第18話  ぼんくら男

文字数 1,865文字

先日、更新面談があった。
二月から四月末までの大繁忙期の間、私一人とんでもない扱いを受けたから、更新せずに辞めてやろうかと思っていたが、あの理不尽な扱いと忙しさを耐えきったのだ。
あの期間を耐えきったのに、いま辞めるのはもったいない気がした。
『砂の手』である私のチームリーダー、智香の無能さと人情の無さを訴えるチャンスだとも思った。
運営の長であるセンター長と、底辺のいち従業員は直接話をすることができない。
必ず所属チームの管理者を挟むか同席が基本。
一対一でセンター長と話ができるのは、四か月に一回のこの更新面談のみ。
話が分かる人かもしれないと、少し期待していた。
今年二月から新しく着任してきたからだ。
センター長の中で一番若くてイケメンと評判の男。
三十代後半で確かにイケメン。
物腰も柔らかい。
ただ、雰囲気が無能女の智香に似ているのが気になった。
智香は今年六十三歳。
他の管理者たちから陰で、
「おばあちゃんで恋愛脳。頭がお花畑」
と言われている。
その智香に雰囲気が似ているセンター長に、嫌な予感がした。

始まった更新面談は、センター長からの初めましての挨拶から始まった。
二月に着任してからの、今更感満載の挨拶。
しかも一番力を入れて口にしたのは、
「裕也」
という、自分の名前の部分だった。
まるで、
「俺の事は『裕也』と呼んでくれ!」
白い歯・キラ~ン、といった勢い。
苦笑しか出なかった私のそれを、笑顔と捉えたようで、人懐っこい笑顔を私に向けて、
「何か困った事はないですか?」
と聞いてきた。
智香のことを言うなら今だ!
そう思ったが、一瞬躊躇してしまった。
目の前の『裕也』という男の顔が『あほ面』に見えたからだ。
言葉を発するのに間を作ってしまったために、私より先にこの『裕也』が話し始めた。
「困っているといえば、実は俺、家が二つあるんですよ」
え?
突然なにを言いだすのだ、裕也。
「俺ね、奥さんと子供三人いるんですけど、いま別な人と住んでまして。その人との間にも子供がいてて、こないだこっちの子供が小学校に入学しまして。俺はもう七年くらい前から今の人と一緒に暮らしているんですけど、まだ奥さんの方と離婚できてなくて。俺は離婚したいんですけど、うまく離婚できなくて困ってるんですよね~」
誰に語っているのかと思った。
私以外に誰か同席しているのか、辺りを見回してしまった。
一瞬私はどこにいるのかと思った。
会社の会議室で、確か私の更新面談だったはずだ。
時間は午後三時。
お酒はもちろん、お茶すらなく、お互いなにも飲んでいない。
そもそも私と裕也は初対面だ。
裕也がセンター長として着任したとき、朝礼でボヤっとした挨拶をしていたが、百人近くいる従業員の一番前でのことで、私は逆に一番後ろにいた。
私は裕也の顔と名前をその時知ったが、裕也が私の存在を知ったのはこの日が初めてだ。
本社から更新者の連絡が来て、センター長だから面談を行っているだけだ。
困った事はないかと自分から聞いておいて、私の返事を待たずに自分の事を、しかももの凄くプライベートなことを語りだすとは。
立場と何の面談かを考えれば『困りごと』は明確なはずだ。
智香の無能さや私に対しての非人道的な仕打ちを訴えたかったけれど、言うのを止めた。
三人と一人の、計四人の子持ちの裕也は、
「やっぱ弁護士を入れた方がいいですかね~?」
と言って、妙な笑顔を向けてきた。
裕也はさらに、いま一緒にいる女性が同じ会社にいること、その人の名前や違うセンターで副長をしていることなどを語った。
自慢なのか? ノロケているのか? 裕也。
『あほ面』だと思った私の直感は当たっていた。
こんな男でも三十代後半でセンター長になれるとは。
現状シングルマザーで、副長をしている裕也の女。
福利厚生や会社の規模は申し分ないのに、クズばかりが管理職になる不思議。
本当なら、こんな会社早々に辞めるべきなのだろうが、残念ながらこんなクズたちよりも、もっと需要がない私。

『現実』にひれ伏すように、とりあえず今回は更新することにした。
これでひとまず四か月間はここで働くことが決まった。
「新人なのに、色々知識があるって聞いてますよ」
お世辞のつもりか、裕也が言った。
「他部署で五年勤めていましたから」
と言ったら、
「えっ、そうなんですか?」
と裕也は驚いていた。
私が他部署で五年間おり、そこでは実績を積んでいたことを管理者たちはみな情報として知っているのに、センター長である裕也は知らなかった。
ため息しか出なかった。

四か月後、またコイツと実の無い面談をするのかと思うと、いまから憂鬱だ。














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