第30話 一生分の救いを得た少女
文字数 4,682文字
魔王城。
ユラはリントブルムでアウラを助けたあの時、魔王ヘルトの手がユラの背中に触れた時、忘れていた生前の記憶を少し思い出していた。
体の小さかったユラが石の祭壇でまつられていた。
たったそれだけの記憶。一瞬の出来事だった。
その瞬間から魔王ヘルトはユラを認識できていたのかもしれない。
ユラは苦しそうに眉をひそめながら必死にヘルトの腕から逃れようと暴れる。しかし、ユラのへなちょこパンチではヘルトに一切のダメージを与えられない。
「ユラ!!!!!!!!」
飛び出すアウラをオノクリアが止める。
「動くな、マタダム!こいつが死ぬぞ」
その言葉にアウラの動きが止まる。
「さぁ、お前が何者か知ろうじゃないか」
勇者の力がユラの過去をのぞく。
それはアウラとの出会い、そして楽しい冒険の数々。一人孤独に漂っていた時の記憶、そして時はさらに飛び、生前のボロボロのユラがとある魔族にサリューヌと名前を与えたときの記憶。
その時、世界が黒く染まった。
ヘルトが戸惑いその力を一旦止める。
「なんだこれは」
ヘルトの問いにオノクリアが答える。
「新たな魔王の誕生です」
少ししてその場にゲートが開くと、中から新たな魔王となったロザリアが現れた。
「まさかユラを?止まれ!」
ロザリアは空を握るヘルトの手を見て察したのだろう。
ロザリアは速かった。オノクリアに命令すると同時に瞬時にヘルトに向かって飛び出す。誰も追いつけない、そのはずだったがオノクリアは違った。
「何で動けるのよ!」
オノクリアは魔王の支配下に置かれていなかった。
「アウラ!」
ロザリアの言葉に我に返ったアウラが飛び出しヘルトの元に向かう。
しかし、ロザリアよりもオノクリアのほうが強かった。それはオノクリアの固有スキルが絶対的な勝利を約束しているからだ。
ロザリアを吹き飛ばしたオノクリアがアウラに迫る。
アウラの手はユラに触れると同時に吹きとばされる。ヘルトには届かない。
然し十分だった。
「なにこれ」
「そういうことか」
驚いているユラに対し魔王ヘルトは納得していた。
「これがアウラの不死のスキル」
ダメージを肩代わりするのではなく、固有スキルを共有する物へと進化したアウラのもう一つの最強のスキル。
「それがどうした。アウラ、ユラは霊なんだろ。勇者の力を忘れたか?」
勇者の紋様が光輝き、ユラの過去をあらわにしていく。
そのまた昔、魔王が生まれるよりも昔の話。
とある村には仕来りがあった。神に無垢なる少女を捧げよと。それを守らなければ神の断罪がその村を襲うと。
その村で供物として選ばれたユラという無垢の少女がいた。
生まれた時から死を決められたユラは誰にも相手にされなかった。無垢でなければいけないために、会話することすら許されなかった。
丁寧に扱われても、その扱いは物以下であった。
今まで何度も生贄として捧げられてきた少女は次第にしゃべらなくなり、感情がなくなっていった。
しかし、ユラは違った。ずっと明るく振る舞っていた。無視されようが、かまわず笑顔で話しかけていた。
村はそんなユラを恐れた。いずれ誰かが話しかけてしまう、無垢な少女ではなくなってしまうと。
ユラは監禁されるようになった。
壁に囲まれた家の中で変わらず食事を運んでくるおばさんに明るく声をかけていたユラ。
返事は何もない。ただいつもの様に掃除をし、ユラの体を洗う。清らかな無垢な少女でいてもらうために。
ある日、庭で一人遊んでいると壁の向こうから何かこすれる音が聞こえた。
ユラは興味津々でその音をたどる。壁の上から顔を乗り出した男の子はユラの姿を見て笑った。
「俺はアウラ。君の名前は?」
その言葉に、その顔に涙を浮かべながらユラは精一杯に微笑んだ。
