける。
「いいのか?騎士王ロメオを殺すって目的はどうなった」
 ロザリアは隠す様子もなく赤裸々に語る。
「いいわよ。今の私には勝てないし、それにアウラに出会えたから。破壊神ダリアムが死んだ今、あの国に私がいる意味はなくなった。それにこの国を出る前に、最後に英雄試練で強くなった私の力を見せる事ができた」
 そこまで考えているとは思わなかったアウラは驚きを隠せない。正直、頭は弱いと思っていた。
 気持ちが顔に出ていたのかアウラの顔を見たロザリアが鋭い目つきで睨んでくる。
「何その顔。何も考えてないとでも思ってんの?知ってるわよ……全部」
 ロザリアは顔を正面に戻すと遠い空を見つめながら心の内を語った。
「私には魔族の血が流れていて、段々人間じゃなくなってること。いやいや必死に武術を教えていたこと。立場を変わってあげられなくて自分を責めていたこと。苦しい顔を必死に見せないようにしていたこと。自分の気持ちを押し殺していたこと。……だから、私は強くなろうとしたの。きっかけは確かにお兄ちゃんから受けたものかもしれないけど、それはいつか私の目標になって夢になった。憎んでもないし恨んでもない。けど、お兄ちゃんがそれを望んでるならって、憎んだふりをした。それで少しでも楽になるかなって、お兄ちゃんの計画は上手くいってるんだって。まあ実際、私の生にはあったしね。どうしてもお兄ちゃんの前にいると強気ではいられなかったけど……」
 照れくさそうに笑うロザリア。
 アウラには悲しみを隠す様に、無理矢理に笑っているように見える。
「……だから最後に強くなった姿を見せれてよかったわ。それに私が残ったらまた私の事ばかり考えて……重荷を背負わせちゃうでしょ。ここまで頑張ってきたんだから、もう私のことは考えなくっていい様にしたかったんだ。私が私の道を歩いてきたように、やっとお兄ちゃんは自分の道を歩き始めるんだ」
 確かにロメオは今まで頑張ってきたかもしれないが、それはロザリアも同じことだ。
 ロメオは『マタダムの書』に書かれていた英雄になりたくて『騎士王』と名乗ったと言っていた。いずれ妹を助ける立派な英雄になるんだと。
 アウラは心の中で伝える。
 ——ロメオ……お前はもう立派な英雄だ。ロザリアにとっての一番の英雄になっていたと思うよ。
 


 日が沈んだ山の中で野営するアウラ一行。
 焚火を囲むロザリアは既に眠りについていた。
 ユラとアウラはまだ起きていた。
 丸太の上に座り何かを書いているアウラ。
 ユラはそっとアウラの隣に降り立つと体を密着させながら問いかける。
「前から気になってたんだけど何してんの?」
 そう言ってアウラの持っている本をのぞき込む。
 腕に触れる柔らかい感触にアウラの意識が持っていかれる。
 我に返ったアウラは直ぐにユラの質問に答えた。
「日記だよ。くだらないこと、適当なことを書いてるんだ。なんとなく……忘れないように、いつか思い出せるようにって。無駄に長生きしてるとどんどん昔のことを忘れていくからな。……まあ大して思い入れて書いてる訳じゃない。ほんと適当に、なんとなく思い出したときに書いてるだけだ」
「ふーん。そういうの見られても別に何とも思わないんだ」
「そう思うなら見るなよ」
「だって隠してる感じしなかったもん」
「……まー隠してないしな。羞恥心てやつだっけ、もうそんな感情も遠い昔に無くしたよ」
 アウラの興味なさそうな言葉。そこに悲しみがあるわけではない。だが、似た境遇のユラならなんとなくわかるだろう。
 なんとなく夜空を見上げるアウラ。ユラも同じ空を見上げる。
 アウラは内心嬉しかった。こんなつまらない会話からでも同じ境遇のユラと些細な事を共感できるのが。
「そっか」
 ユラの暖かい声が耳元で小さくささやかれる。
 なんとなくユラに目線を向けるアウラ。
 ユラは嬉しそうに笑顔を向けると更に顔を近づけてくる。
「なら、私が全部思い出させてあげる!忘れてしまったこと!ぜんぶぜーんぶ」
 それはユラの願いだろう。記憶をなくし、地縛霊となってしまったユラが願っていることだろう。それをなぜ俺なんかに。優先順が間違っている。
「ははは」
 アウラは思わず笑ってしまった。何故かユラの言葉はすんなり入ってくる。これも一緒な境遇だからだろうか。
「ちょっと!バカにしてるでしょ!」
「ああ」
「え?ちょ、少しは隠しなさい」
 何年も生きた者同士が行う事がこんなくだらないことだった。
 一通り言い終えると二人は小さく笑う。
 今度はアウラからユラに寄り掛かった。
 忘れていた人のぬくもりをもう一度思い出す様に。
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