第20話 調停者サリューヌ
文字数 3,596文字
「ありがとう。……もう、負ける気がしない!」
イシアルの手を伸ばすと、溢れ出した魔力が指の先に密集していく。
対するニルタリアスは笑みを浮かべていた。
アウラはその笑みの意味を理解し絶句する。
古の時代。勇者が生まれる前から世界には第12魔神と呼ばれた12人の魔族がいた。
その中でもっとも有名な魔族の一人が魔王デネボラ。
魔王討伐に乗り出した勇者一行は4人の魔神を倒したが、全ての魔神が魔王デネボラの配下だったわけではない。あくまでもその4人の魔神が自ら魔王デネボラに付き従ったに過ぎない。残り7人の魔神はあくまで沈黙を保っており、アウラですら会ったことない魔神も何人かいた。
ここ、死の国シェオールは第12魔神の1人、霊界の調停者サリューヌが住まう土地だ。
神域に調停者サリューヌが住まうのではなく、調停者サリューヌが住まう土地が霊域となる。死の国シェオールとは調停者サリューヌは住む場所ではなく、調停者サリューヌがいる場所が死の国シェオールとなる。
死の国シェオールは死んだ魂を引き寄せる。同様にアンデット系の魔族の住みやすい土地でもあった。
調停者サリューヌが住まう水面は聖水となり次第に魂の泉と呼ばれるようになる。
魂の泉に触れたものは調停者サリューヌにその身を食われるが、触れなければ死者との会話も叶うとされている。
ユラはこの聖水に触れていた。
この霊域でユラはよりこの世界へのつながりを強めていた。
だから、ユラはホメロンを見て触ることができた。
より霊界への繋がりが強いものはユラを認識でき、さらに触れる事までできる。
「ねえあれって。……まさか」
ロザリアは目の前の現実に呆ける。
もうロザリアにすらユラをうっすらと認知できていた。
ニルタリアスがそんなユラを認知していないはずがない。恐らく初めからユラを認知していた。
ユラは絶対に安全だとアウラは思い込んでいた。
「アウラ!」
ニルタリアスに捕まったユラの叫び声がアウラを現実へと呼び覚ます。
「ユラァァァ!!!!!」
ニルタリアスがアウラに宣言する。
「動くなぁ!!!一歩でも動けばこいつを道ずれにする!」
「やっぱり……あれがユラなのね!ユラ!やっと見えたわ!こんな糞野郎から解放してあげるから待ってなさい!!」
ロザリアはユラを安心させるように言葉を投げかける。
「ロザリア!」
今まで一度も存在を疑わなかったロザリアに感謝を伝えるようにユラは名前を呼び返す。
「何をいってるの?幻覚!?そうはさせない!」
繋がりも日も浅いイシアルにユラを認知することができない。
こんな状況で冷静でいられるはずがないアウラ。
そんな姿にイシアルはより相手の洗脳攻撃であると考え魔法を込める。
「やめろ!イシアル!うごくな!」
しかし、冷静でないアウラの言葉でイシアルは止まらない。
ユラのことを説明している暇がなかったアウラは重力魔法でイシアルを地面に押さえつける。
「何を……するの」
ロザリアがイシアルに対して叫ぶ。
「あそこにはユラがいるのよ!一緒にここまで来た仲間がいるの!」
「いるって、どこに」
同時にイシアルとロザリアが地面から生えた腕につかまった。
「早くこの結界を消せ!さもないとどうなるかわかるだろ!!!」
ニルタリアスの怒号がアウラの意識を支配する。
「アウラ!私ごとふきとばして!早く!じゃないとみんながっ」
ユラの口を塞ぐようにニルタリアスの腕が流し込まれていく。ユラは声を出そうと苦しそうに悶えていた。
「アウラ!」
ニルタリアスに掴まれながらも魔法障壁で必死に耐えているイシアルは、なんとか結界を維持している。
アウラには何も効かないことがわかっているニルタリアスは答えをせかす。
ニルタリアスもここにすべての命運がかかっていた。どんなにみっともなくとも、みじめでも生き残る。
それがニルタリアスをここまで導いたのだから。
「はやくしろ!アウラァァアアア!!!この娘が死ぬぞぉ!」
この結界を崩すためにアウラは急いで魔力を込める。
「はやくしろぉぉぉおおお!!!」
「アウラ!だめ!」
必死に耐えるイシアルが血を吐いた。限界を迎えようとしている。
そんな中、ユラを見つめるロザリアがアウラに向かって叫んだ。
「アウラ!あなたの魔法ではユラは死ななかったんでしょ!ユラを見て!ずっと一緒にいたんでしょ!男なら彼女のことを信じなさいよ!」
