おやつの時間に気づかない 2

文字数 3,336文字

 少女が落ち着いてからどうにか聞き出せたのは、今の服の状態に関することについてノーティが何一つ覚えていないらしい、ということだった。何故そうなったのかの可能性すら思い浮かばない、らしい。身近でこういう乱暴を働くようなものはいなかったはずだ、と主張する。
 さぁこれは面倒になってきたと内心で警戒を強めた。
 もし歴代の案内の賢者ならばこの場合、記録の中では実際に「相手が今実在していてどういう状態か」を直に確認に行くか、誰かに調べてもらってその事実が確定出来てから案内先を決めているので、これはそれほど難しい案件にはならない。
 が、今代の案内の賢者である彼女はそれが出来ない。家から出ることはそのまま、自分を殺す理由を与えてしまうことになる。だから案内する時も最後までこの家から出ないままで行き先を決めなければならないので、途端に難易度は跳ね上がる。
 それでもこの家に来てからここまで、まだ辛うじて行き先を間違うことは発生していないが、正直この状態がずるずると続けばいつか間違った案内をしてしまっても仕方ないのではないか、とは薄っすら思っている毎日だ。それでもやってくる客への案内を止めないのは、完全に己の矜持の問題だった。
 迷う相手を、絶対に送り届ける。
 今こうなっている理由と矜持は何の関わりもないことで、だからこそやめたくない。
 案内をするため、会話を続ける。
「最近で覚えてる出来事を色々教えてくれる?」
「なんでもいいの?」
「えぇ。何でもいいわ。覚えてる限り教えて」
 相手から根掘り葉掘り色々と聞き出すことしか出来ないけれど。
 どこにも行けないし、誰も使えないからこそ、カトレアは霊からもらう情報と、常に収集する書物や新聞などからの情報で行き先を判断するしかない。
 本当は最後の記憶を詳しく聞きたいが、この状態であることを踏まえるとそれはまた相手を不安定にさせそうで、できる限り外堀から最後の方まで埋めていこうと、普段と異なる方向から話を進める。
 そして少女が話し出すのは、やっぱり他愛ない日常のことばかりで、すぐに案内の先につながるようなものなど出てこない。今までの話でこの少女が、この国の首都で有名な商店の娘らしいというのはわかっているが、それだけでは何かに巻き込まれたかどうかなどわからないし、何より霊としての行き先は決められない。
 普段の話題になると明るさを取り戻して少女はスラスラと話してくれる。
「そんでー、学校の友達と一緒に行ったんですよ、その超いけてる騎士様の家のパーティに」
「そこで何をしたの?」
「えー、別に普通ですよぉ。皆でお茶飲んでお菓子食べて話しして、ちょっと踊って?」
「ちょっと大人なことをして?」
「きゃー賢者様ってば何期待してるんですかー! しませんよぅそんなこと」
「あらそうなの?」
 そこで首を傾げる彼女は別段、ここにおいてこの少女をからかおうとこんな発言をしているわけではない。
 この国で若い男女がどこかの家に集まってする何か、において時に不健全とされる系統の交流が行われるのは珍しいことではないからだ。それは人数など関係ない。その場では大勢で集まっても、二人で抜け出して、なんてことも多々あるようだ。彼女自身がそういうものに経験があるわけではないが、客としてやってくる霊にはそういうものを経験している者が少なからず現れるので、これは案外架空の物語だけのものではなさそうだと知っている。
 実体験ではないが、霊からの情報。霊はカトレアに嘘をつかない。
 なのでもしかすると、と思ったのだが、ここで少女が言っているのは健全なものであったらしい。あれこれ物語などで読んで想像を膨らまして楽しむ割に、実生活においては本当に無垢だったようだ。
 むしろそういうことが疑われることが心外だとばかりに少女が少し怒ったように言う。
「そりゃアタシだってぇ、情熱的なそーいうことにアコガレたりしますけど! でもアコガレと現実は別だってわかってますもん。ちゃんとした許婚がいるのに他の誰かとベタベタとかしませんよ」
「気に入ってない許嫁でもそこは守るのね」
