第24話 ロザリアとイシアル
文字数 2,824文字
アウラから商人レナードのこと、マタダムの目録のこと、魔王ヘルトのことを一通り聞いたロザリアとイシアル。
それでも二人のやることは変わらなかった。
ロザリアとイシアルの戦いで穴だらけとなった草原。
二人は並んで芝生に座っていた。
「ここで、よくアウラと戦っていたのよ。アウラは不死身だから攻撃の仕方の練習はあまりできなかったわ。だから、ありがとう。イシアル」
「ううん。私も勇者になる覚悟を決めたから。そのためにはもっと強くならないといけない。だからこちらこそ、ありがとう」
ロザリアはポケットからイヤリングを取り出し儚げに見つめる。
「ロザリア。それ、まだ渡してなかったんだ」
「もう渡せないわよ」
イシアルは過去の勇者の様に勇敢ではない。ロザリアの様にまっすぐでもない。ユラの様に優しくもない。どちらかというと以前のアウラの気持ちや行動に共感ができてしまう。
強くもなく弱い人間だった。
ロザリアが振り返る。
イシアルはその視線を追うように後ろを振り返ると視界の先、離れた壁の上でなにか楽しそうにしているアウラの姿が見えた。
恐らくユラと一緒にいるのだろう。
ロザリアが顔を前に戻すので、同様にイシアルも視線を前に戻す。
イシアルは心の闇を吐き出す。
「そのイヤリング渡せないのってユラがいるから?」
「そーよ」
いつも猪突猛進のロザリアが珍しく悩んでいた。
悪意が含まれていることをわっててもその心のうちを言葉にする。
「アウラの言ってたユラの幽霊の話。本当に信じてるの?」
どういう反応を返されるか少し恐れていたイシアル。だがそれが本心だった。
「信じてるわ」
ロザリアはただ言葉を返した。イシアルの悪意に気づいてもないように。
そんなロザリアに戸惑いつつイシアルは続ける。
「あほらしくない。ほんとにいるのかもわからない。そんな相手に遠慮して渡さないなんて」
「ユラはいるわ。だってアウラがそう言っているのよ。それにユシカ島でも見えたわ」
「それは」
「そもそも信じない理由がないからよ。逆に信じて困ったりするの?」
「そういうわけじゃないでしょ……。普通は受け入れられないでしょって話」
「そういうもの?私には分かんないわ」
「……私のほうが分かんない」
ロザリアはどこまでもまっすぐだった。あまりにもまっすぐで、イシアルの悪意を一切感じ取っている様子がない。
その反応が余計にイシアルの胸を苦しめた。
自分という人間性の弱さを見せつけられているような気がした。
そんなイシアルにロザリアは優しく微笑んだ。
「私はイシアルの気持ちなんか分かんないけど、これだけはハッキリ言える。イシアルはイシアルよ。それ以下でもそれ以上でもないの。その紋章を宿した勇者がどれだけの功績を残し、どれだけの人を救ったかは知っている。どこまでもまっすぐだった彼だからこそ、今あんな姿になった」
「……ロザリア」
ロザリアがイシアルの手をとり、勇者の紋章があらわになる。
「アウラが言っていたわ。イシアルは俺と似てるって。だから、イシアルなら大丈夫よ!絶対に。休み方を知っている、人の弱さを、辛さを、痛みを、愛を知っているイシアルなら、魔王ヘルトよりも立派な勇者になれる」
イシアルはその心に宿る勇者としての重みを打ち明けたことはなかった。
曝け出すことができなかった訳でもなく、気を使っていた訳でもなく、思い出さないように考えないようにしていただけだった。
そんなイシアルの重みをロザリアは簡単に砕く。
たまに横暴で常識外れでどこまでもまっすぐな彼女に振り回されて、それでもロザリアが皆に愛されている理由がわかった気がする。
そんなロザリアに恩返しをするように、イシアルは立ち上がった。
「ありがとう、ロザリア。お礼にっていうのもあれだけど、もう一戦しない。今度は本気で」
驚いたロザリアは悪魔のような悪い笑みを浮かべる。
イシアルが本気で戦っていないことにロザリアは気づいている。それはロザリアの体が魔族へ変化してしまわないように、アウラの魔法が溶けてしまわないようにというイシアルなりの配慮だった。
それを理解してか、ロザリアはイシアルに何も言ってこなかった。
だけど、イシアルは知っていた。それでももっと強くなりたいと、強くなることを願っているロザリアの本心を。
「いいのね!私もやっと全力を出せるわ!」
立ち上がったロザリアが言い終えると同時に飛び出した。
衝撃波と爆発音がなり響く。
「ロザリア!そのイヤリングはアウラに渡すべき!」