ユラはアウラと同様に死にたいのだ。願いをかなえられるチャンスかもしれない。どう考えてもユラごとニルタリアスを攻撃することが最善の選択肢だ。
しかし、アウラには攻撃できなかった。
ユラが消えてほしくない。最後まで一緒にいて欲しい。その気持ちが自分の欲求だけだと理解していても切り捨てることができなかった。アウラにとって何にも代えられないぐらい耐えがたいものだったからだ。
『私は大丈夫だよ。だってあなたの中に残り続けてるから。私って、それほど魅力的な存在でしょ?』
まるで忘れていた記憶を体が思い出す様にユラの声が直接、アウラの心の中で聞こえる。
『貴方が自分を信じられないなら、私があなたのことを信じてあげる。だから、貴方が自分を信じられるようになった時、貴方は私のことを信じて、ね?』
苦しそうにしているユラと目が合った。ユラは小さくうなずいた。
アウラは覚悟を決め、別れを告げるように両手に込めた魔力を攻撃に転換する。
「アウラァァァァァアアアアアアア!!!!!」
「シン・ノーズ」
ニルタリアスの咆哮の中、小さな声で吐き捨てる。
アウラの言葉と同時に広がる光線は全ての霊とアンデットを消滅させていく。
その光から逃れようとニルタリアスは必死に飛び立つが結界に阻まれる。
アウラの魔法は結界を包むと、結界を破壊し更に伸びていく。
アンデット特攻のアウラの魔法はイシアルとロザリアにダメージを与えない。
もちろん以前のユラなら一切効かないが、ここは霊域でロザリアが認知できるほど、ユラの存在をこの世界に定着させていた。
そんなユラがアウラの攻撃を無傷で入れる保証はない。
「そんな。私の結界が押し負けるなんて」
アウラの魔法に驚くイシアル。その言葉に反応しない。
目の前の全てを消し飛ばした空間にもうユラはいなかった。
声も聞こえなければ反応もない。
それでもその事実を受け止められないアウラは震えた声を漏らす。
「……ユラ。なあ、……ユラ。……おい、いないのか」
あぼつかない足で何の意味もなく広場の中央に歩いていく。
ユラの反応はない。
地面に倒れ込むアウラは土を握り締め、必死に涙をこらえる。
もうここにはいない。
その事実を受け止めないといけない。
歩みを止めてはいけない。
「……いこう」
アウラは立ち上がる。
あちら側でユラと再会したときに恥ずかしくないように。
「アウラ……」
ロザリアはアウラになんて言葉を伝えたらいいかわからなかった。
ロザリアからユラについて聞いたイシアルはアウラの先ほどの発言を謝ったが、アウラはいいよと笑って答えた。
しかし、その瞳が笑っていない事をイシアルは知っている。
島の港に向かって歩き出したアウラはこの島に悲しみを全て置いていくようにユラとの出会いを思い出す。
ユラと初めて出会ったのは呪いの森。アウラはそこでユラに触れ、人のぬくもりを思い出した。そして、一緒に死に方を探した。楽しい時間はあっという間に過ぎ、地縛霊だったユラと別れが来た。
あの時、ユラを殺せなかったアウラは彼女との再会を目標に森を出た。もう会えないと思っていた。
王都デネボラに向かう道を歩いている時。
「ぇ――ねぇ――アウラぁ」
そんな声が聞こえ、遠くからユラが飛んできた。
「ぇ――ねぇ――ねぇ――アウラぁ――アウラってばぁ――」
そうちょうどこんな感じに。
アウラの目から、たまらず涙が溢れ出す。
そして、振り返ったアウラは目の前の光景に笑みをこぼした。
「ねぇーめっちゃふっとばされたんだけどー!あの魔物につかまれてたからさ!アウラの攻撃から逃げるじゃん!私、うぉおぉおぉお~って感じで逃げるアイツに振り回されてさ!結界?消えたからか知らないけど、急にアイツ消えるからそのままぴょぉ~~んって飛ばされたの!」
身振り手振りで大げさに表すユラにアウラは飛びついた。
抱きしめながら、そのぬくもりを感じながら、アウラは泣きながら笑う。
「よかった。よかったよ。戻ってきてくれて。おかえりユラ」
胸に飛び込んできたアウラに驚いたユラだったが、少ししてから笑顔を浮かべた。
胸に顔をうずめるアウラの頭を優しくなでる。
ユラは暖かな声でそっとアウラに語り掛ける。
「ただいま」
ロザリアとイシアルにはユラの姿は見えていなかった。
