27.推論
文字数 2,422文字
「待って。安藤が撃たれることになったのは、事故で……」
最後まで聞かずに、横山さんははっきりと首を振る。
「撃ったのが紫陽 さんなら、そうかもって思うけど。タカトだからね。タイミングからいって、あなた達の話を聞いていたんでしょう? 彼、ああ見えて安藤さんにはかなり思い入れがあるはずだから、昨日今日会った崋山院の関係者のために、ああいう壊し方をする決断をするとは思えないんだよね」
「そう……なの?」
確かに態度の割には仲良さそうだけど……
「安藤さんが撃てと言ったから、撃った。そんなとこじゃないかな。だいたいね? あれ、一般のアンドロイドとは格が違うからね? 内臓をほとんど人工臓器で占めていて、それを脳の代わりに機械 で制御させてた。バイオロイドは中国ではちらほら出てきてるけど、寿命の問題とか、倫理的な問題が――」
私の顔を見て、横山さんはコホン、と咳ばらいを挟んだ。
「――つまりね、安藤さんはかなりのレアケースだったんだよ。それを、ショットガンで撃ち抜くなんて。彼の重要なデータは頭じゃなく、一番安定する胴の中心部に保存されてたから、被害も大きかったし」
「頭じゃないの?」
「頭部にもいくらか分けてあるけど、外敵に襲われた時に狙われる急所からは、基本的に外れるよう作られてる。それを知ってて、あのバカは……! わざととしか思えない。つまり」
横山さんは片頬だけを歪ませて、笑った。
「安藤さんは壊されるべくして、壊されたんだよ」
深いため息で区切りをつけると、彼はひょいと肩をすくめた。
「相応の理由があるはずだし、その理由が崋山院でないのならば、彼自身の可能性もあるかなってとこまでは推測できる。念のために調べさせてもらったけど、残念ながらその猫 には決定的なデータは見当たらなかった。鈴に怪しいお喋り機能が組み込まれてるくらいだ。……ところで、紫陽さんが持ってきてくれた物、何だったと思う?」
「……え?」
かなり近くまで推測されていて、緊張していた私は急な話題転換に意表を突かれた。
「どうも、紫陽さんは何も知らされずに巻き込まれてるみたいだ。ユリさんも安藤さんも、それが一番安全だと思ってたんだろうね。そしてそれは、ある程度成功してる。まったく、人が悪い。あの小さな箱の中身、あれはユリさんからの荷物だった。ユリさんが亡くなってから届けられた。私たちが動けなくなるのを知っていて」
ちょいちょいと指先でついて来いと指示して、横山さんは部屋を出た。
迷いながらも、アンドゥを抱えたまま後を追う。彼は私がついて行かないとは思っていないみたいだった。螺旋階段の下で、こちらを振り返る。
あちこちと視線を走らせながら後を追っていた私は、階段脇の小さな棚に、いくつか写真が乗っているのに気がついた。おそらく家族写真だろう。デジタルフレームではなく、それぞれのフレームに収まっているのが、意外だった。
両親と男女一組の子供が写る記念写真。顔を寄せ合う高校生くらいの一組の男女のスナップ。振袖の女性。初々しいスーツ姿の横山さん……
「これ……」
じっと写真を見つめる私を横山さんは見ている。
「珍しい? データは消えるものだからね。残しておきたいものは、形にもしておいてる」
それも、そうなんだけど……
「この、女性……」
振袖の写真を、遠慮がちに指差す。
二人で写っているのも、きっと横山さんとこの女性だ。
「んー? 何か変? 姉だけど」
「お姉さん……綺麗な、人ですね」
「ありがとう」
綺麗な、モデルみたいな人。黒髪で、少し薄い瞳の色で、ずいぶん印象は柔らかいけれど、ジーナさんに似ている気がした。ふと、自分の手を鼻に近づける。ジーナさんに抱きつかれた時感じた匂いと同じ。
