昼食はお洒落にしたい 1

文字数 1,844文字

 午前中ずっと会話していただけであってもお腹は減るもので、ノーグを見送った後にぐたっとだらしなく椅子にもたれたカトレアは空腹を自覚する。一度ゆっくり目を閉じてから開けた視界に入ってくるのは、来客中の定位置である壁から離れて彼女の顔を覗き込んでくる金の髪の青年の、どこか不満そうな顔と、見慣れた天井だ。
 毎回終わった後に寄ってくるのはいつもの事として、今見せているその表情は珍しく、何かあっただろうかと考えるものの、彼の考えていることは大抵わかった試しがないので直ぐに諦める。
 そしてただ事実を言う。
「お腹減ったわ」
「もうそろそろお昼ですからね。今日は楽しそうにずーっと話してましたね」
「そういう仕事だもの」
 事実を感想込みで告げてくる彼に、何を今更、と言えば深々としたため息だけが返ってくる。そして表情を変えないまま軽く頭を振っている様子は、やれやれとでも言いたげだ。それ以上は何も言われていないが何となく馬鹿にされているような気がして、まだ持っている本を投げつけたくなったが、勿論そんな無駄な行為はせずに本は本棚に戻す。
 本は宝だ。大事にしないと。
 それに彼に腹をたてたところでお腹は膨れない。
 そうだきっとこれは空腹のせいだ、と思考を無理やり捻じ曲げて椅子から立ち上がる。
 と同時に相手からかけられる言葉。
「ああいう健康的なのが好みですか?」
「健康なのはいいことだけど、それで好き嫌いを決めた記憶はないわよ」
「いえ、もっと外見的かつ内面的な表現としての」
「そもそも人間に好き嫌いがあったこともないけど」
 食事を用意するため台所に向かおうと居間を出ながら会話を続ければ、いつものように後ろからついてきた男が再度ため息をつく。
「貴方、おかしなことを言うのは好きな割にそうですよね。本当色欲とかどうなってんですかね」
「どうかしら。恋愛小説は読むけど、今まで読んだどの本の話も、いまいち内容に共感したことはないのよね。まず前提として現実には私なんかに迫ってくるもの好きがいないから共感しようがないわけだけど。まぁ賢者なんだし、そんなの無くても問題ないんじゃないの?」
「寂しくなったりしないんですか」
「たまにはね。孤独で平気なほど達観もないから。でも相手がいないものは仕方ないでしょう。それに私みたいな小賢しい変人を欲しがるなんて間違いなくその相手はおかしな趣味だわ。そういう人と一緒にいてもきっとうまくいかないと思うの」
 廊下を歩きつつ、だからそんな存在すら不要なのだと説明すれば、3度目のため息が聞こえる。そろそろこの見た目国宝級美術品男の幸せの残り数を心配してあげるべきだろうか、と思ったカトレアの耳に小さな呟きが届いた。
「まぁ、貴方とうまくいくのは僕しかいないでしょうね」
「寝室に連れ込んでベッドに押し倒されて愛を囁かれたら、ときめいてあげるかもしれないわね」
「…………本当覚えてろ」
 彼のこういう発言は珍しくない。
 けれど、こんな自分を少し気にする発言をしているハーミットは、この家という特殊な環境に毒されているだけだろう。多少一緒にいる時間が長くなっていて、しかも他に誰もいない状態が続いているから勘違いしているだけだ。
 男子校に唯一の若い女教師が、生徒に想いを寄せられるようなもの。
 そんな一過性の発言を真に受ける程、夢見る乙女ではない。
「そうね。貴方が覚えてたら思い出すことにするわ」
 そんな言葉を言った時点で、朝の洗い物がまだ残る台所の流しの前。この場合、昼を用意して食べる前に洗うべきか、あるいは昼を食べてから一緒に洗うべきか、一瞬考えたけれど後者を選んだのは、単純に面倒くさかったからだ。洗い物は嫌いではないが似た作業を近い時間に二回も行うのは嫌だ。
 手抜きの朝と比べ、余裕があるときはいつも調理の楽さより見た目をちょっと気にする昼食は、午後に向けて気合を入れたい意味合いもある。
 客が来る予定がなくても、そして実際誰も来なくても、どうせなら気分の高まる昼食の方が夜までの時間を有意義に過ごせるような気がするので不思議だ。
 女性らしさとは無縁だが、これは性別というより性格によるものかもしれない。
「お昼は何がいいと思う?」
「カトレアお手製愛妻弁当とかでいいんじゃないですか」
 あっさりと話題を切り替えた彼女に、彼から投げやりに返ってきたのが具体的なようでいて全く中身のない意見だったのは、彼なりの意趣返しだったのだろう。
 この程度で拗ねられてもね、と内心だけで苦笑いした。
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