夕食前に終わらせたい 3

文字数 3,235文字

 便宜上わかったと言ってはいるが、実際の所「高確率で行き先だと思われる方がわかった」なので、客に対して毎回使っている決まり文句ではあるものの、こういう場合に限っては言い方で煙に巻いている気がしないでもない。そしてこの後に尋ねられるだろうことに、今回に関しては絶対の証拠もないのだ。
「え、本当に!? なんでわかったの?」
 すぐにまた表情を変えて、好奇心を溢れさせ尋ねてくる少女。
 まさか出した結論が「最終的には勘」などという残酷な真実は言える筈もない。この際、自分の賢者としての体面はどうでもいいが、伝えられた内容に不安があるので教えられた先になかなか行けずに時間切れで消滅、などということになったら意味がない。
 賢きものは虚飾も上手きもの。
 そう言ったのはいつの時代の賢者だったか。
 確かに賢者の中で嘘をつかないものなどいない。自分だってそう。普段から最大限使わないようにしているのも、いざという時に嘘が最高の効力を発揮するようにという意図でしかなく、善意や倫理観などからではない。
 今だって、仄暗い内心を隠して笑っている。
「貴方は全く用のない公園に、しかも暗くなってる時に入るような迂闊な子ではないわよね」
「まぁ、普通は周りが暗い時点でさっさと帰りたいとしか思わないし? 一人で、用もないのに公園に寄り道とか超無理、ってのはー、あるかな」
「つまり、最後の記憶の中の貴方は、その公園に用事があったの」
 そう考えるのが一番、無理がない。
 何しろ霊はすべての記憶を持ってきている訳ではないのだから。
 ただし感覚はそのままなので、霊の状態でも普通しないと思っていることは、何かきっかけがない限りは、生きていた頃だってしない行為なのだ。ここではノーティが普段から思いつきでふらっと寄り道をするような少女でなくて本当に良かった。もしそうだったら、結論は難しかっただろう。
「えー、でも覚えてないよ?」
「覚えてないなんて、霊なら良くあるのよ。貴方、今は霊でしょう。今思い出せないことは、生きてる時みたいに頑張ったらどうにか思い出せたりなんて、しないの。本当に思い出せないのよ」
「へぇー」
 ここまで言われても忘却している事実への実感はないのだろうが、服の件もある。これ以上疑問を挟む気はないのか少女が曖昧に声を出した後は何も続けないのを確認し、話を続ける。
「そして恐らくその用事は、誰かと会うこと」
「アタシが今は覚えてないだけで、その時に何か落し物を探しに行ってたとかは?」
「おそらくないでしょうね。まず落し物なら明るいうちに探すでしょう。暗くなってからそんな公園に行く位なら、次の日に探すんじゃない? どうしてもその日中に探し出したい大事なものだったとして、貴方なら暗い中一人で探す可能性も低いでしょう。誰かに手伝って貰うんじゃない?」
「あー、確かに。っていうかあそこに落し物する程アタシ行かないしねぇ」
「野良の猫や犬をこっそり世話していた、見に行ったというのも可能性薄そうよね。貴方の場合、本気でお願いすれば家で飼ってもらえるし、家で飼えなくても飼い主も探せるでしょう? 公園に残していく理由がない」
「そだね。子どもの頃とか、捨て猫拾っては従業員の誰かに飼ってもらってたよ。何があるかわかんないのに公園に残すとかないから、あーうん、そう言われたら、誰かと会う約束してた、ってのが一番ありかも」
 知っているが普段行かない公園に、しかも普段入らない時間に行く場合の可能性として、一番ありえそうなのが「そうする用事があったから」で、場所時間が指定される何か、にはおよそ誰かが絡んでいるものだ。記憶はなくても、呼び出しを受けたから向かった、というのは、自分がしそうな行動として少女自身納得が出来たらしい。
