夕食前に終わらせたい 2

文字数 3,329文字

 きっとこれはこの少女だから愛される言動なのであって、カトレアが誰かに同じことをしてもただの憎まれ口にしかならないことは分かっている。同じような言葉を吐いても、聞く側はこんな可愛らしい認識にはならないだろう。しようとも思わないが。普段の軽口ですら、周囲、特に誰かさんには鬱陶しがられているかもしれない。
 まぁそんなことは関係ないので全部棚に上げるとして、ここまでに少女から貰った情報からどうにか想定できるのは、恐らくノーティは生き霊で、しかもその身体はまだ生きているのではないか、ということだ。
 これは前のノーグの時とは違い、教えてもらえる範囲から推測される最も可能性の高い状況を推定した上での、完全に想像の範囲でしかないが。どうやっても今現在、すぐその場所に行って証拠を集められない彼女には、少なからず「完全に間違いない行き先」の特定をするのは不可能な事態が発生するし、今回がまさにそれだった。
 どれだけ霊から情報を集めようと、今身体が生きているかどうかだけは分からない。
 物語のように都合良く全ての欲しいものが手に入るならどれだけよかったか。
 ……無い物ねだりはきりがないから思考を切り替える。
 この状況下でも、少女の身体の状態を知るだけならば最後の手段として禁忌とされる方法もあるものの、それをすれば最後この家にいる意味が喪失してしまう。何よりもやるべきことの順位を決めてしまっている今、それは出来なかった。
 今回はまだ可能性の高そうな条件があるからいい方だ。
 これから、残っている気になる部分を全部確認して。
 最終的にどうするのか決めるのは、常に彼女自身の責任だった。
「婚約者さんは、貴方の普段行くような場所は全部知ってるわね?」
「うん。そーだねぇ。通学路とか友達とよく行く店とか友達の家とか。アタシ教えた記憶はないんだけどさー。親には言ってるから、そっちから何か聞いてるんじゃないかな。たまに突然出てくるからびっくりするよ」
 ほぼ確信を持った問いかけに、返ってくるのは肯定で。
 やはりな、と思うのはノーティの婚約者が用意された背景にある「深い両親の愛情」から考えて、そうならない可能性の方が低いからだ。商人、しかも安定して相当に儲けているやり手という独特の環境も加味すれば、愛する娘が遭遇する不測の事態への想定及び対策が何もされていない訳がない。
 愛において盲目になる事は少なからずあるが、損得勘定を最大限間違えられない商人が安易に盲目になるのなら、今頃とっくに家は傾いているだろう。
 この部分は少女が知る必要がない情報であるだろうし、何も知らない事に違和感もない。
 ここまで不自然なほどそういう話はなかった。
 自由で伸び伸びとしたノーティの気質を愛するならば両親は敢えて教えないだろうし、選ばれた相手ですら少女を愛しているならば「己を必要以上の脅威に見せる可能性があること」は伝えないだろう。
 元より無口であるらしいし。
「最後に行ったその公園は、通学路のそばね?」
「そばっていうか、毎日前を通ってるし」
 ふむ、と口元に手を当てて思考を巡らせる。
 欲しい点は出揃った。
 形を確定させるための決定的要素はないものの、恐らく一番可能性が高いのではないかと思われる現在の状態にも行き当たった。もしもそうなっていなければ、それは「何かあったその当時」に、誰も想像が追いつかない程のあらゆる不遇が重なった結果だろう。
 ここに自分の願望が入っていないか。
 案内において、最悪でない仮定を「結論」とするとき、カトレアはいつも自問する。
 そういう結果をただ見たくない・考えたくないからという無意識の己の希望が、情報に対して無感情にはじき出されるべき仮定及びその順位を歪めてはいないか。ただの憶測を同情論に流されるのは容易い。けれど自分が行き先を間違えれば、安易に同情したその相手は魂まで全て消えてしまうのだ。相手に対しての好き嫌いなど感情は関係なく、行き先を示す者として、そんな事があってはならない。
 同時に、この場所であるが故に結論を間違うべきでもない。
