第29話 ミラルフ
文字数 3,684文字
王都デネボラ。
王座の間。
イシアルはロメオに説明した。
ロザリアが魔王になればこのゲートを全て止められると。そのためにヘスティを殺すと。
悪者でいい。嫌われ者でいい。
ロザリアは初めから魔族になる覚悟をしていた。
なら私はその背中を押す。
ロザリアはもう半分は人ではない。長い歳月でアウラがロザリアを優先して人々を犠牲にしたことに気づくはず。そして自分のせいでたくさんの人が死んでしまったと。
「殺していい。それがいいなら」
ヘスティは冷たい目で静かに言う。本当にその意味を理解しているのか疑問だった。
しかし、こんなにも優しく純粋なヘスティが今まで魔王だったからこそ、今まで人族が生き延びてこれたのは間違いない。
そんなヘスティの無垢な優しさがイシアルの胸を締め付けた。
「ヘスティ様!なりません!ジョバンナからお役目を授かった!人のために、この世界のために、ひたすら進み続けた。培ってきた200年余りを無駄になんかできない!」
変わらずロザリアの前に立ちはだかるロメオ。
「ロザリアを魔王にするなって言語道断だ!」
ロメオの斬撃をイシアルの聖剣が受け止める。
イシアルの攻撃は、魔族でも固有スキルを持っているわけもないただの青年に何度も受け止められる。
その剣の重みが、その卓越された剣技が、その咆哮が、イシアルの覚悟を揺らがせる。
勇者の力が、ヘスティに育てられたロメオの過去を見せてくる。ロザリアのために必死に戦い、ヘスティへの恋心を見せる。
イシアルはどうしても攻撃を緩めてしまう。
「絶対に‼絶対に!殺させない!今度こそ、ロザリアが望んだように!僕が僕の願いをかなえるために!」
相手がどうしようもない悪人であれば直ぐに終わっていた。
その事実にイシアルは悪態をつく。
「どうして……どうして!どうして!どいつもこいつも!誰かのためにって!何でそんなに人のために頑張れるのよ、……もう少しぐらい醜くいてよ!」
ロメオに対して言っているのか、はたまた自分のために行っているのか分からなかった。
ただ、今のイシアルの周りにいる人々は皆、どこまでも優しくお人好し。
だからこそ自分が醜く見えた。でも、それと同じぐらい皆が大好きだった。
イシアル魔法でロメオが吹きとばされる。
このチャンスを逃してはいけない。
イシアルは聖剣を握りしめヘスティに向かって飛び出した。
邪念を振り払うようにもう一つの本心を叫ぶ。
自分の醜さを、汚さを、思いを、赤裸々に曝け出す。
「死ぬべき……死ぬべきなの!もう十分生きたでしょ!今まで何人の人生を巻き込んだの!その人生にロメオまで巻き込まないで!」
「そうだね」
ヘスティは無表情のままで一切抵抗するつもりはないようだった。
「くっ!!!!……言い返してきなさいよ!!!」
声を荒げるイシアルを止めようと飛び出すが間に合わない。ロメオが絶叫する。
「やめろぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!」
ヘスティの小さな体を勇者の剣が貫いた。
同時に勇者の力が二人の記憶を見せた。
それは体の元になっているミラルフ記憶とヘスティの記憶。
小さな村に住んでいたミラルフ。
難病もちで幼いころに成長が止まってしまったミラルフは生まれ付き固有スキルを持っていた。
《予知》稀に触れたものの未来を見ることができる。
相手もその記憶を見る為に、死に方を見せてしまい村で煙たがられていた。
特に将来感情がより大きく動かされる時の記憶を見るためにそのほとんどが相手の死を見てしまう。
いつその出来事が起きるかは分からないが、その予知が外れることはなかった。
体のいろいろなところにガタが来たミラルフは寿命が短いことを悟っていた。
そんな無気力に生きていたミラルフの元に勇者レペンスが現れた。
ここから一緒に出よう、一緒に旅をしよう、誰にも相手にされないミラルフの手を引いたのは勇者レペンスだった。
老い先短いのだから、危険な冒険に出てもいいと思い勇者レペンスの手を取った。村の疫病神が消える、どうせ死ぬだけだ、そんな思いだった。
その時、勇者レペンスはミラルフの過去を見て、ミラルフは勇者レペンスの未来を見た。
勇者レペンスは過去を見て、ミラルフは未来を見る。
ミラルフの見た未来は、ミラルフと勇者レペンスが知らないお城で踊る姿だった。皆に祝われ、二人は幸せそうにしていた。
