第18話 魔王デネボラ

文字数 3,946文字

 王都デネボラ。
 ヘスティに向けて魔王ヘルトがどす黒い鞘から白銀の輝きを放つ聖剣を引き抜いた。
 勇者レペンスが魔王討伐を行うときと同じように魔王ヘルトは聖剣エクスカリバーをヘスティに向ける。
 右腕に浮かぶ勇者の紋章。
 それが勇者であることの絶対の証明であり、その伝説の剣を扱えるただ一人の人物だと伝えている。
 聖剣は魔族の力を吸い取り、持ち主に魔族への耐性を付与させる。
 聖剣の輝きはヘスティを不快にさせた。
「マタダムはいない」
「そうみたいだな」
「なら目的は」
「宣戦布告だよ」
 飛び出したヘルトは聖剣をヘスティに振りかざす。彼を迎え撃つように黒い斬撃が襲うがヘルトが傷つくことはない。光線も冷気も斬撃もすべてを回避することなく迫ってくる。
 ヘスティの身を守るための攻撃を全身で受け止めるヘルトは悪魔のような笑みを浮かべた。
「魔法も物理攻撃も、精神支配も、熱も毒も冷気すらも私には効かない」
 ヘルトの聖剣は魔法障壁に阻まれるが甲高い金属音が響く。それは聖剣が魔法障壁を削っている音だった。
 ヘスティの後ろから黒い影が伸び大きな獣のような腕がヘルトを後ろへ押し戻した。
「被り物なんか被って人間の真似事か?さっさと本性を見せたらどうだ」
 その挑発にヘスティは乗らない。そもそも挑発だと理解もしていない顔だ。
「まぁ理解できないか」
 ヘスティの影に引っ込んでいく獣の手を見て魔王ヘルトは理解した。
「だいぶ弱っているな、やはり今が狙い目であっていそうだな。破壊神ダリアムが眠っていた呪いの森に立ち寄ったことでハッキリした。マタダムは強い。然しそれは不死だからだ。いかに歳月が過ぎようが選ばれた者、私やデネボラのように固有スキルを持つ者を倒すことはできない。だからこそ、いくら不完全とはいえ、あの破壊神ダリアムをマタダムが一人で倒せるはずがない。ヘスティ、お前が自分の力を代償に破壊神ダリアムの力を奪っただろう」