しかし、アウラの姿を見て、ユラがそこにいることを疑う者は今はいなかった。
イシアルの手を伸ばすと、溢れ出した魔力が指の先に密集していく。
対するニルタリアスは笑みを浮かべていた。
アウラはその笑みの意味を理解し絶句する。
古の時代。勇者が生まれる前から世界には第12魔神と呼ばれた12人の魔族がいた。
その中でもっとも有名な魔族の一人が魔王デネボラ。
魔王討伐に乗り出した勇者一行は4人の魔神を倒したが、全ての魔神が魔王デネボラの配下だったわけではない。あくまでもその4人の魔神が自ら魔王デネボラに付き従ったに過ぎない。残り7人の魔神はあくまで沈黙を保っており、アウラですら会ったことない魔神も何人かいた。
ここ、死の国シェオールは第12魔神の1人、霊界の調停者サリューヌが住まう土地だ。
神域に調停者サリューヌが住まうのではなく、調停者サリューヌが住まう土地が霊域となる。死の国シェオールとは調停者サリューヌは住む場所ではなく、調停者サリューヌがいる場所が死の国シェオールとなる。
死の国シェオールは死んだ魂を引き寄せる。同様にアンデット系の魔族の住みやすい土地でもあった。
調停者サリューヌが住まう水面は聖水となり次第に魂の泉と呼ばれるようになる。
魂の泉に触れたものは調停者サリューヌにその身を食われるが、触れなければ死者との会話も叶うとされている。
ユラはこの聖水に触れていた。
この霊域でユラはよりこの世界へのつながりを強めていた。
だから、ユラはホメロンを見て触ることができた。
より霊界への繋がりが強いものはユラを認識でき、さらに触れる事までできる。
「ねえあれって。……まさか」
ロザリアは目の前の現実に呆ける。
もうロザリアにすらユラをうっすらと認知できていた。
ニルタリアスがそんなユラを認知していないはずがない。恐らく初めからユラを認知していた。
ユラは絶対に安全だとアウラは思い込んでいた。
「アウラ!」
ニルタリアスに捕まったユラの叫び声がアウラを現実へと呼び覚ます。
「ユラァァァ!!!!!」
ニルタリアスがアウラに宣言する。
「動くなぁ!!!一歩でも動けばこいつを道ずれにする!」
「やっぱり……あれがユラなのね!ユラ!やっと見えたわ!こんな糞野郎から解放してあげるから待ってなさい!!」
ロザリアはユラを安心させるように言葉を投げかける。
「ロザリア!」
今まで一度も存在を疑わなかったロザリアに感謝を伝えるようにユラは名前を呼び返す。
「何をいってるの?幻覚!?そうはさせない!」
繋がりも日も浅いイシアルにユラを認知することができない。
こんな状況で冷静でいられるはずがないアウラ。
そんな姿にイシアルはより相手の洗脳攻撃であると考え魔法を込める。
「やめろ!イシアル!うごくな!」
しかし、冷静でないアウラの言葉でイシアルは止まらない。
ユラのことを説明している暇がなかったアウラは重力魔法でイシアルを地面に押さえつける。
「何を……するの」
ロザリアがイシアルに対して叫ぶ。
「あそこにはユラがいるのよ!一緒にここまで来た仲間がいるの!」
「いるって、どこに」
同時にイシアルとロザリアが地面から生えた腕につかまった。
「早くこの結界を消せ!さもないとどうなるかわかるだろ!!!」
ニルタリアスの怒号がアウラの意識を支配する。
「アウラ!私ごとふきとばして!早く!じゃないとみんながっ」
ユラの口を塞ぐようにニルタリアスの腕が流し込まれていく。ユラは声を出そうと苦しそうに悶えていた。
「アウラ!」
ニルタリアスに掴まれながらも魔法障壁で必死に耐えているイシアルは、なんとか結界を維持している。
アウラには何も効かないことがわかっているニルタリアスは答えをせかす。
ニルタリアスもここにすべての命運がかかっていた。どんなにみっともなくとも、みじめでも生き残る。
それがニルタリアスをここまで導いたのだから。
「はやくしろ!アウラァァアアア!!!この娘が死ぬぞぉ!」
この結界を崩すためにアウラは急いで魔力を込める。
「はやくしろぉぉぉおおお!!!」
「アウラ!だめ!」
必死に耐えるイシアルが血を吐いた。限界を迎えようとしている。
そんな中、ユラを見つめるロザリアがアウラに向かって叫んだ。
「アウラ!あなたの魔法ではユラは死ななかったんでしょ!ユラを見て!ずっと一緒にいたんでしょ!男なら彼女のことを信じなさいよ!」
