午後は眠い 3

文字数 3,174文字

 思わぬ方向に話が逸れたが本来の目的である少女のことに矛先を戻せば、どうやら年頃な見た目の様子相応に自分のことに関しても話すのが好きらしく、訊けばいくらでも話してくれた。
 家は城下町にある大きな貿易商。
 世俗に疎い彼女でも名前だけは聞いたことがある、相当大手の商人の娘だった。
 そこは代々続く商人の家系で、少女は今の主人の、唯一の娘。兄が二人いるが、家の跡継ぎ関係は方針が既に決まっており、家族全員の仲が良く仕事も互いの能力に合わせて分けているので、家庭内で家族や相続問題などは起こっていない。少女は兄たちより年が離れていて、両親に長年待ち望まれてきたひとり娘だったこともあり、幼い頃から両親が少女を他家へ嫁に出す気が無く、それゆえに知己の大手商人の三男坊を許婚に迎える事を早々に決めたほど。
 許婚を決める際は、家の跡は継がなくていい、商才も無くていいし見た目も普通程度にあれば構わない、少女に対し絶対に誠実で、普段は家の手伝いが少し出来ればいいというだけの条件だったらしい。この許婚がそこを全て飲んでいる事から、少女自身の意思では簡単に破談にならないようだった。
 許婚はなんか不満だが、そんな許婚を強引に用意した親兄弟に不満はない。親はいつだって優しいし、兄二人は彼女を本当に溺愛してくれている。
 普段は主に裕福な平民の子女が集まる女学校に平日いつも行っていて、今年卒業予定。卒業後は勿論どこにも行かず家の手伝いをする予定で、そのために商いの勉強も家と学校でしてきた。将来の進路にも不満はない。学校内外・性別を問わず友人は多く、その辺にも悩みはない。学校の成績はどの教科も普通で、運動はちょっとできる方。顔や体型は平均だろうと自分で思っている。今の学校生活は何も困っていない。
 つまり少女の抱える悩みはせいぜい自慢できない許婚がいること程度。
 趣味では主に友人との遊びや読書を好み、特に恋愛小説が好き。その中でも、見知らぬ美形の男にある日突然言い寄られて強引に迫られた後に相思相愛になる系統が好み。ご都合主義万歳で、幸せな最後が一番良い。同じ恋愛小説でも数多の男に言い寄られフラフラとする系はちょっとちがうと思ってしまう。共感はできない。けれど読む。
 聞けば聞くほど、恵まれた環境で育ったちょっとワガママだけど普通のお嬢さん、である。
 許婚の件も、恵まれ尊重されてきた人生の中で、うまく自分の意思が通らないからこそ余計に引っかかっている、のかもしれない。
 本人にもその自覚はあるらしく、唯一文句の多い許婚の件も、それが恋愛小説などの影響から劇的な見栄えの相手との感動的な恋に憧れている己のワガママからくるもので、心のどこかで現実の自分は妥協しなければという認識がある。家族の気持ちを理解しているし状況も分かっているからこそ、それを絶対嫌だと日常で強く出ることができてないが故に、ちょっとした際に文句だけが増える、という悪循環をしているようだ。
 しかしそれですら、己の理想通りの相手と結婚できるはずはないという認識がちゃんと根底にあり、ちょっと文句を言うだけなら自由だし許婚に伝わらなきゃいいでしょ、と思っている。よくあれこれと言っているものの、それが相手に伝わらないよう気遣える余裕はあるらしい。
 少女は、今はそれが許されているからこういう態度をしているだけで、多分結婚をしてしまえば、それはそれで割り切ってどうにか乗り越える強さはあるのだろうな、と思う。
 ただのワガママなお嬢様というだけではない印象。
 どうやら許婚本人が口下手?らしく、あまり会話での交流がうまくないようだ。日常でも毎日顔を合わすが長時間の交流がないらしいので、今の文句も実際の交流が増えて相手を知れば、減っていくかもしれない。
 ……その未来があるならば。
「ねぇねぇ賢者様、アタシ死んだのかな? こんな若くして死んだのかな? まだやりたいこといっぱいあるんだけど」