仮初の肌が剥がれ落ちていき、魔族の体があらわとなっていく。
「それは」
ロザリアは言葉を濁す。
同時に先ほどまでの勢いは衰えていった。
そんなロザリアにイシアルは続ける。
「どこまでもまっすぐに突き進みなさいよ。ロザリアのやりたいことなんでしょ。その思いも全部込めてアウラにぶつけなきゃ。それでこそロザリアでしょ。自分の夢のため、お兄さんにその姿を見せるため、ここまで頑張ってきたんでしょ!今、諦めてどーすんのよ!」
以前の自分ならこんなことは言えなかったかもしれない。
これ以上好きになってしまわないように、友達以上の思いを抱いてしまわないように、イシアルは芽生えそうになった恋の蕾を摘む様に自らの心に蓋をする。
イシアルの叫び声に背中を押されたロザリアの魔力が跳ね上がる。
イシアルの思いを知ることもなく、ロザリアは悪い笑みを浮かべて襲った。
ロザリアは完敗だった。
イシアルの展開する結界を突破することは叶わなかった。
イシアルに傷はなく、対するロザリアの体はボロボロだった。
自動的に修復していくロザリアの体。体から溢れる使い道のない魔力がロザリアの体を修復していく。魔法を使わない脳筋のロザリアだからこそ、その膨大な魔力が自然と体を修復する性質へと変化していた。
ほとんど修復し終えたロザリアの元にアウラが到着する。
魔法で人間の姿を取り戻したロザリアは、そのままアウラに詰め寄った。
アウラは拒否権のないロザリアのデートに連れていかれる。
二人の後をついていこうとするユラをイシアルが呼び止めた。
「ユラ、ここにいるの?っていっても分かんないか……」
ユラは思いもよらない呼び止めに彼女の前に戻り、なんとか自身の存在を見せようとするも全て無駄に終える。
そんなユラの努力はイシアルには伝わらない。
「もしいるなら、二人きりにしてあげて。貴方は死んでるけど、ロザリアはまだ生きてるから。まだ……人だから」
イシアルは自分が嫌な女であるとわかっていた。
元々嫌われることには慣れてるし。……違う。ロザリアのためなら嫌われてもいい。
右手を強く握りしめ俯いているイシアルの姿をユラはただ見つめる。
「うん。……ごめん。待ってるよ」
聞こえることのない、意味がないかもしれない言葉。
それでもユラは口にした。
イシアルの思いをないがしろになんかできなかったから。
それでも二人のやることは変わらなかった。
ロザリアとイシアルの戦いで穴だらけとなった草原。
二人は並んで芝生に座っていた。
「ここで、よくアウラと戦っていたのよ。アウラは不死身だから攻撃の仕方の練習はあまりできなかったわ。だから、ありがとう。イシアル」
「ううん。私も勇者になる覚悟を決めたから。そのためにはもっと強くならないといけない。だからこちらこそ、ありがとう」
ロザリアはポケットからイヤリングを取り出し儚げに見つめる。
「ロザリア。それ、まだ渡してなかったんだ」
「もう渡せないわよ」
イシアルは過去の勇者の様に勇敢ではない。ロザリアの様にまっすぐでもない。ユラの様に優しくもない。どちらかというと以前のアウラの気持ちや行動に共感ができてしまう。
強くもなく弱い人間だった。
ロザリアが振り返る。
イシアルはその視線を追うように後ろを振り返ると視界の先、離れた壁の上でなにか楽しそうにしているアウラの姿が見えた。
恐らくユラと一緒にいるのだろう。
ロザリアが顔を前に戻すので、同様にイシアルも視線を前に戻す。
イシアルは心の闇を吐き出す。
「そのイヤリング渡せないのってユラがいるから?」
「そーよ」
いつも猪突猛進のロザリアが珍しく悩んでいた。
悪意が含まれていることをわっててもその心のうちを言葉にする。
「アウラの言ってたユラの幽霊の話。本当に信じてるの?」
どういう反応を返されるか少し恐れていたイシアル。だがそれが本心だった。
「信じてるわ」
ロザリアはただ言葉を返した。イシアルの悪意に気づいてもないように。
そんなロザリアに戸惑いつつイシアルは続ける。
「あほらしくない。ほんとにいるのかもわからない。そんな相手に遠慮して渡さないなんて」
「ユラはいるわ。だってアウラがそう言っているのよ。それにユシカ島でも見えたわ」
「それは」
「そもそも信じない理由がないからよ。逆に信じて困ったりするの?」
「そういうわけじゃないでしょ……。普通は受け入れられないでしょって話」
「そういうもの?私には分かんないわ」
「……私のほうが分かんない」
