第19話 勇者
文字数 2,461文字
ヘスティのもとにゆっくり歩いていく魔王ヘルト。
ヘスティのいろいろな防衛攻撃がヘルトをかすめるが、傷を与えることはない。全てを無効化するヘルトの前にヘスティの攻撃は無意味だった。
今や、ヘスティに固有スキル《魔王》を発動する余力などほとんどのこってはいない。
「殺す前にお前の過去でも見ておくか」
魔王ヘルトの固有スキル《勇者》
相手に触れた時、相手の過去を時折見ることができる。救うべき時に発動するこの力は、魔王デネボラと対峙した時にも発動した。この力でヘルトは勇者として数えきれないほどの人々と魔族を救ってきた。
本来、コントロールすることのできない能力なのだが、200年を生きたヘルトはコントロールするすべを身に着けていた。
ヘスティはヘルトの《勇者》の力を知っている。
だから、正面で伸ばされるヘルトの手を拒むことはしなかった。
見下ろされるヘルトの冷たい目をヘスティは王座に座りながら黙って見つめ返す。
ヘルトは手を止めた。
あの日、勇者レペンスは初めてミラルフに出会った。
皆が憧れ、祝福し、労った。
しかし、ミラルフだけは勇者に何とも言えない目を向けた。
中身は別物だと知っている。だが、ミラルフとの出会いを思い出したヘルトはヘスティの首元までもっていった手を引っ込めた。
「やめだ。興が醒めた」
「いいの?」
ヘスティの問いに背を向けながら答える。
「《魔王》の力を使えないならわざわざいま殺す必要もない。これは私が楽しむための戦争だ。ヘスティを殺す楽しみは後にとっておく」
「楽しみを見つけられたことはいいこと」
「ああ。ちょうどマタダムを見つけたみたいだ」
ヘルトは悪い笑みを浮かべ、この城を去った。
王座の間に駆けつけるロメオとジョバンナ。
ボロボロとなっているが、玉座にはいつものように冷たい目をしたヘスティ女王陛下が座っていた。
二人は安堵する。
そして何が起きたのかを簡単に聞いたロメオは問いかけた。
「戦争ですか?なぜ勇者は魔王となり戦争を」
「不死が勇者を狂わせたんでしょうね」
冷静に答えるジョバンナにロメオは戸惑う。
「早く周辺諸国にこのことを伝えないと」
ロメオを安心させるようにジョバンナは答えた。
「大丈夫。既にリントブルムにエルギンを使者として送っているわ。今の魔王ヘルトと渡り合えるのは同じく勇者一行のマタダム、アウラだけだから」
「アウラとロザリアはリントブルムにいる」
補足するようにヘスティが小さな声で言った。
ユシカ島。
「アウラ、こっち」
アウラにおんぶされているユラが指さしていた。
イシアルとの話し合いの時、アウラの前にユラが飛び出しロザリアが危険だと教えてくれた。
確かに、強大な魔力であるがロザリアが負けるとは正直思えなかった。
ただ切羽詰まったユラの様子だと相当まずいらしい。
すぐに森を抜け開けた場所でロザリアが魔族につかまっていた。
一目見てすぐに状況を理解したアウラは魔法でニルタリアスの腕を吹き飛ばしロザリアを救出する。
「ロザリア、大丈夫か?」
「ええ」
「ユラがロザリアのこと教えてくれたんだ。それと、さっきはごめん。あの言葉のおかげで助かった、ありがとう」
「別に……。私も悪かったし」
そっぽを向きながら小さな声で言うロザリア。
「貴様、まだ生きておったか」
ニルタリアスの言葉にアウラは反応する。
「久しぶりだな。ずいぶんと階級を上げたようだな」
「ヘルト様に認めてもらって今や大四魔族と呼ばれている」
「そうか。でどうする」
「逃げるに決まっているだろ。勝てない戦いをするほど馬鹿じゃない。引き際を見定める力が我をここまで連れてきたんだ」
「ああ賢いよ。でもお前は見誤った」
「何を」
その言葉と同時に魔力が爆発し島全体が魔力で囲まれる。
結界。魔法を極めたものが使う魔法障壁。その更なる高みに結界が存在する。
魔法障壁が苦手とする物理攻撃までも完封する結界。
それゆえに魔力の消費も激しく、時間もかかり、その割に範囲も狭い。