 あれだけ許婚に不満を並べていれば、むしろ結婚前だからこそ自ら火遊びしそうな気がするのだが、そういう問題ではないのだとノーティは断言する。
「それはそれ、これはこれぇ。やっぱそういうのは大事にしないとダメだと思う〜! それにもし万一この先許婚が超最高な相手に変わったら、一時のそーいうので絶対後悔するんですよ」
 だから火遊びですらしないのだ、と誇らしげに胸を張っているが。
 そこまで言うのなら、そもそも最初から周りにそういう可能性を疑われるような場所に行かない、という選択肢はまだないらしい。絶対にそういうことをしないという自負があるから、逆に「ただ行くだけ」に関しては警戒心が下がっている可能性もありそうだ。
 そういう集まりには、好んでよく行っていた、らしい。
 この辺は非常に若年らしい浅慮が伺える。その認識があらぬ危険を呼ぶのだと知っているが、ここにおいてそんな説教に意味はない。
 それが必要ならこの先、他の誰かから説教をされるだろう。その機会が残っていれば。
 理由はともあれ意外に貞操観念や交友関係における境界線はしっかりしてる少女だが、それにしては時々微妙な言動があるな、と思う。この曖昧さや不安定さも年頃故なのだろうか。
 部屋に入ってきた時の言葉を思い出しつつ、訊いてみる。
「じゃあそういうパーティでも誰とも連絡先交換したりしなかった、と」
「え? しましたけど。かっこいい騎士様何人もいましたもん」
 非常にあっさりと返ってくる返事。
 全く悪びれることもなく、むしろ何故そう訊かれたのかわかっていないようだ。
「それは問題ないの?」
「アタシがアタシの友達を作るのに問題とかないと思う」
 堂々と何の躊躇もなくそう言い切るノーティ自身は、本気でそう思っているし、己の言動に後ろめたい気持ちは一切ないらしいのがわかる。実際本当に、記憶している限りで今までは何も起こっていないのだろう。
 さて交換した相手はどうだったんだろうな、と彼女は心の中で疑問を残す。
 この国の騎士は華やかで人気のある職だし、腕の立つ見栄えのいい男がそこに多くいるのは知っている。特に若い女性からは人気のある職だ。
 けれどその実態は、ほぼ名ばかりの名誉職であり国からの給金は仕事の華やかさに比べてかなり低めである。実際に危険が伴う戦場に向かう軍人や警察になるとまた別だが、主な仕事が目立つ場所で公的機関の警備や行事での警備をするだけの騎士には普段から危険も少なく、その分払われる金も少ない。よく知られていて一定の評価がある割に、安全性が高いことから、家を継ぐ前の貴族の子息が、自分に箔をつけるために一定時期だけ働くことが多い程には、実はあまり中身のない職なのだ。
 だからだろう。実は騎士の中には金に困っている者も少なくはない。元が貴族の子息であれば家からの支援で生活にも余裕があるが、そうでない騎士は大抵が収入が低く貧乏だ。しかも小遣い稼ぎしようにも、騎士は他の仕事を兼務するのは禁止されているので、普通は質素な生活を送らざるをえない程度には給金は低い。
 見た目華やかではあるが、将来性が低い職業。
 そういう事情から、恋に憧れるような若い少女たちには人気があっても、結婚を視野に入れて動く女性たちから見れば対象外と見られ相手にされないこともしばしばあると聞く。逆に騎士たちでそういう野心がある者は、己に興味がある将来が安泰そうな相手に早々に手を出して確保する、なんていうこともあるようだ。
 それを悪いこととは思わない。女だって自らの将来のために玉の輿を狙うよう、男だってそういう算段をしても構わないと思う。その駆け引きでどうなるかは本人たちの問題だ。
 カトレアに求婚してきた騎士たちも、その狙いの一つには除籍にならない限り国から払い続けられる安定した賢者の高給が、恐らくあった訳で。
 そんな、一般的に想定される多くの騎士の立場から見れば、ノーティのような有名な商いをしている裕福な家の娘、がどう映っていたか。
 なんとなく想像がつくというものだ。
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