初めて、幸せな未来を魅せられた。《予知》で見る未来は絶対。初めましてだったミラルフと勇者レペンスは顔を見合わせて笑った。
二人はたくさんの冒険をして、たくさんの人を救った。
そんな二人の前に、どこか生気のない目をした男が現れた。
名をマタダムという男は、不死だった。ミラルフの力も勇者の力も受けない彼の願いは死ぬことだった。
死ねないなら、せめて今だけは楽しく生きて欲しいと考えた勇者レペンスはマタダムを冒険に誘った。
そして魔王を倒す三人の旅が始まった。
勇者レペンスは困っているものを見境なく救う。始めは小言を言っていたマタダムだったが、次第に減っていき素行の悪さも直っていった。
ミラルフと勇者レペンスにとってマタダムは子供のような存在になっていた。
マタダムの顔に自然な笑顔が増え始めた事に二人は喜んだ。
勇者レペンスはマタダムに剣を使った戦い方、人の救い方を、人との関わり方を教えた。
ミラルフは魔法の使い方、生活の仕方、心の休ませ方、自分のいたわり方、そして最後に魔法書の書き方。日記の付け方を教えた。
ミラルフと勇者レペンスに自分の認め方を教えてもらったマタダムは、二人の戦いを補うように盾となり賢者となった。
物理攻撃の勇者レペンスと魔法攻撃のミラルフ。その二人のために攻撃を受け止め、二人の傷を癒した。
救えるのなら魔族すら救う勇者一行は魔王デネボラを救おうとした。
王都デネボラを作ったとき、もうミラルフの命は長くはなかった。
建国際の宴でミラルフと勇者レペンスは最後の踊りをし、別れた。
勇者レペンスは人々を救うため、魔族と人族を繋ぐ架け橋を探すために旅に出た。
マタダムは勇者レペンスから託されたその名で英雄試練を作った。
ミラルフは残り少ない余生を魔王デネボラのために使った。
二人は一緒に花を育てたり、料理を作ってみたり、絵をかいてみたり。
気が付けば城の真ん中には大きな花畑が広がっていた。その真ん中でミラルフはデネボラの頭に花飾りを被せ幸せそうに微笑んでいた。
マタダムはそんな二人の遊びをつまらなそうに見つめていたが、ミラルフに無理矢理に付き合わされた。
子供っぽい、本当にくだらない遊びだったが、問題はその内容ではなく誰と遊ぶか。こうやって時間を共有するのが楽しいんだとミラルフはマタダムに教えた。
マタダムはなんだかんだ言いながら付き合い三人で笑っていた。
ミラルフにとってマタダムとデネボラは、あの旅で見つけた勇者レペンスとのかけがえのない子供だった。
マタダムをお兄ちゃんと呼び、デネボラを妹扱いするミラルフは母親の様に振る舞い、家族という楽しい思い出を作った。
死ぬ前のお願いでマタダムはデネボラの手を引きミラルフの元に連れてきた。
ミラルフはデネボラの頭を弱々しくなでながら言った。
「将来、人になりたい。もっとわかるようになりたい。そう思った時は私の体を使いなさい。形から入ればわかってくることはあるかもしれないし、貴方だからこそ新たな選択肢、未来が生まれるかもしれない。私は貴方の思い出の中で生きていくから。マタダム、貴方も心配することはないわ。思い出は、心が、体が覚えてるものだから。ねぇ、デネボラ。あなたの中で生きられるなら、私はそれでいい。貴方はこのさき……いいえ、よくないわね。貴方は皆に愛されている。だから、いつかきっとわかるときが来るからね」
ミラルフに抱かれているデネボラは表情を変えることはない。それはマタダムも同じだった。
そんなマタダムを見てミラルフは優しく微笑んだ。
そして手招きされるがままもう一つの腕でマタダムを力強く抱きしめるミラルフ。
「私は、この家族で幸せだった。一緒にいてくてありがとう、付き合ってくれてありがとう……私を、母にしてくれてありがとう」
震える声でいうミラルフにマタダムは初めて涙を流した。
「ヘスティ!ヘスティ!!!!」
ロメオが聖剣の刺さった小さなヘスティの体を、イシアルから奪い去り抱きしめる。
魔族特攻の勇者の聖剣。
何度も何度も、何度名前を読んでもヘスティの反応はない。
イシアルは止める事もできず、両手に付いた返り血を見て泣き叫んだ。
ヘスティは愛されていた。皆に、どうしようもないほどに愛されていた。その思いを、託された願いをイシアルがもぎ取った。
何の役目も、何の変哲もないただの少女に。
「ごめん……ごめんなさい……」
震える声の中、何とか贖罪を口にするが、それでイシアルの心が楽になることはない。
未だに泣きながら声をかけ続けるロメオの隣で、イシアルはただひたすらに泣き叫んだ。