魔法を極めたものでも人一人一人を包み込むのが限界だ。だが、アウラはその数倍、数十メートルは囲むことができる。
「そんな馬鹿な」
魔力の爆発と同時に数千メートルはくだらない、島全体を囲う結界が展開される。
ニルタリアスの右手から出た魔物が空に飛び立つが、しばらく上った先で結界に阻まれた。
「貴方は逃がさない」
アウラの後ろからこの結界を展開したイシアルが現れる。
「バカな、小娘にそんな力が」
「無理もない。こんな結界を作り上げることができる魔法使いが自分の力を制限していたんだ。普通は気づけない。正直俺もここまでとは思っていなかったよ」
「貴方にホメロンの両親は殺された」
イシアルはニルタリアスの本体が出てくるのを待っていた。ニルタリアスのこともマタダムの目録に書かれていたからだ。それに複数のアンデットは同じ魔力形態をしていることをイシアルは感じ取れていた。
ニルタリアスは分身も眷属も見破られたことは今まで一度もなかった。
「くそがあ!」
ニルタリアスの咆哮と同時に無数の腕と生き物たちが溢れ出す。
「分身で生き残ろうとしても無駄!」
どさくさにまぎれ遠くに向かって逃げ出す小さな魔物達。その頭上に光の槍が生成され体を突き刺した。
皆に迫りくる魔族と腕。
イシアルを守るようにアウラは全てを消し飛ばす。
ロザリアも同様に自分の周りの魔物と腕を切り落とした。
「二回目は効かないわよ!」
地面から伸びる魔法陣の書かれた腕。ロザリアは、アウラとイシアル、自分自身に伸ばされた腕を瞬時に切り落とす。
イシアルを守るようにアウラとロザリアは背中を合わせて並んだ。
「イシアル、俺たちがいる。大丈夫だ」
「任せたわよ!」
イシアルの胸にあふれる安心感と充実感。
信じあい頼り合う人とのつながり。それはイシアルが何年間も忘れてしまっていたものだった。
この数十年分の原動力が、押さえつけていたイシアルの思いが、魔力となって溢れ出す。
「ありがとう。……もう、負ける気がしない!」
ヘスティのいろいろな防衛攻撃がヘルトをかすめるが、傷を与えることはない。全てを無効化するヘルトの前にヘスティの攻撃は無意味だった。
今や、ヘスティに固有スキル《魔王》を発動する余力などほとんどのこってはいない。
「殺す前にお前の過去でも見ておくか」
魔王ヘルトの固有スキル《勇者》
相手に触れた時、相手の過去を時折見ることができる。救うべき時に発動するこの力は、魔王デネボラと対峙した時にも発動した。この力でヘルトは勇者として数えきれないほどの人々と魔族を救ってきた。
本来、コントロールすることのできない能力なのだが、200年を生きたヘルトはコントロールするすべを身に着けていた。
ヘスティはヘルトの《勇者》の力を知っている。
だから、正面で伸ばされるヘルトの手を拒むことはしなかった。
見下ろされるヘルトの冷たい目をヘスティは王座に座りながら黙って見つめ返す。
ヘルトは手を止めた。
あの日、勇者レペンスは初めてミラルフに出会った。
皆が憧れ、祝福し、労った。
しかし、ミラルフだけは勇者に何とも言えない目を向けた。
中身は別物だと知っている。だが、ミラルフとの出会いを思い出したヘルトはヘスティの首元までもっていった手を引っ込めた。
「やめだ。興が醒めた」
「いいの?」
ヘスティの問いに背を向けながら答える。
「《魔王》の力を使えないならわざわざいま殺す必要もない。これは私が楽しむための戦争だ。ヘスティを殺す楽しみは後にとっておく」
「楽しみを見つけられたことはいいこと」
「ああ。ちょうどマタダムを見つけたみたいだ」
ヘルトは悪い笑みを浮かべ、この城を去った。
王座の間に駆けつけるロメオとジョバンナ。
ボロボロとなっているが、玉座にはいつものように冷たい目をしたヘスティ女王陛下が座っていた。
二人は安堵する。
そして何が起きたのかを簡単に聞いたロメオは問いかけた。
「戦争ですか?なぜ勇者は魔王となり戦争を」