姉弟、なんだろうか。
化粧品くらい、いくらでも同じの使ってる人はいるだろうけど……
思わずまじまじと横山さんの顔を見てしまう。顔も綺麗な肌をしている。似てる? 写真の彼女とは、似てるかもしれない。
「……何? 照れるんだけど」
くすくす笑って、身をひるがえすと、彼は階段を上り始めた。
「見せたいのはそれじゃないよ」
私も透明な板に足を乗せる。でも、情報屋のお姉さんがいますか、とは、ちょっと訊けなかった。
「あの、お姉さんも一緒に仕事してるんですか?」
「いつもではないけど、お互いいくつか仕事持ってるから、一緒にすることもあるね」
今回のことはどうなんだろう。ジーナさんも絡んでるんだろうか。
そもそも、あの荷物はジーナさん宛てだったのだし。情報は共有されていても――
「ジーナの方がいい? 彼女になら話す? なら、呼んでもいいけど」
階段を上り切って私を見下ろすと、横山さんは見透かしたように言った。
歩みを止めてしまって、私はうろたえる。
どのみち、簡単に外に出せる話ではないのだ。ジーナさんの勢いに押し切られるよりは、横山さんのペースの方が楽、かもしれない。
「話せることなんて、ありません」
「うん。意外と強情。状況証拠は結構あるんだけどなぁ」
あっさりと彼はまた歩き出す。
上階は広いリビングルームだった。庭に面した大きな一枚窓から日の光が差し込んでいる。奥の扉に向かう横山さんの背中を見ながら、私はその窓に近づいてみた。端末を確認してみても、やはり圏外で、庭の向こうには高い塀があって景色も確認できない。
「繋がりそう?」
笑みを含んだ声に、ちょっとムッとする。
この部屋にドアは四つ。対面キッチンのある廊下に二つと、今横山さんがいる場所に並んで二つ。横山さんの余裕ぶりを見ると、地下の玄関を除けば、この窓くらいしか外との接点は無いのかもしれない。
仕方なく彼の傍まで行くと、彼は部屋の電子ロックを解除してその扉を開けた。
「このドアは自動ロックだから、入ると密室になるけど、覚悟はいい?」
にこにこと、柔らかい笑顔で発せられる不穏な言葉に慣れつつある自分に、私は心の中で少し呆れて、少し笑った。
最後まで聞かずに、横山さんははっきりと首を振る。
「撃ったのが
「そう……なの?」
確かに態度の割には仲良さそうだけど……
「安藤さんが撃てと言ったから、撃った。そんなとこじゃないかな。だいたいね? あれ、一般のアンドロイドとは格が違うからね? 内臓をほとんど人工臓器で占めていて、それを脳の代わりに
私の顔を見て、横山さんはコホン、と咳ばらいを挟んだ。
「――つまりね、安藤さんはかなりのレアケースだったんだよ。それを、ショットガンで撃ち抜くなんて。彼の重要なデータは頭じゃなく、一番安定する胴の中心部に保存されてたから、被害も大きかったし」
「頭じゃないの?」
「頭部にもいくらか分けてあるけど、外敵に襲われた時に狙われる急所からは、基本的に外れるよう作られてる。それを知ってて、あのバカは……! わざととしか思えない。つまり」
横山さんは片頬だけを歪ませて、笑った。
「安藤さんは壊されるべくして、壊されたんだよ」
深いため息で区切りをつけると、彼はひょいと肩をすくめた。
「相応の理由があるはずだし、その理由が崋山院でないのならば、彼自身の可能性もあるかなってとこまでは推測できる。念のために調べさせてもらったけど、残念ながらその
「……え?」
かなり近くまで推測されていて、緊張していた私は急な話題転換に意表を突かれた。