王座の間。
イシアルはロメオに説明した。
ロザリアが魔王になればこのゲートを全て止められると。そのためにヘスティを殺すと。
悪者でいい。嫌われ者でいい。
ロザリアは初めから魔族になる覚悟をしていた。
なら私はその背中を押す。
ロザリアはもう半分は人ではない。長い歳月でアウラがロザリアを優先して人々を犠牲にしたことに気づくはず。そして自分のせいでたくさんの人が死んでしまったと。
「殺していい。それがいいなら」
ヘスティは冷たい目で静かに言う。本当にその意味を理解しているのか疑問だった。
しかし、こんなにも優しく純粋なヘスティが今まで魔王だったからこそ、今まで人族が生き延びてこれたのは間違いない。
そんなヘスティの無垢な優しさがイシアルの胸を締め付けた。
「ヘスティ様!なりません!ジョバンナからお役目を授かった!人のために、この世界のために、ひたすら進み続けた。培ってきた200年余りを無駄になんかできない!」
変わらずロザリアの前に立ちはだかるロメオ。
「ロザリアを魔王にするなって言語道断だ!」
ロメオの斬撃をイシアルの聖剣が受け止める。
イシアルの攻撃は、魔族でも固有スキルを持っているわけもないただの青年に何度も受け止められる。
その剣の重みが、その卓越された剣技が、その咆哮が、イシアルの覚悟を揺らがせる。
勇者の力が、ヘスティに育てられたロメオの過去を見せてくる。ロザリアのために必死に戦い、ヘスティへの恋心を見せる。
イシアルはどうしても攻撃を緩めてしまう。
「絶対に‼絶対に!殺させない!今度こそ、ロザリアが望んだように!僕が僕の願いをかなえるために!」
相手がどうしようもない悪人であれば直ぐに終わっていた。
その事実にイシアルは悪態をつく。
「どうして……どうして!どうして!どいつもこいつも!誰かのためにって!何でそんなに人のために頑張れるのよ、……もう少しぐらい醜くいてよ!」
ロメオに対して言っているのか、はたまた自分のために行っているのか分からなかった。
ただ、今のイシアルの周りにいる人々は皆、どこまでも優しくお人好し。
だからこそ自分が醜く見えた。でも、それと同じぐらい皆が大好きだった。
イシアル魔法でロメオが吹きとばされる。
このチャンスを逃してはいけない。
イシアルは聖剣を握りしめヘスティに向かって飛び出した。
邪念を振り払うようにもう一つの本心を叫ぶ。
自分の醜さを、汚さを、思いを、赤裸々に曝け出す。
「死ぬべき……死ぬべきなの!もう十分生きたでしょ!今まで何人の人生を巻き込んだの!その人生にロメオまで巻き込まないで!」
「そうだね」
ヘスティは無表情のままで一切抵抗するつもりはないようだった。
「くっ!!!!……言い返してきなさいよ!!!」
声を荒げるイシアルを止めようと飛び出すが間に合わない。ロメオが絶叫する。
「やめろぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!」
ヘスティの小さな体を勇者の剣が貫いた。
同時に勇者の力が二人の記憶を見せた。
それは体の元になっているミラルフ記憶とヘスティの記憶。
小さな村に住んでいたミラルフ。
難病もちで幼いころに成長が止まってしまったミラルフは生まれ付き固有スキルを持っていた。
《予知》稀に触れたものの未来を見ることができる。
相手もその記憶を見る為に、死に方を見せてしまい村で煙たがられていた。
特に将来感情がより大きく動かされる時の記憶を見るためにそのほとんどが相手の死を見てしまう。
いつその出来事が起きるかは分からないが、その予知が外れることはなかった。
体のいろいろなところにガタが来たミラルフは寿命が短いことを悟っていた。
そんな無気力に生きていたミラルフの元に勇者レペンスが現れた。
ここから一緒に出よう、一緒に旅をしよう、誰にも相手にされないミラルフの手を引いたのは勇者レペンスだった。
老い先短いのだから、危険な冒険に出てもいいと思い勇者レペンスの手を取った。村の疫病神が消える、どうせ死ぬだけだ、そんな思いだった。
その時、勇者レペンスはミラルフの過去を見て、ミラルフは勇者レペンスの未来を見た。
勇者レペンスは過去を見て、ミラルフは未来を見る。
ミラルフの見た未来は、ミラルフと勇者レペンスが知らないお城で踊る姿だった。皆に祝われ、二人は幸せそうにしていた。
