第16話 「ごねんね」が軽すぎる

文字数 1,412文字

伸ばしてくれた救いの手。
それは間違いないと思う。
ただそれは、当てにするにはあまりにも頼りなかった。

今、どんどん悪い方向に向かっている。
入社十か月後には自動的になれるはずの、固定給制度がなくなった。
センター長が変わってしまったのだ。
せめて私を固定給契約にしてから異動してほしかった。
センター長が変わったことで、前センター長が作った制度が全てリセットされてしまった。
ここに来たいと思った理由の一つに、固定給になれるからがあった。
いや、それがすごく大きかった。
前部署を含め、他部署でそれは見込めない。
この花形部署だからこその話。
一度固定給契約になれば、逆戻りはない。
それを光と思っていたのに。
私に手を差し伸べてくれた管理者は言った。
「ごねんね~」
と。
私は心の中で思った。
「ごめんで済むか!」
せめて新しいセンター長に何か働きかけしてよ、と。
もちろん、そんなものはない。
さらに、突然来週から私の業務が変わる。
座席も替わる。
あの、嫌いな人の隣は変わらずで、右側から左側に変わる。
聞いてない!
私はひと言も聞いてない!
そう言ったら、
「ごめんね~」
と、言った。
事前に言えよ!
打診しろよ!
なんだこれは?
扱いが酷くないか?
いまこの管理者は、私が嫌いな人と一番仲がいい。
出勤も退社も一緒だ。
この人が稼ぐために、毎日残業することを容認している。
この人だけ、毎日二時間以上残業している。
それを良しとしている。
稼ぎたいと思うのは自由だし、私にもその欲はあるが、しかし毎日二時間以上の残業をこの人にだけ容認するのはおかしいだろう。

私に手を差し伸べてくれた管理者は、基本優しい。
優しいから、色んな人と仲良くなる。
そして管理者だから、ほんの少しの融通や優遇ができる。
私もその手を掴んでここに来た。
甘い汁を吸いにきた。
だから、面と向かって文句は言えない。
前部署の人はもちろん、仲良しさんにも愚痴れない。
でもこの管理者は過去に、十人近くに同じように手を差し伸べているのだ。
「そこが嫌ならこっちにおいでよ」
と。
みんな、その手を掴んだ。
でも、再入社はできなかった。
できたのは、私だけ。
私には、前部署の管理者からの推しがあった。
それがない人たちは、この手を掴んで失敗した。
その度に、
「ごめんね~」
と、言ってきたそうだ。
「再入社できると思ったのよ~」
その手を当てにして、みんな私と同じようにいったん退職した。
再入社は確実だと言われたから。
「私の紹介だから大丈夫」
そう言われたら、信じるだろう。
私も信じた。
でも、みんなダメだった。
退職したという事は、無職になるという事。
再入社が確実だと言われたから、そうしたのだ。
ダメになったら、一番困るのはその手を掴んでしまった本人だ。
危うく私も、そうなるところだった。
今になって思う。
私が感謝するべきは、手を差し伸べてくれたこの管理者ではなく、私を悪く言わなかった前部署の管理者の方だと。
この管理者の手は、言葉は、全く当てにできない。

この管理者を信じたがために退職し無職になってしまった人たちとは、疎遠になったそうだ。
「なんか、恨まれたのよ~」
と。
当然だろう。
人の人生を、未来を台無しにしたのだから、恨まれて当たり前だ。
仮に私が再入社できていなかったら、私も貴女を恨むだろう。
その手は、あまりにも頼りない。
まるで『砂の手』だ。

貴女に言いたい。
人の人生を、人の感情を何だと思っているのだ?
貴女の言う、
「ごめんね~」
は、あまりにも軽すぎる!
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