「私はユラ!」
生まれて初めて会話をしたユラ。彼を好きになるには十分だった。
それから毎日のようにこっそり遊んだ。
しかし、それもすぐに村にバレて大事となった。
もともといたずら好きで、素行が悪く問題児だったアウラ。人を小ばかにし、変に大人びているところがあったので嫌われていた。
公開処刑が決まったのにもかかわらずアウラは笑っていた。その理由はすぐにわかる。
彼は何をされても傷一つ追わなかった。
代わりの無垢なる少女をすぐ用意しようとしても見つからない。10年に一度捧げなければいけない供物。
腹いせにユラを殺そうとする者はいない。なぜなら、皆ユラに同情していたからだ。
村の皆は、アウラに全ての責任を負って貰おう部屋に隔離した。
そんなことで神が許してくれるはずがないと死ぬものや、村から逃げる者もいた。
それから何年たっても祟りが村を襲うことはなかった。
村の人はばつが悪そうにアウラから顔をそむけた。変わらずユラはその家でアウラと遊び、次第に一緒に住むようになった。
人懐っこいユラは次第に村人と仲良くなっていった。憎んでいないユラのやさしさに、皆が心を開く。
そして、罪滅ぼしと言わんばかりに食べ物を持ってきてくれるようになった。
そして、二人はその村で結婚式を挙げた。
しかし、アウラは村人を許す気にはなれなかった。そのせいか、アウラは居場所はなくなり家に引きこもるようになった。
世代交代を始める村人はユラとアウラへの罪を忘れていった。それがアウラは余計に許せなかった。
ユラは外で働きながらアウラと一緒に暮らした。ユラにとってはアウラが一緒にいてくれるだけで幸せだった。
そんなある日、アウラの口から語られた壮絶に長い過去と罪を聞いた。
自分を責め、自分をひどく呪った。死ねない、感覚がなくなっていく体の悲壮を聞いた。
そんなアウラの嘆きを聞いたユラは旅に出た。
アウラを救う手段を求め世界をさまよった。
過去の記憶を消す薬を求めていたユラの前に一人の魔族が現れた。
アンデット系のその魔族は人の人生を食らう、寿命を食らう魔族だった。
だがすでに死にかけており、寿命を食らう力は残ってないようだった。他の魔族とは違う道を選び進化したその魔族は、戦うすべを持たず生き残るすべを持たなかった。
魔族ではよくある進化先を失敗した魔族だった。
そんな死ぬだけの魔族をお人好しのユラは助けた。戦うための魔法を使えない代わりに生み出す魔法に進化していたその魔族はユラのために一つの薬を作った。
それはユラの望んだ記憶を消す薬。
魔族の体の一部を混ぜ込んで作った薬は人の記憶を食らう。魔族は人間の気持ちがわからない。それはユラに関する記憶を消す薬だった。
その薬を飲んだユラは、ゆっくりと、だが確実に記憶を失っていった。帰り道を忘れてしまったユラだったが必死さまよい、ボロボロの姿で何とか帰ってくることができた。
アウラの事を忘れ始めていたユラ。最後にアウラを見ることができた事に満足そうに笑いながら薬を渡した。
「どうしても辛くて、しんどくて、忘れたくなったらその薬を飲んで」
「何でここまで。俺の過去を知って、このありさまを知って」
アウラは俯きながら怒鳴る。ユラの姿を直視できなかった、ユラの姿を見る資格がなかった。
「えへへ。いいの。すきだから、大好きだから、愛してるから」
ユラは静かに笑う。
「なんで俺なんかを」
その優しさがアウラを苦しめた。
アウラと同じ問いかけを薬をくれた魔族がユラにした。
その時と同じように、満足そうに答える。
「あの時、供物として選ばれて生きてた時。おきてを破って壁をよじ登ったアウラが私に声をかけてくれたから。それだけだよ」
ユラは涙を流しながら満面の笑みで微笑んだ。
