夕方は気怠い 3

文字数 3,395文字

 この少女に案内するべき先。
 それを判定できる確実な証拠というものを見つけ出すのは、今の状況においてほぼ不可能だ。
 絶対の証拠になる身体の生死を確認できないこの状態で、今霊として存在している少女の行き先について、揺るがぬ証拠を見つけ出す事は不可能命題になる。この家の中、霊の証言だけでどれだけの推論を積み重ねても、それを確定させる証拠は絶対に出てこない。
 方法として、この家へ週に二度やってくる物資配達の際に、手紙で少女の名を出しその生存を確認してもらうのは可能だろうが、書いた手紙の返事が来るのはその次の物資配達になる。つまり一週間とは言わずとも、数日は確実に過ぎる。だからそれが知れる前に少女の霊はほぼ確実に消えてしまう。
 他に外部との連絡手段などない。
 この家での外とのやりとりが手紙のみなのは、余計な交流を最大限に防ぐためだ。そして何かを要請するときに渡す紙の1枚ですら、確実に監視の目が入っており中が詳細に確認されていると思われる。王ですら簡単に殺せない立場の賢者でも、生かさず殺さず閉じ込めて人との交わりを完全に絶ってしまえば一切何もできないし、そこで少しでも逆らうようなら明確な反逆の意図とみなして有無を言わさず速やかに処刑、という判断は「その賢者を無力化させる方法」としては正しい。
 そして霊の案内、なんてなんの利にもならない、噂話の域から出ないような行為まで、国が支援する必要もないのだ。仮に手紙で危急であると理由を入れて早くするよう頼んでも、まずそれに応えてくれる可能性は無いだろう。
 案内の賢者の元にやってくる霊を放置しても完全に消えるだけで、物語のように悪霊など生まれはしないし、生きている世界に不利益など生じない。カトレアが自分に関して流した噂があっさり信じられる程度には世間に誤解はあるが、それでも案内を積み重ねた歴史の結果として「実害はない」ことを施政者側も暗にわかっているから、この行為を積極的に手伝おうなどと考えない。
 それでも代々続いているのは、これが義務というよりも、案内の賢者自身の希望に過ぎないのだ。
 自らの元に訪れる迷う霊を前にして、その行き先の謎を解かずにはいられない賢者の好奇心。事件現場に群がる無責任な大衆と、実質何も変わりはしない。そして自分もそんな身勝手な賢者の中の一人に過ぎない。歴代に比べて明らかに案内をする環境が恵まれていないだけで。
 今回のような「どうしようもなく答えが出せない案内」の時、最終的には、得られた無数の点を元にして「推理した形」で判断する。どんな状況下であってもどこかで都合良く、結論に至るために必要な全ての証拠が提示されるなど、そんな夢物語を抱いてはいられない。現実は往々にして残酷で上手くいかないもの。
 答えあわせは最後の最後だ。
 その結果の責は、すべて引き受ける。他に何もできないから。
「ノーティ、一番最後の記憶ってわかる?」
「一番、最後?」
「そう、今思い出せる中で一番最後」
 かなり落ち着いている様子から、そろそろこの質問をしても大丈夫だろう、と尋ねれば、特に困りもせず素直に少女は考え込み、うんうん唸りながら教えてくれる。今までにしてくれた話と比べると、かなり思い出すのが大変そうな様子だ。
「なんかね、すっごいぼんやりしてて、ちょっと自信ないんだけどー」
「構わないわ。わかる範囲でお願い」
「学校帰りだったと思うんだけど。いや多分ね? いつもの帰り道を歩いててぇ」
「一人?」
「あ、うん、一人。アタシ、普段は誰かと帰ることが多いんだけどさぁ、何か一人。理由があったはずなんだけど、思い出せないなぁ。掃除当番とか先生に呼び出されたとかかなぁ? んー?」
 迷いながら、自信なさげに話してくれる。
 それが自分自身の記憶のはずなのにずっと曖昧なのは、霊によっては記憶が時に「まるで夢の様にしか覚えてない」事があるせいだろう。これは他の霊の言葉を借りたものだが、特に霊になるきっかけになった事象に近い辺りの記憶が、他の記憶と比べると非常に曖昧であったり、時にはノーグの様に一切覚えてないという場合も多い。