 自分の身勝手な「事情」で、今までもこれからも、示す行き先が間違われることがあってはならない。
「……本当、侭ならないものね」
 あぁなんていう理想論にして傲慢。
 別に全てを救いたいなどと立派な思想を持っている訳ではない。
 むしろ彼女は歴代の案内の賢者よりも、あらゆる面で身勝手を通している自覚もある。この状況の不本意さを加味しても、本来の役目を本気で一番に思うなら、まずこの家に来た時点で案内など止めるべきだったのだ。歴代の案内の賢者だって病気などの、このような「絶対の証拠を確認することが出来ない」ようなどうしようもない事情が発生した際には、その期間だけ案内をしていなかったり、潔く案内の部分を名乗ることを止めている例がある。
 この状況に対して「案内しないでいい理由が成立する例」は過去にいくらでもあるのだ。
 限りある時間の霊相手、案内しなければ相手は消滅するが、それでもやはり生きている方の都合が優先されるのは当然で、その間にどれ程の数の霊が消滅しようとそれは仕方ないことと扱われるものだ。そもそも案内の賢者がいない期間だってある。
 誰も、霊でさえ、賢者自身のどうしようもない事情を責めたりしない。
 だが自分は。
 この家から出ないのも、案内を止めないのも、最も可能性が高い仮定という状態で結論を出し案内をするのも、全部自身の譲れない身勝手から来ている。そこに正義感や高尚な理想などない。それなのに身動きが取れなくなっている様を嘆くのだから、本当に人の心は、己自身ですら侭ならない。
「賢者様?」
 口が動いているのは見えても小さな呟きまでは届いていないのだろう、不思議そうに少女が首を傾げている。
 深く思案するときに溢れる独り言が、また漏れているらしい。
 人に、霊に優劣前後を決める気はないのだ。
 それでも彼女は既に選んでしまっていて、だから今目の前にいる客の為に己の全部を投げ出すことは出来ない。
 これでもしも間違うようなことがあったら、その時は。
「私は賢者失格よね」
「え、もしかして行き先わかんないのっ!?」
 自嘲と一緒に吐き出した言葉の方は聞こえてしまったらしい。不安そう、というよりは単純に驚いたという顔をしてノーティが目を丸くして尋ねてくるから、そうではない、と頭を横に振る動きだけで否定した。
 いつだって案内をするのは簡単だ。行き先を決めればいい。
 しかもそれが万一間違っていても誰も糾弾できないのだ。霊はどちらにせよ消えるし、仮に行き先が間違っていたら尚更消えるのは一瞬で、他の誰かにその無念を残す時間すらないという。だから、それが正解かどうかは賢者の胸の中にしか残らない。
 だからこそ、厄介。
「いえ、行き先はわかったわ。失格なのはノーティみたいに素敵な婚約者がいてもよかったかしら、って過去の所業をちょっと後悔しちゃってる所よ。賢者が後悔は似合わないでしょう?」
 にこりと、めったに使わない虚を実に織り交ぜ微笑めば、さっと少女の顔が赤く染まる。
「ちょっとー! 賢者様、人の話聞いてるーっ!? あいつは素敵なんかじゃないからアタシは憂鬱だって最初に言ったじゃん!」
 怒りで染まったようにも羞恥で染まったようにも見える表情で憤慨している少女の背後。
 ずっと黙ったままで置物の如く身動きすらしないで壁にもたれていた青年が、非常にもの言いたげにその視線を寄越してくるのが見えるが無視する。この家で一緒にいる時間が長くなってきたせいだろうか、多くの言葉を交わしてきたせいだろうか、最近では彼に虚の部分が伝わってしまうようになっていて、正直非常にやり辛い。
 しかもこういう時に彼は絶対に何も言わない。
 ただ、その目を向けてくるだけ。
 大丈夫ですか? と。
 虚を使う場面をもうわかっているからこそ、表情すら出すことなく視線だけを寄越す。
 これならむしろノーグの時のように変に絡まれる方がマシなのに、と思いながら、もっと不満を並べようとしている少女に対して、いつもの言葉を伝えた。
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