ユラはアウラと同様に死にたいのだ。願いをかなえられるチャンスかもしれない。どう考えてもユラごとニルタリアスを攻撃することが最善の選択肢だ。
しかし、アウラには攻撃できなかった。
ユラが消えてほしくない。最後まで一緒にいて欲しい。その気持ちが自分の欲求だけだと理解していても切り捨てることができなかった。アウラにとって何にも代えられないぐらい耐えがたいものだったからだ。
『私は大丈夫だよ。だってあなたの中に残り続けてるから。私って、それほど魅力的な存在でしょ?』
まるで忘れていた記憶を体が思い出す様にユラの声が直接、アウラの心の中で聞こえる。
『貴方が自分を信じられないなら、私があなたのことを信じてあげる。だから、貴方が自分を信じられるようになった時、貴方は私のことを信じて、ね?』
苦しそうにしているユラと目が合った。ユラは小さくうなずいた。
アウラは覚悟を決め、別れを告げるように両手に込めた魔力を攻撃に転換する。
「アウラァァァァァアアアアアアア!!!!!」
「シン・ノーズ」
ニルタリアスの咆哮の中、小さな声で吐き捨てる。
アウラの言葉と同時に広がる光線は全ての霊とアンデットを消滅させていく。
その光から逃れようとニルタリアスは必死に飛び立つが結界に阻まれる。
アウラの魔法は結界を包むと、結界を破壊し更に伸びていく。
アンデット特攻のアウラの魔法はイシアルとロザリアにダメージを与えない。
もちろん以前のユラなら一切効かないが、ここは霊域でロザリアが認知できるほど、ユラの存在をこの世界に定着させていた。
そんなユラがアウラの攻撃を無傷で入れる保証はない。
「そんな。私の結界が押し負けるなんて」
アウラの魔法に驚くイシアル。その言葉に反応しない。
目の前の全てを消し飛ばした空間にもうユラはいなかった。
声も聞こえなければ反応もない。
それでもその事実を受け止められないアウラは震えた声を漏らす。
「……ユラ。なあ、……ユラ。……おい、いないのか」
あぼつかない足で何の意味もなく広場の中央に歩いていく。
ユラの反応はない。
地面に倒れ込むアウラは土を握り締め、必死に涙をこらえる。
もうここにはいない。
その事実を受け止めないといけない。
歩みを止めてはいけない。
「……いこう」
アウラは立ち上がる。
あちら側でユラと再会したときに恥ずかしくないように。
「アウラ……」
ロザリアはアウラになんて言葉を伝えたらいいかわからなかった。
ロザリアからユラについて聞いたイシアルはアウラの先ほどの発言を謝ったが、アウラはいいよと笑って答えた。
しかし、その瞳が笑っていない事をイシアルは知っている。
島の港に向かって歩き出したアウラはこの島に悲しみを全て置いていくようにユラとの出会いを思い出す。
ユラと初めて出会ったのは呪いの森。アウラはそこでユラに触れ、人のぬくもりを思い出した。そして、一緒に死に方を探した。楽しい時間はあっという間に過ぎ、地縛霊だったユラと別れが来た。
あの時、ユラを殺せなかったアウラは彼女との再会を目標に森を出た。もう会えないと思っていた。
王都デネボラに向かう道を歩いている時。
「ぇ――ねぇ――アウラぁ」
そんな声が聞こえ、遠くからユラが飛んできた。
「ぇ――ねぇ――ねぇ――アウラぁ――アウラってばぁ――」
そうちょうどこんな感じに。
アウラの目から、たまらず涙が溢れ出す。
そして、振り返ったアウラは目の前の光景に笑みをこぼした。
「ねぇーめっちゃふっとばされたんだけどー!あの魔物につかまれてたからさ!アウラの攻撃から逃げるじゃん!私、うぉおぉおぉお~って感じで逃げるアイツに振り回されてさ!結界?消えたからか知らないけど、急にアイツ消えるからそのままぴょぉ~~んって飛ばされたの!」
身振り手振りで大げさに表すユラにアウラは飛びついた。
抱きしめながら、そのぬくもりを感じながら、アウラは泣きながら笑う。
「よかった。よかったよ。戻ってきてくれて。おかえりユラ」
胸に飛び込んできたアウラに驚いたユラだったが、少ししてから笑顔を浮かべた。
胸に顔をうずめるアウラの頭を優しくなでる。
ユラは暖かな声でそっとアウラに語り掛ける。
「ただいま」
ロザリアとイシアルにはユラの姿は見えていなかった。
しかし、アウラの姿を見て、ユラがそこにいることを疑う者は今はいなかった。