30.不安

文字数 2,099文字

 ツバメは少し後ずさると、端末を取り出して何か操作した。そのままその端末を私に放り投げる。
 慌ててキャッチしたものの、どうしていいか判らない。

「そのまま通信すれば親父さんに繋がる。連絡しとけ。で、部屋から出んな!」
「え……え、ツバメは、端末……」
「無くても大丈夫だ」

 そのまま彼は横山さんの助手席に乗り込んで行ってしまった。
 人のことは言えないけれど、他人に端末を預けるなんて、なんて不用心なんだろう。私が色々覗いたりするとか、勝手に買い物するとか思わないんだろうか。
 その思いはすぐに振り払われた。ツバメがロックをかけていないわけがない。私には覗くこともできないと思ってるんだろう。
 部屋に戻って、最低限だったアンドゥの充電をもう一度開始する。
 それから、ツバメの端末を操作した。
 数コールで父さんのよそいきの声が聞こえてくる。

「父さん?」

 端末の向こうで、息を呑む気配がした。

紫陽(しはる)、か? 大丈夫か? 今、どこに』
「部屋にいるよ。大丈夫。えっと……」

 何から話そうか少し迷う。

『アンドゥは? 彼を心配して連絡してきたんだろう? すまなかった』
「アンドゥも一緒。横山さんが、届けに来てくれて……」
『あぁ……やっぱり。彼に、何か……』
「お家に連れていかれたけど、えーと、結果的には、何も……今、ツバメが一緒に行っちゃって……」
『津波黒君が?』

 明らかにほっとした声は、次に疑問に傾げられた。

「うん……あの、あのね、父さん。母さんのこと……もしかして、みんな、私にだけわざと黙ってるの?」

 通信が切れたかのように、一秒、二秒と空白の時間が過ぎる。

『そんな話を、彼が?』

 棘のある声は、凄みがあった。

「ううん。違うの。横山さんは、ツバメが母さんを知ってるということを、私が知ってると思ってたみたい。ちょっと口を滑らせて……でも、言えないからって。それを聞いちゃったら、みんな同じような理由で母さんの話をしないのかなって、ちょっと、思って。私は、やっぱり聞かない方がいい話なの?」

 深いため息に、そうだと肯定されることが怖かった。

『紫陽は、空気を読んで黙ってる子だったから……ここまで話さなくても良かったのが、おかしいのかもしれないね。訊いてくれてありがとう。通信機越しにする話ではないから、今度、顔を見て話そう』
「……うん」

 先延ばしではあったけど、話してくれそうなことにほっとする。
 父さんには簡単に訊けたのに、じゃあ、ツバメにも、と思ったとき、胃の辺りがキュッと縮む思いがした。通話を切って、手の中の端末をじっと見る。そんなこと、してはいけないのに、この中身を見られたらという思いがよぎる。
 そうすれば、もう少しツバメのことが分かるのではないかと……

 にゃあ。という声に心臓が早くなった。
 安藤なら、できる? 安藤なら……

 急に、恥ずかしくなった。安藤なら、そんなことに協力してくれない。「後悔しませんか」とたしなめてくれる。
 私はイヤホンを取り出してつけた。

「アンドゥ。パーティは大変だったね」
『…………』
「調子はどう?」
「にゃあ」

 自分の部屋の中なのに、安藤が一言も答えてくれなくて、じわりと不安がこみ上げてきた。だけど、横山さんが盗聴器の類をつけていないとも限らない。ツバメにちゃんと見てもらうまでは、不用意なことは口にできなかった。

「アンドゥ……」

 私を見上げる青い目は変わらない。
 本当に、壊れてしまったのだとしたら――不安で胸がいっぱいになって、ほぅと口から漏れ出した。


 ☆


 ツバメが帰ってきたのは一時間半ほど過ぎてからだった。
 玄関先でアンドゥのチェックをして、いくつかの小さな物体を、前にジーナさんの名刺を挟んだ機械で挟んで壊してしまう。磁気と電流で無効化してしまえるものらしい。

「入ればいいのに」
「ウルセ。親父さんにどやされたくねぇんだよ」
「父さん? 何かあった?」
「あったっつーか……話、すんなら、昼食いがてらにしよう。食ったか?」
「ううん」
「じゃあ、出ようぜ」
「外の方がいいの?」
「人のいるとこの方が、雑音は多いだろ……」

 そわそわと落ち着きがないのは、静かに真面目に話すのは嫌だということだろうか。それは、私が訊こうとしていることを分かっているからなのかな。それでも、誰にも聞かせられないような話じゃなさそうで、少し気が軽くなる。

「外だとタバコ吸えないよ?」
「あいつの車で散々吸ってやった。から、大丈夫」

 顔を顰める横山さんが思い浮かんで可笑しかったけど、アンドゥのこともあって、とても笑える気分ではなかった。

「そう……あの、ツバメ? アンドゥ、お喋りしてくれないんだけど……」

 ん? と眉をひそめて、ツバメはアンドゥの鈴を弾いた。
 アンドゥはその手に猫パンチを繰り出す。

「にゃあ」

 軽く首を傾げながら、それでもツバメは立ち上がる。

「完全に電源落とされてたんだったか。飯食ってから確認してやる。とりあえず、腹ごしらえだ」

 ツバメにしてみれば、そう難しい問題ではないのか、軽く請け負ってくれたので少しだけ安心する。ただの猫のようなアンドゥをキャリーに入れて、私たちは家を出た。
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