 うんうんと頷いた少女には、その「会っていた誰か」が霊になる原因になった可能性が高い、などということは言う必要はないだろう。ノーティは原因に関わる記憶をほぼ置いてきているようだから。置いてくる条件付けなどは分からないが、霊が自分が霊になった原因になったことのような特定の記憶を置いてきている時、それは原因との遭遇のみならず、原因に関連する多くの記憶までも置いてきていることが多い。
 今回で言えば、最後の記憶の場所になっている公園に寄った理由と、公園での出来事。
 おそらく公園での出来事が霊になったきっかけだろう。推測される日時などからもそれは明らかだ。
 もちろんあくまでそれは「思い出せる最後の記憶」であって、実際の原因は更に違う場所違う時刻である可能性もあるのだが、ノーティの話していた会話の内容から解る記憶のある時期と今現在の日時はほぼ変わらない。数日すら経っていないようなので、恐らく今回はほぼ一致しているのではないか、というのがカトレアの見解だった。
 公園に呼び出したのが誰なのか、も一応推定は出来ているが、ここでは関係ないので話を進める。
「えーでも誰だろ。学校の友達? いや学校で会うし。他〜、は、うーん?」
 少女の側では特に誰も思い当たらない、という様子は、逆にこちらの推論が事実に近いということを教えてくれる。
 何かが思い当たらないのはそれが理由自体に近いからなのだろう。置いてきているから、明らかに可能性の疑われる存在を思い当たれない。
 これ以上話を伸ばす必要もないので、もう伝えてしまう。
「結論を言えば、貴方は生きてる」
「本当っ!? じゃあ帰れるの?」
「えぇ。望めば、すぐに」
「やったああああ! アタシさ、まだやりたいこといっぱいあるしさ、超うれしい!」
 胸元を押さえることも忘れて飛び上がりはしゃぎながら喜ぶ姿に、内心で胸をなでおろす。
 どうやら少女は案内の答えが嬉しすぎて、どうしてそうなったのかの理由を尋ねることをすっかり忘れているらしい。それを狙って余計なことを言わずに結論を伝えたのはあるが、年若さと個性から来る良い意味での感情的で直情的な性格を利用している誘導なので、少し気まずい。
 そこを説明できないことはないのだ。
 結果として「死んでない」と高い確率で推定できる理由。
 ただそれをすると、過程において少女の大事にしている部分を一部否定してしまうので、出来ればしたくない。生きた身体に戻って事実を思い出し同時に何があったら知らされれば、きっと否応なく自分で直面する問題なのだ。この場でわざわざ指摘しても、自分は少女を諌められるわけでなく、また同時に責められる立場でもないのだから。
 それは、きっと今この瞬間も意識が戻るのを待っているだろう少女の家族や友人、婚約者が出来ること。
 ただ忘れられるだけの、しかもこの場で事実が確認できない賢者が干渉すべきことではない。
「戻っていいの? 戻ったらアタシ起きるの!?」
「そうよ。貴方が戻りたいと思えば、その瞬間に身体との繋がりが、貴方を生きている場所に戻してくれる」
「わかった!」
 興奮気味に尋ねてくるノーティに教えれば、素直に頷くと同時、薄まり始める姿。
 戻る身体がある証。
 どうやら今回の案内も、行き先に関しては正解していたようだ。その詳細に関しては……運が良ければ、明日以降の新聞のどこかにでも載っているだろう。事件の真相を突き止めるのは自分の仕事ではない。
 今後の少女がどうなるかはわからないが、今はただ案内が正しかったことに深く安堵する。
「これ、戻れてる?」
「えぇ。戻る時は少し時間がかかるものよ」
「そっか。そうなんだ。ありがとうね、賢者様! 帰ったら賢者様に会ったって皆に自慢してもいい?」
 無邪気に笑いながら訊いてくる少女に、今回も、その消えていく姿をじっと見つめながら答える。きっともう二度と会うことのない相手。
 もし偶然に会っても、今の続きは始まらない。
「覚えていればね」
「こんなすごい体験忘れないよぉ」
 まるでどこかに遊びに行くかのように、最後は可愛らしく手を振りながら笑顔で少女は姿を消した。
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