「それを知るために色々聞いてるのよ」
 ふと悲しそうに言う少女ノーティを宥めるよう、出来るだけ優しい声で彼女はそう言うが、実は今回は少し難航するかもしれないと思っていた。それは、部屋に入ってきたこの少女の姿を見た時からずっとだったが。
 少女の生活の状況はおおよそわかってきた。
 記憶もそれなりにあるようだ。ほとんどスラスラと答えてくれる。
 しかしこの次の質問はわからない。
 この質問は、相手にただ聞き辛いと言うよりは、それを聞いてしまうと「その後の情報収集が難航するような問題が発生する可能性が高かったので」ずっと後回しにしていた。けれど、そろそろ投げないといけないかもしれない。
 内容的にはお互いに少々楽しくない上に、出来れば壁でじっと佇み目線をそらしたままの彼には外にいてもらった方がいいのかもしれないが、ここに入ってきた時からの少女の反応を見る限りなら多分大丈夫、だろう。
 もしも感覚的に引きずるような問題があったなら、入って「男」を見た瞬間に、もっと何か起こっていたはずだ。
 慎重に、言葉をかける。
「ねぇノーティ」
「何?」
「貴方、どうしてそんな姿をしてるか、覚えてるかしら?」
 そんな姿、の部分で意図的に視線だけを少女の胸元にずらしながら、問う。
 さすがにこれを表す身振りなど出来ない。それをするのは無神経が過ぎるだろう。
 今回の客の、最初の質問が「最後の記憶」でなかった理由。
 霊は自分の霊としての姿を、己自身の思考で作っている。そこは死霊も生き霊も同じだが、生き霊の方は自分自身で覚えていなくとも身体の記憶を保持している。かといって少女の今のその状態が、そのまま生き霊である証拠には一切ならないのだが。
 ノーティは、普通の状態ではなかった。
 少女の仕立ての良い衣服が胸元で不自然に開いて、ふっくらした二つの膨らみがある胸が全て露わになっている。前でボタン留めをする形のシャツは上から四つ目までが開いていて、よく見れば上2つのボタンは無くなっているようだ。ボタンがあったあたりで、ちぎれたように糸が残っている。本来機能しているはずの胸の下着の方は、その衣服の下に見えているが、真ん中で千切られたように不自然に切れているらしく、かろうじて肩から下がっているだけの状態に過ぎない。
 見た目だけを素直に言えば、誰かに乱暴な行為をされた後のような。
 具体的に口に出すのもおぞましい可能性を浮かべつつ、まだそれは確定できない。
「そんな姿?」
 彼女に見た目を指摘された少女がきょとんとした顔のまま自分の胸を見下ろして。
 直後、解読不能な悲鳴を上げた。
 普通ならそんなひどい状態になってて逆によくここまで己で気づかないまま人前に立てるな、という話だろうが、少女は霊だ。
 己の頬をつねっても痛みはないし、今服を着ている感覚というのも常時今の姿のそれを得ている訳ではない。生きている人間が普段の生活で「自分が今服を着ているかどうか」など当然の感覚の部分をわざわざ気にしないのと同様に、霊もそんなことは気にしない。生身と違うのは霊の場合、自分で気にしない限り全く異変に気づけない点だろう。
 例えば、自分の都合通りにいかない夢のようなもの。何故か外や人前でおかしな姿であっても、気づかないままで動き回っていたりする。あんな感じなのだろう、と思う。
 別に少女が迂闊でも抜けてる訳でもない。
 霊なら、よくあることだ。
「ええええええ! なんで、なんでぇっ!?」
 だが気づいてしまったら、そういう感覚を持ち合わせているなら、恥ずかしくなる。
 今の姿に対して感じる羞恥のせいだろう、顔だけでなく全身を真っ赤に染めて胸元を隠す少女を見ながら、これはどうやら、霊になった理由の方は覚えてなさそうだと思った。
 この案内は、ちょっと難しそうだ。
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