 目を冷ましたロメオは体を起こそうとすると全身が痛む。
 体中をヘスティに切り刻まれたこと思い出し、全身にまかれている包帯ですべてを察する。
 負けたのだ。
 騎士王と呼ばれるまでの力を得てなお、力の差は歴然だった。
「起きましたか、まだ怪我が完全に癒えてはいないので安静にしててください」
 そう言って部屋に入ってきたのはジョバンナだった。
 あの時の怒りはどこかへ消え失せてしまったロメオは笑いながらジョバンナに言う。
「ここでは私に敬語は不要だ」
 あの日。ジョバンナと親しくなった日も同じ言葉をかけられ、この言葉を返した。
 ジョバンナの顔にも笑顔が現れる。
「こんな光景も久しぶりね」
「ああ、そうだね。10年ぶりいかな、今思えば剣もまともに握ったことのない僕をここまで追い詰めるなんて人間がすることじゃないよ」
「そーね。まぁ、人間じゃないものね。あの方は人間の価値観を何も知らないから。それでも知ろうとしてるの。何年も何百年もかけてね。その手助けが私が先代から受け継いできたお役目」
「そうだったんだ」
 その時、城が大きく揺れた。
「来たわね」
 何か知っている様子のジョバンナに事態の詳細を聞く。
「どういうこと?何が起きているんだ」
「魔王ヘルトが攻めてきた」
「魔王ヘルト?」
「魔界を統べる現魔王よ」
「皆を守らないと」
 ロメオはこの時のために鍛錬を続けてきた。痛む体を引きずりベットから崩れ落ちる。
「見えてないの?この部屋はヘスティ様の結界によって隔離されている」
「くそ!」
 ジョバンナはロメオをベットに戻してからどこか苦しそうに言う。
「気持ち分かるわ。でもこれも彼女なりの優しさなのよ。あの人の事だから、何も説明していないだろうし、説明する意味も分からないだろうから。代わりに私がしている彼女の全てを教えるわ。」
 ヘスティは固有スキル《魔王》を持って、魔王デネボラとしてこの世に生まれた。
 魔族は生きるために強さを求める。そして、発情期になった時、強い魔族が弱い魔族を一方的に襲い子を為す。魔族に家族といったつながりはない。
 ヘスティは魔王として生まれた。生まれたときから最強だった。
 だから魔族とは違うものを求めている人族に興味を持つようになった。
 それからしばらくして勇者一行が魔王のもとを訪れた。この戦争が魔王デネボラによって引き起こされたものではない、ということが分かった勇者一行は魔王を倒さなかった。
 魔王デネボラの目的は人を知りたいというものだった。
 勇者一行の一人、ミラルフ。彼女は魔族と人族の架け橋となることを期待し、魔王デネボラを人界に連れてきた。
 ミラルフは魔王の名を刻んだ町を作り始めた。この町がいずれ魔族と人族が一緒に住むような世界になるように、魔王デネボラの名が悪名でなくいい意味で記憶に残るように。
 しかし、生まれつき体が弱く背の小さかったミラルフは若くして死んでしまった。形から入ればわかることもあるかもしれないとミラルフは自分の体をデネボラに使うように勧め、その言葉の通りデネボラは彼女の皮をはぎその身に纏った。それからは名をヘスティと名乗り始めた。
 ヘスティの隣にいた者はミラルフからルピリアに変わった。
 ミラルフは自分の思いを親友ルピリアに託していた。何があってもヘスティの味方である様に、その願いはお役目となり代々受け継がれ、ジョバンナに引き継がれた。
 ヘスティはミラルフが死んでから次第に魔族と人間が共存して生きる町を作りたいと考える様になった。さらに人間のことを知れると思った。そのために、まず魔族と人間の間に子供を作ろうとした。
 魔族には性別という概念がない。ヘスティは人間の種を魔族の体にいれ育てようとしたが魔族の力に負け魔族が生まれた。人間の体に魔族の種を植え付けた場合、命を宿した人間は死に、魔物が生まれた。
 魔族と人間を共存させるために半分が人間で、半分が魔族である人間が子供を産めばヘスティの理想とする世界ができると考えた。
 その結果、魔力を生まれつき多く有しており体が丈夫な人間、ロザリアが選ばれた。兄のロメオは男であり子をなす機能がなかったため選ばなかった。
 何の意味があるか分からなかったが、ヘスティにはジョバンナという側付きがいた。それが人間にとって大切なものであると考えたヘスティはロザリアにとってのジョバンナの役割をロメオに任せることにした。ヘスティは自分よりも弱いものをそばに置く理由がわからなかったが、ミラルフが託したものなのだからきっと意味があると考えた。
 ヘスティの身を守るためジョバンナは日々鍛錬を行っていた。ヘスティは見よう見まねでロメオにロザリアを守るための力を身に付けさせる為の鍛錬を行った。
 しばらくしてロメオやロザリアは破壊神ダリアムとの間に子供を産ませたくない気持ちがとても強い事を知った。魔族の血が強くなり本能的に強さを求め始めたロザリアが破壊神ダリアムを倒せれば双方の願いが叶うと考えた。
 破壊神ダリアムは魔王の力の象徴。その力を奪う度にヘスティは力をどんどん失っていった。
 その結果、破壊神ダリアムはアウラに殺された。目的は失敗した。ロザリアが出ていったあの日、悲しんでいるロメオの姿を見ていたヘスティ。
 ロメオへの謝罪、気遣い、プレゼントの意味を込めて騎士たちを死なせないために地下の水槽に入れた。ヘスティが長年の研究で作り上げたその水槽は一切の魔力を経つ。すなわち、腐敗も老化も崩壊も起きないのだ。その水槽で魔物に試製された騎士たちは、水槽の中にいる限り魔物の複製体として死なずに生きることができた。
 魔王ヘルトがここに来ることが分かっていたヘスティは騎士たちを死なせないために、水槽に入れロメオとジョバンナをこの結界に閉じ込めた。
 ジョバンナからヘスティ様の事を聞いたロメオは一呼吸おいてから問いかける。
「どうしてヘスティ様は何も……」
「それはロメオも一緒じゃない?ロメオはヘスティ様のことを知るために何をしたの?ヘスティ様の気持ちを理解しようとした?」
 ジョバンナの言葉にロメオは詰まった。図星だったからだ。
「僕は……」
「いいのよ。あなたは妹のために精一杯でそんなこと考える暇なんてなかった。それにあの方はロメオに恨まれるようなことも十分したわ。ただね、あの方は今までずっと人を知ろうとしている。あの方は人に歩み寄ろうとしてるの。だから、少しぐらいは私たちからも歩み寄るべきじゃないかなって。200年間前からこの国をここまで発展させて、今もこの国を支え、守ってきたのは紛れもなくヘスティ様のおかげなんだから」
「……そうだね。」
 ロメオは自分の気持ちを切り替えるようにヘスティ様のことを思い出した。
 確かにひどい行いはあったが、ロメオとロザリアを助けてくれて育ててくれたのは確かにヘスティ様だった。
 しばらくして気持ちの踏ん切りがついたロメオは笑いながらジョバンナに行った。
「地下室で出会った時のあの服装はジョバンナの趣味だったんだね」
「べ、別に……少しは人間の価値観がわかるかなって思っただけよ」
 恥ずかしそうに後半は小さな声でぶつくさというジョバンナ。
 ヘスティ様はジョバンナに着せ替え人形として遊ばれていたのだろう。
 だから、地下室で会ったあの時のかわいらしい服装。『あ、この姿には理由がある』という言葉の意味を理解した。
 そこでロメオは大切なことを思い出し、問いかけた。
「ヘスティ様は昔よりも力が弱っているんだよね。なら、ヘスティの力が失われている今、魔王ヘルトと戦うのはまずいんじゃ」
 その言葉と同時に部屋の結界が消えた。
 これがどういうことを意味しているのか、ジョバンナとロメオの間に緊張が走る。
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