第14話 捨てたキャリア

文字数 2,053文字

花形部署に勤務して二か月。
すごく嫌いで目障りな人がいる。
よりによって、隣の席だ。

私に手を差し伸べてくれた管理者が、この人にも手を差し伸べていた。
この人は私と違って、前部署から異動できた。
私はこの人が嫌いだ。
なぜこの人にまで手を差し伸べたのか、疑問に思う。
管理者の話ではいい人で、だから逆に前部署ではいじめられたのだと。
だから呼んだのだと。
二か月過ぎて思う。
「ああ、この人は確かにいじめられるだろうな」
と。
大人しいからいじめられるのではなく、自己主張が激し過ぎて、思ったことを全部口に出すからいじめられる人だ。
私がこの人を嫌いなように、この人もまた、私のことが嫌いなようで、私に対してはあからさまに無視というか、質問しても、
「私に聞かないでください」
と、シャットアウトしてくる。
そのくせ、他の人にはもの凄く積極的に話しかけ、自分をアピールしている。
まだここに勤務して二か月なのに、全ての人にため口で喋っている。
この人にとってはそれが『気さく』ということらしい。
確かにチームのメンバー全員が年下だ。
しかもひと回り以上年下が多い。
一番年齢が近い人でも十歳下。
この花形部署は立ち上がってまだ一年半。
だから他部署からの異動ではなく新規採用者は必然的にキャリア一年半ということになる。
早速この人は語っていた。
他部署から異動してきたこと、実はここが四か所目であること、これまで何をしてきたのか、会社での勤務年数は三年になること等など。
チームの人達は、ほうほうと感心し、
「じゃあ、私たちよりめちゃ先輩ですし、お姉さまですね!」
と、口々に言った。
「まあ、そうだけど、ここではみんなのほうが先輩だよ」
と、答えた顔には大きな優越感が漂っていた。
そして、
「ここ、最高ね! すごくいい所。みんなと仲良くできてるし、何の不満もないわ」
と、言っていた。
その『みんな』の中に、私だけは入ってないけどね。
確かに毎日、この人は楽しそうだ。
悪目立ちしている気もするが、特にまだいじめの兆候もないし、そもそもこの会社に勤める人の特徴として、勝気ですぐに文句を言う人には弱い。
逆に大人しくて文句が言えない者には容赦なくいじめてくる。
私は今、その危険水域にいる。
私はこれまでの失敗をしたくないから、この部署ではほとんど人と喋らない。
毎日黙々と業務を行っている。
今の私のモットーは『極力目立たない』ことだ。
「あの人、名前なんだっけ?」
そう言われるくらいに影の薄い人になろうと努めている。
目立って良いことは何もないことを、これまでの人生で痛感している。
私はこれまで目立ってばかりいた。
無意識だけれど、いつの間にか最前列にいて、常に注目を浴びて人間関係や話題の中心にいた。
いつもいつもそうだった。
初めのうちは、それでもいい。
注目の的になるのは心地良い。
でも、いずれそれは凋落をむかえる。
出る杭は、激しく打たれるのだ。
頂点から叩き落される辛さを、私はもう味わいたくない。
これまで何度もその辛さを味わって、その度にひどく傷ついてきた。
仲が良かった人たちがいつの間にか敵になり、疎遠になった。
私のいない所で、私の悪口が繰り広げられるようになる。
現にいまも、前部署のみんなから、私の再入社に対してブーイングが起きているのだから。
私はもう傷つきたくない。
傷つかずにすむのなら、いくらでもひっそりとする。

ただ、私はこの人が嫌いだから、この人の自分自慢の話が聞こえたとき、心の中で毒づいていた。
「私とあなたは同い年だ」
と。
「実は私のキャリアは五年。六年目に突入しているんだぞ」
と。
「一番の先輩は、私だ」
そう、心の中で叫んでいたし、なんならみんなに向かってぶちまけたい!
ぶちまけて、この人に対してマウントを取りたい。
毎日毎日私に対してのあからさまなマウントに、大きな鉄槌をくだしてやりたい。
でも、できない。
ひっそりしていたいというのもあるが、そもそも私のキャリアは入社二か月なのだ。
五年いた前部署を、私は退職している。
五年の在職年数は、退職したからそこで終わった。
そうしないと、私はこの部署にこれなかった。
再入社という形でしか、私には道がなかった。
本当は私こそが異動であったはずなのに。
異動であれば、キャリアは全て引き継がれる。
私がなんと叫ぼうと、会社の書類上は私はただの新人だ。
いまだに会社の健康保険証すら手元にない。
今月やっと試用期間が明けたばかり。
退職という手段しかなかったから、給料面だけを考えたら、その選択をしても価値はあると思うけれど、この人の振る舞いを見ると、何とも言えない悔しさを感じる。

私を呼んでくれた管理者に口止めしているし、私自身今後も言う気はないけれど、この人を、いやこの人を含めチームのみんなを私の前にひれ伏せさせたい。
「跪け!」
そう思っている。

こんな風に思うから、私こそがハブられてしまうのだろう。
ほとんど喋らないから、すでに孤立しているけれど。

歯がゆくて、悔しい。
捨てざるをえなかったキャリアに対して、後悔、というか、未練な思いが心に広がる。
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