 傾向としては死霊は死の間際の事に関しては覚えてないことが多く、生き霊はぼんやり覚えてることが多いが、傾向であり絶対ではないのでこれを持って一概に判断は出来ない。
 それに、例えどれだけそれが儚く曖昧なものであっても、まだ「覚えている」だけマシなのだ。
 記憶違いというのはあり得るが、霊が思い出す記憶に「夢」はありえない。彼らは眠っている間に見る夢のような、不確定で曖昧な記憶まで持ってくることはない。
 覚えている限りは、それは現実であったこと。最後という言葉をきっかけに引き出しているこの記憶は、間違いなく少女が思い出せる範囲で最後の記憶に該当する筈。
「時間は? 学校の帰りってことは遅い時間かしら」
「うん。暗くなってきてる辺りっぽい。むー? こんな時間はあんまり一人で歩かないんだけどなぁ」
 思い出している記憶が、自分でも納得いかないという顔をしつつ、少女は話す。
「家には着いた?」
「え? えーっとね? んー、いや、家に着いた記憶……ないわ。え、あれ? マジでないんだけど。普段通り家に帰ろうと……あ、いや、途中で公園に寄った……? うん、寄ったなぁ……」
 ぶつぶつと話し続けるノーティ。
 問いかけに答えてはいるが、かなり思考に集中している様子で、話している間ずっと視線が宙を泳いでいる。
 ここまでの性格を考えれば、この少女は不用意に暗い公園に入るような事はしなさそうである。それは当の本人もわかっているのだろう、自分で自分の記憶の不自然さに首を傾げている。どうやら公園に寄る「理由」になった記憶の方は完全に抜けていそうだ。
 公園に寄ったこと自体、相当朧げな様子で話している。
「あの公園に行って、あれ? アタシ何したんだろ。っていうか何で公園入ったんだろ?」
「歩いてて、何か見えたとか?」
「いや、普段通りの知ってる公園だけど、そこに入って、でもその後の記憶がないよ……」
 それがあまりに不自然だとわかるのだろう、言いながら泣きそうな顔になっていくノーティ。
 暗い帰り道。普段は入らない公園。乱れた自分の衣服。
 何があったのか記憶がなくても、何かあったのではないかと悪い推測をするには十分だ。
「何でアタシ。え、まさか公園で何か? ええー」
 動揺を隠せないでいる少女には悪いが、それでも案内に重要なのはそこではない。仮にそこで何かが本当にあったとしても。
 あえてそこには触れずに話を続ける。
「どんな公園なの?」
「広くてね、木がいっぱい生えてて、遊具もあって、昼間だと親子とかいて爽やかーだけど、夜だと影が多くてちょっと不気味かなって感じの」
「変な人が出そうな?」
「そういうんじゃないんだけど、……えっとほらあれ、暗くなると影で恋人たちが声をあげてる系」
 面白いが分かりやすい表現だった。なんとなくその表現で、公園やその周囲の構造にも想像が及ぶ。この国の公園はだいたい似たような造りをしているし、その中でそういう系統に当たる公園となると、およそそうなるだけの構造的理由がある。
「あー成る程そっち。じゃあ、結構その公園のことは知ってるんだ?」
 雰囲気まで迷いなく答える様子は、訪れた記憶は曖昧なままでも、その公園のことを全く知らないというわけでもないようで、確認すればノーティはこくりと頷いた。どうやら公園そのものには特に怖いとか嫌だとかそういう感覚はもっていないらしい。
「子どもの頃は結構遊んだから」
「じゃあ中はよく知ってる感じなのね?」
「うん」
「でも暗くなったら行かない、と」
「……知ってるから、普通は行かないよ。子どもの頃から暗くなる前に早く帰りなさいって言われてるとこだもん」
 ますますもって、幼い頃からそんな場所だとわかっている公園に、この少女がそんな時間に理由なく訪れるとは思えない。この子の親兄弟ならば尚更、そういう公園に関しては普通の家庭よりもうるさく注意していそうな気がする。だからこそ不自然で、本人もそれに気づいて不安そうだ。
 昔から暗くなったら行かないよう言われている場所に、わざわざ訪れた記憶が最後になっている霊。
 恐らくそこには「誰か」が絡んでいるのだろう。
 今の姿と関わりがあるかは別にして。
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