第12話 椅子の奪い合い

文字数 2,097文字

昨日、面接に行ってきた。
なんの茶番かと思うが、先月まで在籍していた会社の面接だ。

5年間勤めた会社。
このコロナ禍にあっても絶対に潰れない、安定した会社で福利厚生も完璧。
有給消化は100%、残業代は1分単位で完全支給。
規模が大きく、ゆえに部署が多い。
そうなると、必然的に良い部署と悪い部署が出てくる。
良い部署に配属されればいいが、そうでないと辛い思いをする。
精神を病んでしまい、休職や退職してしまう者も実は多い。
どの部署に所属されるかが、今後を大きく左右する。
『部署ガチャ』と表現すればよいか。
私が5年間いた部署は、初めは良かった。
立上げ部署で、組織図的にかなり上位に位置づけされていた。
いずれ花形部署になりうると言われていた。
それがいつの間にか、どんどん下位に落ちていった。
時給は5年の間で一回しか上がらず、他部署であれば5年も勤怠よく在籍していれば月給制のキャリア社員になれたり管理職のお声がかかるのに、誰一人何にもなれていない。
昇給、昇格が一切ないのだ。
当初からいる管理者たちが、自分たちの既得権を守ることに腐心している。
できる人の芽を摘み、邪魔をする。
私も邪魔をされた一人だ。
会社から見放された部署ゆえに、逆に管理者たちは好き放題できる。
理不尽な思いを抱えて沸々としていたら、他部署の管理者から声をかけてもらえた。
「うちの部署においでよ」
と。
時給が高く、しかも10ヶ月間勤怠よく勤めれば、自動的に月給制のキャリア社員になれるという。
同じ会社なのに、こんなにも待遇が違うとは!
花形部署の予算の多さと、管理者の器の違いに驚きを感じた。
「おいでよ」
と声をかけてもらえた私は、異動を希望した。
5年も同じ部署に居るし、そもそも管理者から直々に声をかけてもらえたのだ。
しかし、私の異動希望は却下された。
他の部署なら異動させてやるが、そこだけは駄目だと言われた。
私の希望を通したら、みんなも真似をするから、と。
みんなが花形部署にいきたがるから、と。
確かにそう言われればそうだが、たとえ全員がその花形部署への異動を希望しても、受け入れるかどうかは向こうの判断。
そこの管理者が断れば、どのみち異動はできない。
私はそもそも花形部署の管理者から直接声をかけてもらえているのだ。
打診をしてくれさえすれば、私は翌日から異動できるのだ。
「だから、打診はしません」
それが、この下層部署の管理者の回答だった。
下層部署であっても、業務を行うために人はいる。
花形部署とは逆に、誰もこの下層部署に異動を希望する者などいない。
断る者はいるけれど。
だからいま居る者は、ここに縛り付けておく。
「5年も居たんでしょう。じゃあ、今後もここで頑張れるよね」
だった。
こんな、昇給も昇格も全くない部署に今後も縛られるなんて御免だ。
しかも、いま私には差し伸べられている腕があるのだ。
いまこそ、その腕をつかむべきだ。
花形部署にいくために残された道は、もう一つしかなかった。
いったん退職して、再入社すること。
貯めていた有給も捨て、無保険になっての再応募。
この道しかなかった。
先月末、私は退職手続きを終え、今月3日にこの花形部署の求人に応募した。
私が応募できるようにと、声をかけてくれた管理者が出してくれた求人だった。

そして昨日、行ってきた面接。
履歴書を見た採用担当者に、再応募のことを突っ込まれるなと覚悟をして面接場所に到着したら、私以外に3人来ていた。
計4人の集団面接で、しかも他の3人も私と同じ再入社希望だった。
全員が、私と同じだった。
下層扱いの部署をいったん辞めて、この花形部署の求人に応募してきたのだ。
花形部署の椅子の奪い合い。
みな、自分を懸命にアピールしていた。
みな、前職場を辞めた理由をまことしやかに語っていた。
本音は、
「待遇の良いこの部署に行きたい」
で、それが透けて見えた。
もちろん、私もそう。
隠しても、隠し切れない。
『部署ガチャ』に負けた者は、こうやって椅子を奪いに行くか、下層部署で鬱々と報われない思いを抱えて業務をこなすか、どちらかだ。
採用担当者は、私たち一人一人に始終笑顔で対峙していた。
丁寧に面接を行っていた。
それぞれが語る内容を大きく頷きながら、素早くメモを取っていった。
その、包み込むような笑顔の下で、きっと私たちのことを嘲笑っていただろう。
「なんて、浅ましい奴ら」
と。
私には、採用担当者の心の声が聞こえていた。
この規模の大きな安定企業の、本社勤務の採用担当者。
まさに花形部署の人間。
『部署ガチャ』に勝った人間に、下層部署に押しやられた者のジクジクたる思いなど分かるはずもない。
私自身が自分のことは棚に上げて、3人の必死さに引いてしまったくらいなのだから。

採否の結果は3日以内に行われ、採用者にのみ電話連絡が来るそうだ。
みな、
「どうか、自分に電話がきますように」
という顔をして説明を聞いていた。
いや、
「自分にだけ、電話がきますように」
という顔をしていた。
もちろん、私も。
椅子の数はたった2つ。
すでに選考中が10人を越えていると言われた。
さらに、面接予定者がまだ6人もいるという。

醜く浅ましい椅子の奪い合いの中に、私もいる。










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