第4話 幽霊の少女 ユラ

文字数 3,631文字

「その。……私には触れる事すらできないから」
 少女が指さす方向を見たアウラは魔族の存在を思い出した。
 急に体を向けるアウラの姿に魔族はおじけづく。
 力を出し切った魔族にもう体力は残されていなかった。
 そんな魔族に対してトドメを刺すべく、アウラは賢人の力で残りの魔力と魔族の弱点を見定める。
 青白く光るアウラの目。それは賢者特有の癒しの力。
 その力は相手の状況を細かく判断することができる。
「……賢者だと」
 魔族は驚きの声を漏らす。
 本来、賢者は仲間の傷を癒す。パーティーなら後衛。賢者の力には身を守る手段、戦う力がないからだ。
 しかし、アウラの持つ固有スキル。《物理無効》がその弱点をなくしている。
 ゆっくりと歩いてくるアウラの姿に腰を落とす。
 魔族は生まれて初めて人間に対しての恐怖を感じていた。体を起こすこともできずただ震える。歩いてくるアウラを見つめることしかできなかった。
 目の前に立ったアウラは魔族に右手を伸ばす。
「お前はあまりにも多くの人間を殺しすぎた」
 同時にアウラの手のひらが白く輝き始める。
「その力。……しっている。……お前、あの時の。なぜ、なぜ生きている。何年前だと思っている。この、……化け物が」
 その言葉はアウラには届かない。アウラには覚える価値もないものだったからだ。
 化け物。確かにその通りかもしれない。本当の化け物は自分自身だ。最後の言葉がアウラの胸に引っかかる。
 しかし、攻撃をやめる理由にはならなかった。
 アウラは感情もなく、静かにつぶやいた
「ライトニング……バースト」
 右手のひらから溢れ出す白い光が巨大な魔族の体を包み込む。

 山道を下るアウラと幽霊の少女。
「いいの?あのままで」
 彼女の問いかけにアウラは頷いた。
「脅威が去ったことを伝えられる。それに、彼もまたこの世界を必死に生きていた」
「……そっか」

 数日後、王都中の戦士がリコット村に向かいそこでお腹に大きな風穴を開けられた魔族の死体を発見した。
 村人は魔族により殺され、また魔族も何者かによって殺された。その魔族は古の悪魔、破壊神ダリアムのものだったと、結論がつけられた。