たったそれだけ。それでも誰にも見向きのされなかった少女にとって、とても大切なことだった。
壁をよじ登ったアウラが挨拶をし、ユラに一緒に遊ぼうと誘った。
そう、……その瞬間。
もうユラは、一生分の救いを得たのだ。
ユラはほとんどの記憶を失った。もうアウラという名前しか覚えていない。
それがだれでどんな人物だったのか思い出せない。しかし、その名前を思い出すたびに側にいてあげないといけないと思った。
森をさまよったユラはもう一度あの魔族に会った。
記憶を失ってもなお、思い人のために何かをしようとしているユラの姿を見てその魔族は提案した。
魔族の子供を産めば、魂をアウラの元に送ってやると。
ユラはその魔族と契約した。ユラの中に入った魔族は浄化された胎児となる。魔族の子供をはらんだユラだったがもうアウラの名前すら忘れてしまっていた。
ただこの子を大切に育てなければいけなかったという記憶を頼りに育てた。
サリューヌとなずけたユラのお腹にいる魔族はユラの体を突き破り、ユラの魂を食らった。
新たな魔族へと転生したサリューヌは魔力に縛られた契約により、ユラの魂をアウラの元に顕現させた。そして、アウラと出会ったユラの魂はアウラに定着し、地縛霊となった。
すべてを思い出したユラはふとホメロンとの会話を思い出した。
魂の泉でホメロンと別れようとした時、ユラを呼び止めた。
「ちょっと待つのだ。ユラ」
「ん?なーに?」
「アウラに自然と惹かれると言っていたな。我もイシアルに魂が自然と引き寄せられる。強い心残りが我をこの世へととどめている。ユラも恐らく同じはずだ。ユラの言うアウラは、ユラが生前一緒に過ごした大切な人のはずだ。お互い思い出せなくとも、そのアウラがユラといったのだから恐らくその名は本当の名だ。孤独に思うことはないぞ、その離れられない制限は、誰にも否定できない確かなアウラとの繋がりだ」
あの時のホメロンに伝えるようにユラは言う。
「孤独じゃなかったよ。最初の人生も、この二回目の人生も。とーっても幸せだった」
そんなユラにアウラが叫ぶ。
「ユラ!」
アウラの声で自分の体が光り輝いていることに気が付いた。
この世界との定着が弱まっている。成仏しようとしてるんだとわかった。
「アウラ!わたしは幸せだったよ!」
「な、なんで。そんあ……待ってくれ、俺はまだ。……ユラ!」
戸惑うアウラにユラは笑顔で続ける。
「大丈夫。アウラの願いも直ぐに叶う。だから先で待ってるね。アウラ、後悔なんてしないでね」
おぼつかない足でユラを追いかけるアウラ。
アウラの伸ばした手は空を切るだけだった。
膝から崩れ落ちたアウラはもう立てなかった。
固有スキルを共有したままユラが消えたため、アウラの体から無敵のスキルがなくなっていた。
五感がアウラの中に蘇っているはずなのだが、最愛の人を、死なないと思っていた人との唐突の別れに心が追い付かない。
「オノクリア、ロザリアに手を出させるな。そして、アウラとのこの戦いに手を出すな」
魔王ヘルトの命を受けたオノクリアがロザリアの動きを止める。
「アウラ!立ちなさいよ!まだ終わってないでしょ!立ちなさいって!」
ユラとの別れで既にアウラの心は死んでいた。
「だいぶ仲良さそうにしていたな」
ユラの過去を見たヘルトはアウラをあざ笑う。
ヘルトの剣がアウラを切ると、頬に赤い線ができ血がにじみ出る。
「なんで!」
ロザリアが思わず叫ぶ。
「これだからこの世界は面白い!!!」
ヘルトは歓声を上げながらアウラのわき腹を刺した。
剣からじわじわと血がにじみ出る。
アウラは痛みに顔を歪ませるが抵抗する様子はない。
それをわかっているのか、ヘルトも一撃でアウラを殺すことはなかった。
朦朧とする意識の中でロザリアの叫び声がこだまする。