「不死が勇者を狂わせたんでしょうね」
冷静に答えるジョバンナにロメオは戸惑う。
「早く周辺諸国にこのことを伝えないと」
ロメオを安心させるようにジョバンナは答えた。
「大丈夫。既にリントブルムにエルギンを使者として送っているわ。今の魔王ヘルトと渡り合えるのは同じく勇者一行のマタダム、アウラだけだから」
「アウラとロザリアはリントブルムにいる」
補足するようにヘスティが小さな声で言った。
ユシカ島。
「アウラ、こっち」
アウラにおんぶされているユラが指さしていた。
イシアルとの話し合いの時、アウラの前にユラが飛び出しロザリアが危険だと教えてくれた。
確かに、強大な魔力であるがロザリアが負けるとは正直思えなかった。
ただ切羽詰まったユラの様子だと相当まずいらしい。
すぐに森を抜け開けた場所でロザリアが魔族につかまっていた。
一目見てすぐに状況を理解したアウラは魔法でニルタリアスの腕を吹き飛ばしロザリアを救出する。
「ロザリア、大丈夫か?」
「ええ」
「ユラがロザリアのこと教えてくれたんだ。それと、さっきはごめん。あの言葉のおかげで助かった、ありがとう」
「別に……。私も悪かったし」
そっぽを向きながら小さな声で言うロザリア。
「貴様、まだ生きておったか」
ニルタリアスの言葉にアウラは反応する。
「久しぶりだな。ずいぶんと階級を上げたようだな」
「ヘルト様に認めてもらって今や大四魔族と呼ばれている」
「そうか。でどうする」
「逃げるに決まっているだろ。勝てない戦いをするほど馬鹿じゃない。引き際を見定める力が我をここまで連れてきたんだ」
「ああ賢いよ。でもお前は見誤った」
「何を」
その言葉と同時に魔力が爆発し島全体が魔力で囲まれる。
結界。魔法を極めたものが使う魔法障壁。その更なる高みに結界が存在する。
魔法障壁が苦手とする物理攻撃までも完封する結界。
それゆえに魔力の消費も激しく、時間もかかり、その割に範囲も狭い。
魔法を極めたものでも人一人一人を包み込むのが限界だ。だが、アウラはその数倍、数十メートルは囲むことができる。
「そんな馬鹿な」
魔力の爆発と同時に数千メートルはくだらない、島全体を囲う結界が展開される。
ニルタリアスの右手から出た魔物が空に飛び立つが、しばらく上った先で結界に阻まれた。
「貴方は逃がさない」
アウラの後ろからこの結界を展開したイシアルが現れる。
「バカな、小娘にそんな力が」
「無理もない。こんな結界を作り上げることができる魔法使いが自分の力を制限していたんだ。普通は気づけない。正直俺もここまでとは思っていなかったよ」
「貴方にホメロンの両親は殺された」
イシアルはニルタリアスの本体が出てくるのを待っていた。ニルタリアスのこともマタダムの目録に書かれていたからだ。それに複数のアンデットは同じ魔力形態をしていることをイシアルは感じ取れていた。
ニルタリアスは分身も眷属も見破られたことは今まで一度もなかった。
「くそがあ!」
ニルタリアスの咆哮と同時に無数の腕と生き物たちが溢れ出す。
「分身で生き残ろうとしても無駄!」
どさくさにまぎれ遠くに向かって逃げ出す小さな魔物達。その頭上に光の槍が生成され体を突き刺した。
皆に迫りくる魔族と腕。
イシアルを守るようにアウラは全てを消し飛ばす。
ロザリアも同様に自分の周りの魔物と腕を切り落とした。
「二回目は効かないわよ!」
地面から伸びる魔法陣の書かれた腕。ロザリアは、アウラとイシアル、自分自身に伸ばされた腕を瞬時に切り落とす。
イシアルを守るようにアウラとロザリアは背中を合わせて並んだ。
「イシアル、俺たちがいる。大丈夫だ」
「任せたわよ!」
イシアルの胸にあふれる安心感と充実感。
信じあい頼り合う人とのつながり。それはイシアルが何年間も忘れてしまっていたものだった。
この数十年分の原動力が、押さえつけていたイシアルの思いが、魔力となって溢れ出す。
「ありがとう。……もう、負ける気がしない!」