夕食前に終わらせたい 1

文字数 3,194文字

 そろそろわかってきた最後の大筋だが、案内先を決定するまでには至らない。
 それを決めるまでにはまだいくつか気になっている点がある。それこそ、行き先を変えかねない程に大事な情報がまだ不足していた。
 どうやっても出てこない自分の記憶に不安そうに「なんでだろ」と繰り返しているノーティには悪いが、カトレアからしてみればわからない記憶の中でこんな姿の少女が具体的にどういうことをされたのか、に関しては興味がない。最初からずっと一貫して気にしているのは、今どういう状態かどうかであって、その身に何が起こったか、ではないのだ。
 案内さえ上手く出来れば、そこで何が起こっていたかなど、後でゆっくり確認すればいいだけの情報に過ぎない。
「いくつか確認してもいいかしら?」
「あ、はいどうぞ!」
 ハッと顔を上げて元気な返事をする少女。
 霊は、やはり抱えているものの少なさか、性格問わず切り替えが早い者が多い。
 ずっと座っている椅子の上でもぞもぞと体勢を直して足を伸ばすと、判断をするために必要な事を尋ねる。
「婚約者さんって、もしかして一緒に住んでるか、すごく近所にいる?」
「うちの敷地の離れに住んでるっす。よくわかったっすね? 友達には隠してるし、アタシ何も言ってないのに」
 驚いている様子だが、これに関しては少女の言動から垣間見えるのでそれ程難しくないだろう。友人がわからないのは単に経験が少ないだけだと思われた。
 仮に今の生活の中でもっと距離がある相手だったならば、あまりに少女の日常の話にその存在は登場しすぎている。しかもある程度細かい内容で。たまに会う相手の事を言っているにしては、性格や雰囲気などのもらえる情報が細かすぎた。仮に月に一度しか見ないような相手だったら、あそこまで不満が募るだろうか? 教えてもらった婚約者の性格から推定すれば、もし普段から殆ど会えない状態なら、おそらく不満が募る程の交流にすらなってないと思われる。先の長い人生一緒にいることに不安を覚える程の情報は、それでは集まらない。
 会う機会が少ないなら単に愛想がなく見栄えのない婚約者、程度の認識だったのではないだろうか。
 そして同じく話の中から伺い知れる両親の性格から思うに、娘の為に用意した婚約者を、婚姻前であっても普段から目の届かない場所に置くとは思い辛かった。きっと日頃の素行から何から全て、家族全員で目を光らせていそうな気がする。
 婿入りさせる相手を、仕事はともかく、結婚前から側に住まわせるのはあまり一般的でないかもしれないが、娘可愛さだけであのような条件を用意して相手を決めるような親なので、十分あり得る話のように思われたのだ。
 聞く限りノーティの兄たちもそれを止める性格では無さそうだし。
「まぁ賢者だしね」
 その辺の考察は全部便利な一言で流す。
 形を導くに至る点の全てを語るには、常に時間は足りなすぎる。
「で、その婚約者さん、毎日会ってる感じじゃない?」
「そうですねぇ。ご飯とか一緒だから、毎日会ってる。それに、あいつうちの親の言いなりだから、家の用事とか結構やってるんですよ」
「それが仕事?」
「うん。うちの店の手伝いっす。裏での力仕事ばっかりらしいけど」
 にこやかに即答する少女は、婚約者の扱いに関して特に疑問も懸念もないようだ。
 周囲の機微に疎い子ではない。誰かの気持ちを考えられない子でもない。人並みに周りの様子は観察できるし、態度を見て想像することも出来る。今までの話や態度から見て、思春期特有の、本人の意思と離れた部分で周囲の機微を極端に気にする面も持っている。
 生まれはともかく、今の少女は只のわがまま放題に育てられたお嬢様、ではない。
 それで尚、自分の婚約者のことに限ってはここまで傲慢にも思えるほどの態度や認識でいられるということは、恐らくその毎日会ってる婚約者の方に理由があるのだろう。婚約者が「何の不満も抱いていない」「むしろ現状に満たされている」可能性が高い。