しかし、アウラには言葉を返す気力すら残っていなかった。
ユラはリントブルムでアウラを助けたあの時、魔王ヘルトの手がユラの背中に触れた時、忘れていた生前の記憶を少し思い出していた。
体の小さかったユラが石の祭壇でまつられていた。
たったそれだけの記憶。一瞬の出来事だった。
その瞬間から魔王ヘルトはユラを認識できていたのかもしれない。
ユラは苦しそうに眉をひそめながら必死にヘルトの腕から逃れようと暴れる。しかし、ユラのへなちょこパンチではヘルトに一切のダメージを与えられない。
「ユラ!!!!!!!!」
飛び出すアウラをオノクリアが止める。
「動くな、マタダム!こいつが死ぬぞ」
その言葉にアウラの動きが止まる。
「さぁ、お前が何者か知ろうじゃないか」
勇者の力がユラの過去をのぞく。
それはアウラとの出会い、そして楽しい冒険の数々。一人孤独に漂っていた時の記憶、そして時はさらに飛び、生前のボロボロのユラがとある魔族にサリューヌと名前を与えたときの記憶。
その時、世界が黒く染まった。
ヘルトが戸惑いその力を一旦止める。
「なんだこれは」
ヘルトの問いにオノクリアが答える。
「新たな魔王の誕生です」
少ししてその場にゲートが開くと、中から新たな魔王となったロザリアが現れた。
「まさかユラを?止まれ!」
ロザリアは空を握るヘルトの手を見て察したのだろう。
ロザリアは速かった。オノクリアに命令すると同時に瞬時にヘルトに向かって飛び出す。誰も追いつけない、そのはずだったがオノクリアは違った。
「何で動けるのよ!」
オノクリアは魔王の支配下に置かれていなかった。
「アウラ!」
ロザリアの言葉に我に返ったアウラが飛び出しヘルトの元に向かう。
しかし、ロザリアよりもオノクリアのほうが強かった。それはオノクリアの固有スキルが絶対的な勝利を約束しているからだ。
ロザリアを吹き飛ばしたオノクリアがアウラに迫る。
アウラの手はユラに触れると同時に吹きとばされる。ヘルトには届かない。
然し十分だった。
「なにこれ」
「そういうことか」
驚いているユラに対し魔王ヘルトは納得していた。
「これがアウラの不死のスキル」
ダメージを肩代わりするのではなく、固有スキルを共有する物へと進化したアウラのもう一つの最強のスキル。
「それがどうした。アウラ、ユラは霊なんだろ。勇者の力を忘れたか?」
勇者の紋様が光輝き、ユラの過去をあらわにしていく。
そのまた昔、魔王が生まれるよりも昔の話。
とある村には仕来りがあった。神に無垢なる少女を捧げよと。それを守らなければ神の断罪がその村を襲うと。
その村で供物として選ばれたユラという無垢の少女がいた。
生まれた時から死を決められたユラは誰にも相手にされなかった。無垢でなければいけないために、会話することすら許されなかった。
丁寧に扱われても、その扱いは物以下であった。
今まで何度も生贄として捧げられてきた少女は次第にしゃべらなくなり、感情がなくなっていった。
しかし、ユラは違った。ずっと明るく振る舞っていた。無視されようが、かまわず笑顔で話しかけていた。
村はそんなユラを恐れた。いずれ誰かが話しかけてしまう、無垢な少女ではなくなってしまうと。
ユラは監禁されるようになった。
壁に囲まれた家の中で変わらず食事を運んでくるおばさんに明るく声をかけていたユラ。
返事は何もない。ただいつもの様に掃除をし、ユラの体を洗う。清らかな無垢な少女でいてもらうために。
ある日、庭で一人遊んでいると壁の向こうから何かこすれる音が聞こえた。
ユラは興味津々でその音をたどる。壁の上から顔を乗り出した男の子はユラの姿を見て笑った。
「俺はアウラ。君の名前は?」
その言葉に、その顔に涙を浮かべながらユラは精一杯に微笑んだ。
「私はユラ!」
