第3話 自分語りの落とし穴

文字数 1,056文字

同僚の1人に、困った人がいる。
50代後半の女性。
外見は、まさに年相応。
でも、彼女の心はそうではない。
時が止まっているせいで、こちらを困らせる。
今日もまた、お昼休みは彼女の独壇場と化す。
自分語りが永遠に続くのだ。
若い頃、いかに自分が輝いていたか、どんなに男性からチヤホヤされてきたかを語り続ける。
今現在の事ならまだしも、還暦が視野に入ってきている人の、19・20歳の頃の武勇伝を語られても、それはまるで、
「遠い昔、はるかかなたの銀河系で………」
のお話である。
皆の反応がよろしくないのは当たり前なのに、彼女はそれが気に食わないようで、反応してもらうまで、過剰なほどに語り続ける。
たまりかねて、
「それって、若い時のことですよね?」
と、誰かが皮肉を言っても、彼女の自分語りは止まらない。
しかも、同じ話を何度も繰り返す。
聞き飽きて、辟易する。
自分語りとはすなわち、自慢話であることになぜ気が付かないのだろう?
かつての美貌やモテたことを語られても、毛穴全開でファンデーションがまだらに浮いてしまっている、ほうれい線とシワの目立つ肌では、全く現実味がない。
毎日語られる彼女の自分語りは、苦痛な時間と化している。
皆、反応薄くスマートフォンを触りながら適当に相づちを打つのだが、それではやはり満足感を得られないから、時々彼女は私を巻き込もうとする。
「○○さんも、若い頃は相当モテたんじゃない?」
そう言って、私に話を振ってくるのだ。
基本、その手には乗らないようにしているものの、ごくたまに彼女の振りについうっかり乗ってしまいそうになる時がある。
私だって、許されるなら自分語りをしたい。
「聞いて、聞いて!」
と言いたくなるような自慢話が、もちろんある。
けれどそれを嬉々として語っても、良いことは何も無いことを知っているから、言わない。
今は昔。
彼女と同じように、私にかつての美貌は残っていない。
「何もないですよ」
私の声に、誰からもさして大きな反応はない。
「そんなことないでしょう?」
などとは、全く言われない。
言ってほしいけれど、誰からも言われない。
逆に、
「そうでしょうね」
と、皆の顔に書かれてある。
こんなものだ。

人は、人の話にさして興味はない。
自慢話となると、なおさら聞きたくもない。
それを知っている私は黙って頭を垂れて口をつぐみ、分かっていない彼女はいつまでも話し続ける。
自分語りの落とし穴にはまった彼女は、自分が落とし穴の中にいるとは思いもせず、首を上げて外に向かって語り続ける。
その声は誰の耳にも届かないのに、穴の中から語り続ける。




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