 幽霊の少女は何年もの間、孤独にあの森をさまよっていたようだ。
 地縛霊のために森から出ることができずに気の遠くなるほど長い月日を過ごしていたという。その間に過去の記憶はほとんど消え自分の名前も忘れてしまったようだ。
 だからアウラは彼女にユラという名を付けた。
 ユラもアウラの様に自分の姿が見える人物と初めてあったと言っていた。
 生きていないためどんなものにも隙抜けることができるようだが、アウラの体だけは隙抜けることができないようだ。逆に実態があるように触れるのもアウラだけらしい。
 アウラの固有スキルの一つ《物理無効》。その代償として感覚というものを失っている。アウラの固有スキルがユラの特性を無効化し、触れているのかもしれないがそれだと体に感じる感覚の説明ができない。
 アウラもユラに死ねない事を、死にたいことを伝えた。
 二人は願いまでも一緒だった。アウラもユラも死ぬことを望んでいた。
 それからというもの、互いを知るために行動を共にした。と言っても、ユラは呪いの森の地縛霊。その範囲を超えない程度にぶらぶらするだけだ。
 ユラが気になった事をアウラにお願いする。例えば大穴に頭から落ちる。そんな事してもアウラは傷一つつかない。とっくの昔に試している、至極当然の事実。
 しかし、ユラは見たことがない。どうなるか気になるようで実際にやってみせる。
 頭が地面に突き刺さったまま直立するアウラの姿を見てユラが大爆笑をする。そんなアウラを遊び道具にでも使っているような行動だったが、ユラの笑った顔を見ていたら悪い気もしなくなっていた。
 朝起きたら、頭を獣に加えられており、ユラが爆笑する。炎、水、虫の毒。いろいろな遊びをし、そのたびに爆笑するユラ。
 アウラも同様にユラの体を試し、爆笑した。恥ずかしそうにしたり、同様に笑ったり、楽しい日々はあっという間だった。
「生きてるか、死んでるかの違いで本当に私たち一緒だったね」
「そうだな」
 森の中でアウラとユラは焚火を囲む。
「ねぇ、出なくていいの?シェオールを目指すんでしょ」
「……」
「私に貴方は殺せない。ほら、この前試したじゃん。私は物を持てないし、貴方の首を絞めることはできたけど力が足りなくて殺せはしなかった」
「……」
 ユラはアウラの固有スキルを無視する。その事実は、アウラであればユラを殺せることを恐らく意味している。
 それはユラも理解しているはずだった。
 でも、ここ数日。ユラは一度もアウラにそのお願いをしなかった。でも、それはアウラも一緒だった。
 この数日間の間、アウラは一度もユラを殺す提案をしなかった。
 お互いにずっと孤独に生き、死を求めてきた。
 アウラがユラを殺せばアウラはまた一人になる。アウラがシェオールを目指しこの地を後にすれば、ユラはまた一人になる。
 だからアウラは何も言えなかった。
 こんな話をユラに話を切り出させてしまった、重荷をせをわせてしまった事実をアウラは噛みしめる。
 アウラと違い、ユラは前に進もうとしている。アウラだけが子供ではいられない。
 だから、歯を食いしばり覚悟を決める。
 優雅に宙を浮いているユラ。アウラはそんな彼女に手を差し伸べた。
 ユラはただ優しく微笑んだ。
 私は大丈夫だから、そう言っているように感じる。
 ユラが手を取ると同時に、彼女を地面に押しつけ馬乗りになった。
 そして、彼女の真っ白な喉を両手でつかむ。生々しい触感がアウラに伝わり、固まっていた覚悟が揺らぐ。
 今まで一切の感触もなく生き物を殺め、その手の中で失ってきた。
 しかし、今回は違う。
 迷いを振り切るように指に力を入れる。
 苦しそうに顔を歪めるユラ。始めてみるユラの表情。脳裏に浮かぶ顔は照れくさそうに顔を赤らめたり、満面の笑みで微笑む姿ばかりだった。
 そんな彼女とは違う苦しそうな表情に手の力が緩む。
 ユラの真っ白な綺麗な頬に雫が落ちた。
 アウラは自分が涙を流していることに気が付いた。
 戸惑いと同時にアウラの覚悟が揺らぐ。
 ユラはアウラの頬に手を伸ばし、親指でそっと涙を拭き取った。
 必死に想いを、涙をこらえよおうと歯を食いしばるアウラに、ユラがやさしく声をかける。
「ねえ。私のことはいいの。貴方の願いをかなえて」
 ユラの優しさが、アウラの冷え切った心に温かさを取り戻していく。
 何百年も前に忘れてしまった記憶を取り戻すように。
 抑えきれない感情が涙となり、声にならない叫び声と一緒に溢れ出す。
 アウラはユラを殺せなかった。
 まるで子供の様にわんわん声を上げて泣く。
 そんなアウラをユラは後ろから抱きしめいつまでも頭をなでた。



 次の日を迎える。
 いつの間にか泣きつかれ寝ていたアウラ。
 頭の上にはユラがいた。
 まるでブリッチでもしているかのようにひどい寝相で空中に浮きながら寝ている。
 その姿に思わず笑みがこぼれる。
 ユラを起こさないようにそっと体を起こし小さな声で別れを告げる。
「夢をかなえる方法を見つけたら必ず帰ってくるよ。ユラ」
 アウラは山を下り草原に出る。
 王都デネボラに続く長い道のりを歩く。英雄試練がだいぶ近づいているようで後ろには旅人や商人、村人たちが歩いている。すると後方から微かな耳鳴りがする。
「ぇ――ねぇ――アウラぁ」
 何か名前を呼ばれてる気がしたアウラは振り返ると、一緒に王都を目指している者たちとは違い遠くのほうから物凄い速度で向かってくる物体が見える。
 よく目を凝らすとその物体に驚きを隠せない。
 そして、堪えることができず頬が緩み目に涙がたまる。
 アウラは感情のまま後ろへ走り出した。
 急に前にいたアウラが後ろに走り出したことで皆が驚きおかしな視線を向けるがそんなものには気づかない。
 代わりに大声でアウラは叫ぶ
「ユラ!!!」
「アウラ!!!!」
 アウラの体に物凄いスピードで突っ込むユラ。物理無効の効果を受けないユラの突進で大きく後ろ体をのけぞらせるアウラ。
 二人は抱き付きながら道の真ん中で大きく三回転し、止まった。
「なんか!起きたら、この通路にいて!!!」
「うん!うん!!」
 嬉しそうに泣きながらユラは言葉を続ける。
「理由はわかんないけど!貴方のたびについていけるみたい!やったーーー!!!」
「嬉しいよ!」
「わたしも!!!!」
 二人は奇跡の出会い、感動の再開に笑いあった。
 旅人や商人たちにユラはもちろん見えていない。声も聞こえるはずがない。
 一人でに名前を叫び、道の真ん中で回転し、歓声を上げる。アウラの奇行が映っているだけ。
「ねーなにあれ」「見ちゃいけません」「キチガイ……」
 皆、アウラから距離置く様に通路を通っていく。
 しかし、二人は気づかない。
 そこには、ただ二人だけの幸せの世界が広がっていた。
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