生まれて初めて会話をしたユラ。彼を好きになるには十分だった。
それから毎日のようにこっそり遊んだ。
しかし、それもすぐに村にバレて大事となった。
もともといたずら好きで、素行が悪く問題児だったアウラ。人を小ばかにし、変に大人びているところがあったので嫌われていた。
公開処刑が決まったのにもかかわらずアウラは笑っていた。その理由はすぐにわかる。
彼は何をされても傷一つ追わなかった。
代わりの無垢なる少女をすぐ用意しようとしても見つからない。10年に一度捧げなければいけない供物。
腹いせにユラを殺そうとする者はいない。なぜなら、皆ユラに同情していたからだ。
村の皆は、アウラに全ての責任を負って貰おう部屋に隔離した。
そんなことで神が許してくれるはずがないと死ぬものや、村から逃げる者もいた。
それから何年たっても祟りが村を襲うことはなかった。
村の人はばつが悪そうにアウラから顔をそむけた。変わらずユラはその家でアウラと遊び、次第に一緒に住むようになった。
人懐っこいユラは次第に村人と仲良くなっていった。憎んでいないユラのやさしさに、皆が心を開く。
そして、罪滅ぼしと言わんばかりに食べ物を持ってきてくれるようになった。
そして、二人はその村で結婚式を挙げた。
しかし、アウラは村人を許す気にはなれなかった。そのせいか、アウラは居場所はなくなり家に引きこもるようになった。
世代交代を始める村人はユラとアウラへの罪を忘れていった。それがアウラは余計に許せなかった。
ユラは外で働きながらアウラと一緒に暮らした。ユラにとってはアウラが一緒にいてくれるだけで幸せだった。
そんなある日、アウラの口から語られた壮絶に長い過去と罪を聞いた。
自分を責め、自分をひどく呪った。死ねない、感覚がなくなっていく体の悲壮を聞いた。
そんなアウラの嘆きを聞いたユラは旅に出た。
アウラを救う手段を求め世界をさまよった。
過去の記憶を消す薬を求めていたユラの前に一人の魔族が現れた。
アンデット系のその魔族は人の人生を食らう、寿命を食らう魔族だった。
だがすでに死にかけており、寿命を食らう力は残ってないようだった。他の魔族とは違う道を選び進化したその魔族は、戦うすべを持たず生き残るすべを持たなかった。
魔族ではよくある進化先を失敗した魔族だった。
そんな死ぬだけの魔族をお人好しのユラは助けた。戦うための魔法を使えない代わりに生み出す魔法に進化していたその魔族はユラのために一つの薬を作った。
それはユラの望んだ記憶を消す薬。
魔族の体の一部を混ぜ込んで作った薬は人の記憶を食らう。魔族は人間の気持ちがわからない。それはユラに関する記憶を消す薬だった。
その薬を飲んだユラは、ゆっくりと、だが確実に記憶を失っていった。帰り道を忘れてしまったユラだったが必死さまよい、ボロボロの姿で何とか帰ってくることができた。
アウラの事を忘れ始めていたユラ。最後にアウラを見ることができた事に満足そうに笑いながら薬を渡した。
「どうしても辛くて、しんどくて、忘れたくなったらその薬を飲んで」
「何でここまで。俺の過去を知って、このありさまを知って」
アウラは俯きながら怒鳴る。ユラの姿を直視できなかった、ユラの姿を見る資格がなかった。
「えへへ。いいの。すきだから、大好きだから、愛してるから」
ユラは静かに笑う。
「なんで俺なんかを」
その優しさがアウラを苦しめた。
アウラと同じ問いかけを薬をくれた魔族がユラにした。
その時と同じように、満足そうに答える。
「あの時、供物として選ばれて生きてた時。おきてを破って壁をよじ登ったアウラが私に声をかけてくれたから。それだけだよ」
ユラは涙を流しながら満面の笑みで微笑んだ。
たったそれだけ。それでも誰にも見向きのされなかった少女にとって、とても大切なことだった。