 人はどうしたって何か不満があれば些細な言動に露出してしまうし、見る機会の多い相手同士なら、それははっきり何とわからなくても伝わってしまうもの。仮に明らかに原因は解らずとも、そういうものは互いの中に必ず積もっていく。
 絶対の信頼を築く難しさはそこにある。
 血縁、夫婦ですら、普通の感覚を持ち合わせる同士では難しいだろう。
 話の中であれだけ不満をこぼしておきながら、それでもノーティの口から相手の性格面に関しての嫌悪は出てない。気が利かないとは言っているが、性格が悪い合わない、という言葉は出てきていない。気に食わない相手について有る事無い事文句を言う場合もあるのだろうが、少女の場合は全部「特定の何かに由来する文句」だったので、恐らくその部分には全く不満が無いのだろう。
 不器用で、騎士のような、従順な男。婿入りする相手の家に連れてこられ、そういう風に扱われている男。なのに、毎日会う少女に「不満があるかもしれない」という疑念すら与える隙がないのなら。
 きっとその男は、少女の側にいる自分自身の状態に、心底から何の不満も抱いていない。
 婚約者が何も不満を持っていないから、少女の方も何か感じる隙がないのだろう。結果これだけ思う存分に好き勝手な文句を言いつつも、余程の事がなければ相手から自分を見限ることを「全く想定しない」で居られる。
 少女は、婚約破棄は「出来ない」と言っていたが、相手にそれをされる可能性は最初から考えてもいなかった。普通に見れば、結構な扱いをされているその婚約者が破棄する可能性もあるだろうし、それに気づかぬほど夢見がちで愚鈍でもないのに。
「歳上?」
「五歳上。まぁ丁度いい歳の差かな」
「よく喋る?」
「アタシが話しかけるんですけどねー、あっちは無口な方っすかね。でもまー顔見れば言いたいこと大体わかる感じ」
 気に食わない割に、相手によく話しかけている上、顔を見ればわかるとは、本当にその相手の普段からの様子をよく知っているのだろうと思うが、今そこを指摘するのは野暮というものなのだろう。
 本当に嫌な相手なら、どんなに近くにいても、否、近くにいるからこそ、視界に入れる事も嫌になり見る気すらなくなるのではないかと思うが。親に悪く思われたくないから、その前だけで嫌々、なんて可能性もあるが、この少女と親の関係性を思うとそれは無さそうだ。
「なるほど。優しい?」
「んー、何も言わないけど、学校遅い時間とかいつも迎えに来るよ。まぁ親に言われてなんだろうけど」
「いいわね。素敵じゃない」
「でも迎えに来るけどぜんっぜん喋んないのあいつ! ずーっと黙って前を歩いてるだけなんだよ? もぅ相槌くらいできるでしょっつー感じでさぁ。愛想なくて客商売本当向いてないから、店でも裏方してるっぽいよ」
 ここまで、婚約者の不満な部分を多く並べてきた割に、直接どうにか関係解消する方向にしたいとは全く言わない(ただ簡単に出来ない、と言うだけだ)ままの少女。恐らく、不満だと言いつつも積極的に解消する意思は無いのだろう。きっと「もう少し理想的な相手だったら」という夢が捨てきれないだけで、相手が嫌いではないのだ。
 普通によく喋る元気な子だが、婚約者の話になると更に言葉が増える。もちろん不満の言葉なのだけど。
 でも話す表情は生き生きして可愛らしい。
 これが世に言う素直になれない年頃というものだろうか。
 少女の婚約者も案外こういう部分が可愛くて仕方ないのかもしれない。
 例えるならば、欠点のある親友の愚痴をこぼすような感じで、知っているからこそ愚痴は際限なく出てくるけれど、親友という関係性を解消したいとは一切思っていない。親友という関係がそこで崩れるとは全く思っておらず、相手への信頼も揺るぎない、ような。
 そんな相手がいることが、少し羨ましい。
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