ロザリアはどこまでもまっすぐだった。あまりにもまっすぐで、イシアルの悪意を一切感じ取っている様子がない。
その反応が余計にイシアルの胸を苦しめた。
自分という人間性の弱さを見せつけられているような気がした。
そんなイシアルにロザリアは優しく微笑んだ。
「私はイシアルの気持ちなんか分かんないけど、これだけはハッキリ言える。イシアルはイシアルよ。それ以下でもそれ以上でもないの。その紋章を宿した勇者がどれだけの功績を残し、どれだけの人を救ったかは知っている。どこまでもまっすぐだった彼だからこそ、今あんな姿になった」
「……ロザリア」
ロザリアがイシアルの手をとり、勇者の紋章があらわになる。
「アウラが言っていたわ。イシアルは俺と似てるって。だから、イシアルなら大丈夫よ!絶対に。休み方を知っている、人の弱さを、辛さを、痛みを、愛を知っているイシアルなら、魔王ヘルトよりも立派な勇者になれる」
イシアルはその心に宿る勇者としての重みを打ち明けたことはなかった。
曝け出すことができなかった訳でもなく、気を使っていた訳でもなく、思い出さないように考えないようにしていただけだった。
そんなイシアルの重みをロザリアは簡単に砕く。
たまに横暴で常識外れでどこまでもまっすぐな彼女に振り回されて、それでもロザリアが皆に愛されている理由がわかった気がする。
そんなロザリアに恩返しをするように、イシアルは立ち上がった。
「ありがとう、ロザリア。お礼にっていうのもあれだけど、もう一戦しない。今度は本気で」
驚いたロザリアは悪魔のような悪い笑みを浮かべる。
イシアルが本気で戦っていないことにロザリアは気づいている。それはロザリアの体が魔族へ変化してしまわないように、アウラの魔法が溶けてしまわないようにというイシアルなりの配慮だった。
それを理解してか、ロザリアはイシアルに何も言ってこなかった。
だけど、イシアルは知っていた。それでももっと強くなりたいと、強くなることを願っているロザリアの本心を。
「いいのね!私もやっと全力を出せるわ!」
立ち上がったロザリアが言い終えると同時に飛び出した。
衝撃波と爆発音がなり響く。
「ロザリア!そのイヤリングはアウラに渡すべき!」
仮初の肌が剥がれ落ちていき、魔族の体があらわとなっていく。
「それは」
ロザリアは言葉を濁す。
同時に先ほどまでの勢いは衰えていった。
そんなロザリアにイシアルは続ける。
「どこまでもまっすぐに突き進みなさいよ。ロザリアのやりたいことなんでしょ。その思いも全部込めてアウラにぶつけなきゃ。それでこそロザリアでしょ。自分の夢のため、お兄さんにその姿を見せるため、ここまで頑張ってきたんでしょ!今、諦めてどーすんのよ!」
以前の自分ならこんなことは言えなかったかもしれない。
これ以上好きになってしまわないように、友達以上の思いを抱いてしまわないように、イシアルは芽生えそうになった恋の蕾を摘む様に自らの心に蓋をする。
イシアルの叫び声に背中を押されたロザリアの魔力が跳ね上がる。
イシアルの思いを知ることもなく、ロザリアは悪い笑みを浮かべて襲った。
ロザリアは完敗だった。
イシアルの展開する結界を突破することは叶わなかった。
イシアルに傷はなく、対するロザリアの体はボロボロだった。
自動的に修復していくロザリアの体。体から溢れる使い道のない魔力がロザリアの体を修復していく。魔法を使わない脳筋のロザリアだからこそ、その膨大な魔力が自然と体を修復する性質へと変化していた。
ほとんど修復し終えたロザリアの元にアウラが到着する。
魔法で人間の姿を取り戻したロザリアは、そのままアウラに詰め寄った。
アウラは拒否権のないロザリアのデートに連れていかれる。
二人の後をついていこうとするユラをイシアルが呼び止めた。
「ユラ、ここにいるの?っていっても分かんないか……」
ユラは思いもよらない呼び止めに彼女の前に戻り、なんとか自身の存在を見せようとするも全て無駄に終える。
そんなユラの努力はイシアルには伝わらない。
「もしいるなら、二人きりにしてあげて。貴方は死んでるけど、ロザリアはまだ生きてるから。まだ……人だから」
イシアルは自分が嫌な女であるとわかっていた。
元々嫌われることには慣れてるし。……違う。ロザリアのためなら嫌われてもいい。
右手を強く握りしめ俯いているイシアルの姿をユラはただ見つめる。
「うん。……ごめん。待ってるよ」
聞こえることのない、意味がないかもしれない言葉。
それでもユラは口にした。
イシアルの思いをないがしろになんかできなかったから。