壁をよじ登ったアウラが挨拶をし、ユラに一緒に遊ぼうと誘った。
そう、……その瞬間。
もうユラは、一生分の救いを得たのだ。
ユラはほとんどの記憶を失った。もうアウラという名前しか覚えていない。
それがだれでどんな人物だったのか思い出せない。しかし、その名前を思い出すたびに側にいてあげないといけないと思った。
森をさまよったユラはもう一度あの魔族に会った。
記憶を失ってもなお、思い人のために何かをしようとしているユラの姿を見てその魔族は提案した。
魔族の子供を産めば、魂をアウラの元に送ってやると。
ユラはその魔族と契約した。ユラの中に入った魔族は浄化された胎児となる。魔族の子供をはらんだユラだったがもうアウラの名前すら忘れてしまっていた。
ただこの子を大切に育てなければいけなかったという記憶を頼りに育てた。
サリューヌとなずけたユラのお腹にいる魔族はユラの体を突き破り、ユラの魂を食らった。
新たな魔族へと転生したサリューヌは魔力に縛られた契約により、ユラの魂をアウラの元に顕現させた。そして、アウラと出会ったユラの魂はアウラに定着し、地縛霊となった。
すべてを思い出したユラはふとホメロンとの会話を思い出した。
魂の泉でホメロンと別れようとした時、ユラを呼び止めた。
「ちょっと待つのだ。ユラ」
「ん?なーに?」
「アウラに自然と惹かれると言っていたな。我もイシアルに魂が自然と引き寄せられる。強い心残りが我をこの世へととどめている。ユラも恐らく同じはずだ。ユラの言うアウラは、ユラが生前一緒に過ごした大切な人のはずだ。お互い思い出せなくとも、そのアウラがユラといったのだから恐らくその名は本当の名だ。孤独に思うことはないぞ、その離れられない制限は、誰にも否定できない確かなアウラとの繋がりだ」
あの時のホメロンに伝えるようにユラは言う。
「孤独じゃなかったよ。最初の人生も、この二回目の人生も。とーっても幸せだった」
そんなユラにアウラが叫ぶ。
「ユラ!」
アウラの声で自分の体が光り輝いていることに気が付いた。
この世界との定着が弱まっている。成仏しようとしてるんだとわかった。
「アウラ!わたしは幸せだったよ!」
「な、なんで。そんあ……待ってくれ、俺はまだ。……ユラ!」
戸惑うアウラにユラは笑顔で続ける。
「大丈夫。アウラの願いも直ぐに叶う。だから先で待ってるね。アウラ、後悔なんてしないでね」
おぼつかない足でユラを追いかけるアウラ。
アウラの伸ばした手は空を切るだけだった。
膝から崩れ落ちたアウラはもう立てなかった。
固有スキルを共有したままユラが消えたため、アウラの体から無敵のスキルがなくなっていた。
五感がアウラの中に蘇っているはずなのだが、最愛の人を、死なないと思っていた人との唐突の別れに心が追い付かない。
「オノクリア、ロザリアに手を出させるな。そして、アウラとのこの戦いに手を出すな」
魔王ヘルトの命を受けたオノクリアがロザリアの動きを止める。
「アウラ!立ちなさいよ!まだ終わってないでしょ!立ちなさいって!」
ユラとの別れで既にアウラの心は死んでいた。
「だいぶ仲良さそうにしていたな」
ユラの過去を見たヘルトはアウラをあざ笑う。
ヘルトの剣がアウラを切ると、頬に赤い線ができ血がにじみ出る。
「なんで!」
ロザリアが思わず叫ぶ。
「これだからこの世界は面白い!!!」
ヘルトは歓声を上げながらアウラのわき腹を刺した。
剣からじわじわと血がにじみ出る。
アウラは痛みに顔を歪ませるが抵抗する様子はない。
それをわかっているのか、ヘルトも一撃でアウラを殺すことはなかった。
朦朧とする意識の中でロザリアの叫び声がこだまする。
しかし、アウラには言葉を返す気力すら残っていなかった。