第19話 愚痴る難しさ

文字数 2,014文字

愚痴を聞いてもらうと、気持ちが少しすっきりする。
理想は、言いたいだけ言わせてくれて、頷きを添えて聞いてくれればいい。
発した愚痴の数々を、無条件に肯定してくれればいい。
私の場合、そこにアドバイスは求めていない。
正論は、もっといらない。
現状に不満があるから、愚痴が出る。
現状を変えられないから、愚痴になる。
そこのところを踏まえてほしいのに、人によってはあれこれと助言をくれることがある。
それらは全てごもっともなご意見で、内心、
「そんなことは言われなくても分かっている」
ことなので、段々と愚痴りにくくなってくる。
現状私の愚痴の大半、いや、全ては会社の人間関係のことで、究極の結論はただ一つ。
「そんな会社、辞めれば」
だ。
そう、こんな会社辞めるのが一番だと分かっているけれど、そう簡単にできないから、モヤモヤ・悶々として愚痴になるのだ。
これまでも私は何度か転職している。
転職をする度に思うのが、手続きの猥雑さ、だ。
保険や税金等、各種社会保険の切り替え手続きの、まあ面倒なこと。
市役所に税務署、さらにはハローワークと、なぜ一か所で一度に済ますことができないのか?
マイナンバーは一体何のためにあるのか?
退職したら自分で各種切替手続きをして、再就職できたらできたで、色んな書類を揃えて会社に改めて提出しなければならない。
全て役所関連なので平日の午後五時までと時間の制約がある。
何度経験しても、面倒くさくて億劫になる。
いま退職したら、またこれを行うのか。
前回の退職からまだ半年。
再び退職手続きをして、仕事探して、履歴書と職務経歴書を書いて、緊張して面接されて。
で、採用されたらまた書類を揃えて提出して。
求職期間中に税金と保険と年金の納付書が届いて、個人で支払い、再入社できたら二重払いにならないように気を付けて。
はあ。
もうこのループをやりたくない。
いまの部署で楽しく定着できると思ったけれど、理不尽さや管理者の無能さに日々イライラ・ムカムカするのだけれど、かといって簡単に辞めることができないから愚痴が出るのだ。
会社の愚痴は、できれば会社とは無関係な人に言いたい。
会社の同僚との愚痴り合いは、共感が大きくて楽しいのだけれど、話が漏れるというハイリスクが伴う。
ただの愚痴が、尾ひれ背びれがついて悪い方へ大きくなる。
だから会社と関係のない、世間でいう所の『友だち』に愚痴るのだが『友だち』ゆえに、愚痴を聞いてくれるだけでは終わらない。
私のためを思っての、ごもっともなアドバイスが付いてくる。
曰く、
「早く辞めた方がいい。貴女ならもっと良い会社がある。能力がもったいない」
とのこと。
有難くも、気持ちが沈むアドバイス。
早く辞めた方がいいのは分かっている。
もっと良い会社はあるだろうけれど、もっと悪い会社の方が遥かに多い。
私に能力があっても、それを評価するのは友だちではなく会社だ。
そもそも能力が正当に評価されるとは限らない。
能力を正当に評価してくれる良い会社が、私を採用してくれる保証はどこにもない。
そんな良い会社には、いい人材が集まってくるのだから、会社の方が人を選べる。
そもそも、私に需要があるとはもう思えない。
十年前なら、いや十五年前なら、うんと強気でいけただろう。
真剣にアドバイスをくれる友人のような若さがあれば。
友人は二十代後半。
彼女もまた、昨年秋に転職した。
日本を代表する会社の正社員になれた。
それだけ彼女には需要があって、能力もあって、それを評価してくれる会社に採用された。
私は六年前の転職の時に、かなり苦戦した。
彼女と同年代の時には全く意識していなかった『年齢』という壁の大きさにぶち当たった。
年齢だけで、まず弾かれるのだ。
面接のエントリーすらできない。
応募ボタンを押すと、
「この募集は終了しています」
と表示される。
年齢を若くして再度エントリーしたら、あっさり受付へと進めるのだ。
現実を味わった。
能力や経験よりも、まずは『年齢』なのだ。
それが分かっている私の愚痴を、そんな壁がまだ存在しない彼女に愚痴ること自体が間違いなのかもしれない。
彼女は不思議に思っているだろう。
もどかしく思っているかもしれない。
「そんなに嫌な思いをしているのに、なぜ辞めないのか?」
と。
「時間の無駄だろう?」
と。
動きたいけれど動けないもどかしさが、彼女には分からない。
良い会社に転職出来て、充実した日々を過ごせている彼女には分からない。
いや、分からないでいいのに。
ただ、聞いてくれればいいだけなのに。
壁だらけで八方塞がりな私の愚痴を、壁など何もない彼女に言うことがそもそも間違っているのだろう。
私自身、転職に成功し充実した日々の彼女の話を聞くのが、羨ましすぎて少し辛いのと同様に、
堂々巡りな私の愚痴を聞くことは、彼女にしたら鬱陶しいのかもしれない。
明確な答えに手をのばさない、手をのばせない私のことが歯がゆいのかもしれない。
愚痴る度にできてゆく彼女との溝が、悲しい。
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