「どうも、紫陽さんは何も知らされずに巻き込まれてるみたいだ。ユリさんも安藤さんも、それが一番安全だと思ってたんだろうね。そしてそれは、ある程度成功してる。まったく、人が悪い。あの小さな箱の中身、あれはユリさんからの荷物だった。ユリさんが亡くなってから届けられた。私たちが動けなくなるのを知っていて」
ちょいちょいと指先でついて来いと指示して、横山さんは部屋を出た。
迷いながらも、アンドゥを抱えたまま後を追う。彼は私がついて行かないとは思っていないみたいだった。螺旋階段の下で、こちらを振り返る。
あちこちと視線を走らせながら後を追っていた私は、階段脇の小さな棚に、いくつか写真が乗っているのに気がついた。おそらく家族写真だろう。デジタルフレームではなく、それぞれのフレームに収まっているのが、意外だった。
両親と男女一組の子供が写る記念写真。顔を寄せ合う高校生くらいの一組の男女のスナップ。振袖の女性。初々しいスーツ姿の横山さん……
「これ……」
じっと写真を見つめる私を横山さんは見ている。
「珍しい? データは消えるものだからね。残しておきたいものは、形にもしておいてる」
それも、そうなんだけど……
「この、女性……」
振袖の写真を、遠慮がちに指差す。
二人で写っているのも、きっと横山さんとこの女性だ。
「んー? 何か変? 姉だけど」
「お姉さん……綺麗な、人ですね」
「ありがとう」
綺麗な、モデルみたいな人。黒髪で、少し薄い瞳の色で、ずいぶん印象は柔らかいけれど、ジーナさんに似ている気がした。ふと、自分の手を鼻に近づける。ジーナさんに抱きつかれた時感じた匂いと同じ。
姉弟、なんだろうか。
化粧品くらい、いくらでも同じの使ってる人はいるだろうけど……
思わずまじまじと横山さんの顔を見てしまう。顔も綺麗な肌をしている。似てる? 写真の彼女とは、似てるかもしれない。
「……何? 照れるんだけど」
くすくす笑って、身をひるがえすと、彼は階段を上り始めた。
「見せたいのはそれじゃないよ」
私も透明な板に足を乗せる。でも、情報屋のお姉さんがいますか、とは、ちょっと訊けなかった。
「あの、お姉さんも一緒に仕事してるんですか?」
「いつもではないけど、お互いいくつか仕事持ってるから、一緒にすることもあるね」
今回のことはどうなんだろう。ジーナさんも絡んでるんだろうか。
そもそも、あの荷物はジーナさん宛てだったのだし。情報は共有されていても――
「ジーナの方がいい? 彼女になら話す? なら、呼んでもいいけど」
階段を上り切って私を見下ろすと、横山さんは見透かしたように言った。
歩みを止めてしまって、私はうろたえる。
どのみち、簡単に外に出せる話ではないのだ。ジーナさんの勢いに押し切られるよりは、横山さんのペースの方が楽、かもしれない。
「話せることなんて、ありません」
「うん。意外と強情。状況証拠は結構あるんだけどなぁ」
あっさりと彼はまた歩き出す。
上階は広いリビングルームだった。庭に面した大きな一枚窓から日の光が差し込んでいる。奥の扉に向かう横山さんの背中を見ながら、私はその窓に近づいてみた。端末を確認してみても、やはり圏外で、庭の向こうには高い塀があって景色も確認できない。
「繋がりそう?」
笑みを含んだ声に、ちょっとムッとする。
この部屋にドアは四つ。対面キッチンのある廊下に二つと、今横山さんがいる場所に並んで二つ。横山さんの余裕ぶりを見ると、地下の玄関を除けば、この窓くらいしか外との接点は無いのかもしれない。
仕方なく彼の傍まで行くと、彼は部屋の電子ロックを解除してその扉を開けた。
「このドアは自動ロックだから、入ると密室になるけど、覚悟はいい?」
にこにこと、柔らかい笑顔で発せられる不穏な言葉に慣れつつある自分に、私は心の中で少し呆れて、少し笑った。