初めて、幸せな未来を魅せられた。《予知》で見る未来は絶対。初めましてだったミラルフと勇者レペンスは顔を見合わせて笑った。
二人はたくさんの冒険をして、たくさんの人を救った。
そんな二人の前に、どこか生気のない目をした男が現れた。
名をマタダムという男は、不死だった。ミラルフの力も勇者の力も受けない彼の願いは死ぬことだった。
死ねないなら、せめて今だけは楽しく生きて欲しいと考えた勇者レペンスはマタダムを冒険に誘った。
そして魔王を倒す三人の旅が始まった。
勇者レペンスは困っているものを見境なく救う。始めは小言を言っていたマタダムだったが、次第に減っていき素行の悪さも直っていった。
ミラルフと勇者レペンスにとってマタダムは子供のような存在になっていた。
マタダムの顔に自然な笑顔が増え始めた事に二人は喜んだ。
勇者レペンスはマタダムに剣を使った戦い方、人の救い方を、人との関わり方を教えた。
ミラルフは魔法の使い方、生活の仕方、心の休ませ方、自分のいたわり方、そして最後に魔法書の書き方。日記の付け方を教えた。
ミラルフと勇者レペンスに自分の認め方を教えてもらったマタダムは、二人の戦いを補うように盾となり賢者となった。
物理攻撃の勇者レペンスと魔法攻撃のミラルフ。その二人のために攻撃を受け止め、二人の傷を癒した。
救えるのなら魔族すら救う勇者一行は魔王デネボラを救おうとした。
王都デネボラを作ったとき、もうミラルフの命は長くはなかった。
建国際の宴でミラルフと勇者レペンスは最後の踊りをし、別れた。
勇者レペンスは人々を救うため、魔族と人族を繋ぐ架け橋を探すために旅に出た。
マタダムは勇者レペンスから託されたその名で英雄試練を作った。
ミラルフは残り少ない余生を魔王デネボラのために使った。
二人は一緒に花を育てたり、料理を作ってみたり、絵をかいてみたり。
気が付けば城の真ん中には大きな花畑が広がっていた。その真ん中でミラルフはデネボラの頭に花飾りを被せ幸せそうに微笑んでいた。
マタダムはそんな二人の遊びをつまらなそうに見つめていたが、ミラルフに無理矢理に付き合わされた。
子供っぽい、本当にくだらない遊びだったが、問題はその内容ではなく誰と遊ぶか。こうやって時間を共有するのが楽しいんだとミラルフはマタダムに教えた。
マタダムはなんだかんだ言いながら付き合い三人で笑っていた。
ミラルフにとってマタダムとデネボラは、あの旅で見つけた勇者レペンスとのかけがえのない子供だった。
マタダムをお兄ちゃんと呼び、デネボラを妹扱いするミラルフは母親の様に振る舞い、家族という楽しい思い出を作った。
死ぬ前のお願いでマタダムはデネボラの手を引きミラルフの元に連れてきた。
ミラルフはデネボラの頭を弱々しくなでながら言った。
「将来、人になりたい。もっとわかるようになりたい。そう思った時は私の体を使いなさい。形から入ればわかってくることはあるかもしれないし、貴方だからこそ新たな選択肢、未来が生まれるかもしれない。私は貴方の思い出の中で生きていくから。マタダム、貴方も心配することはないわ。思い出は、心が、体が覚えてるものだから。ねぇ、デネボラ。あなたの中で生きられるなら、私はそれでいい。貴方はこのさき……いいえ、よくないわね。貴方は皆に愛されている。だから、いつかきっとわかるときが来るからね」
ミラルフに抱かれているデネボラは表情を変えることはない。それはマタダムも同じだった。
そんなマタダムを見てミラルフは優しく微笑んだ。
そして手招きされるがままもう一つの腕でマタダムを力強く抱きしめるミラルフ。
「私は、この家族で幸せだった。一緒にいてくてありがとう、付き合ってくれてありがとう……私を、母にしてくれてありがとう」
震える声でいうミラルフにマタダムは初めて涙を流した。
「ヘスティ!ヘスティ!!!!」
ロメオが聖剣の刺さった小さなヘスティの体を、イシアルから奪い去り抱きしめる。
魔族特攻の勇者の聖剣。
何度も何度も、何度名前を読んでもヘスティの反応はない。
イシアルは止める事もできず、両手に付いた返り血を見て泣き叫んだ。
ヘスティは愛されていた。皆に、どうしようもないほどに愛されていた。その思いを、託された願いをイシアルがもぎ取った。
何の役目も、何の変哲もないただの少女に。
「ごめん……ごめんなさい……」
震える声の中、何とか贖罪を口にするが、それでイシアルの心が楽になることはない。
未だに泣きながら声をかけ続けるロメオの隣で、イシアルはただひたすらに泣き叫んだ。