昼食はお洒落にしたい 2

文字数 2,987文字

 せっかく意見が出たにも関わらず誰も外出しないこの家に弁当箱はなかったので、結果弁当っぽく見せるために一皿で盛り付けた昼ご飯を見た瞬間の相手の言葉は「あざとい」で。
 じゃあ限りなくあざとさを追求しようと、普段は料理中すらつけない白いエプロンをつけて長い銀髪を結い、相手が絶対応えないのをいい事に「食べる?」とひとくち分を差し出した時には「あざとすぎる作られた偽物だとわかってるのにこれだから男というのは損な生き物なんですよっ」と苦悩していた。
 別に間違ってはないはずだ。愛妻弁当、という意見を再現するために、いかにも物語で出てきそうな愛妻的なものを自分自身で表現しただけで。本来ならそれは料理のみで表現されるべきものなのだろうが、残念ながらそこまでの腕はない。ので、俗に言う「新婚」っぽいものを体現してみた。
 それを見て悶えるのは相手の勝手だ。
 あざとい偽物にも反応する、というのは別に彼に限った話ではないだろう。演劇だのはその類だろうし、実際の恋愛においてすら男も女も己を良く見せるためには、時に偽りを纏う。そうすれば、相手が喜ぶから。そして偽りだと薄々わかっていたとしても、己の好む姿をしたものを見れば人は喜んでしまうもの、らしい。
(私にはそれは良く分からない感情だけど)
 本当に面白い生き物だ。
 その姿を見て、少し溜飲が下がる。とはいえ、あまりからかいすぎると可哀想なので、遊ぶのはそこそこにして昼食を居間まで運んですぐに食べた。弁当という前提なので一口で済むようなものを可愛く盛り付けていくつか乗せているだけの皿は、あまり時間をおかず空になる。
 食べ終わりの挨拶をした後、ふと思ったことを口にした。
「まぁこういうものは幻想よね。物語では見るけど実際にする人いるのかしら?」
「いつかもう一度させます」
「丁重にお断りするわ。なんかロクな目に遭いそうにない気がするし」
「えぇきっとご想像通りの事をしますよ」
 実は具体的には何も想像できてない、なんて事は教えない。一体この男の頭の中ではどうなっているのやら。それを尋ねるのは藪蛇というものだろう。
 食事中に会話はしないので、食事が終わった頃にそんな会話をしながら、増えた食器を台所まで運び、朝の分とまとめて洗った。
 自分などに毎回反応するこの青年は普段からこの場所にいるせいできっと相当飢えてるんだろうなぁとは思うものの、それは個々人で解決すべき問題であるとも思うので、からかいこそすれ解消させてあげようという気は毛頭ない。それに今はこんなことを言っているが、元の生活に戻れば確実に女性を選び放題な彼が、その時に自分のような女を選ぶとも思えないので、この手の発言は流すに限る。
 火遊びをするほど若くもない。
 そして考えるだけなら自由なので、好きにすればいいのだ。
 妄想の中でどういう扱いをされようが、実害さえなければ構わない、のが彼女の考えだった。
 人によっては妄想ですら気持ち悪い嫌だという者は少なからずいるだろうが、実行さえしなければ現実との違いは区別できている常識は残っているのだし、思考の自由は認めるべきだろう。この家には自分しかいないし、他の誰かが被害を訴えないのなら何も問題はない。
 皿を洗いつつ昼食を振り返る。
「今日のご飯は結構良く出来てたわよね」
「貴方料理を失敗したことないでしょう」
「見た目の話」
「あぁ。それは、普段見た目を気にしなさすぎてるだけじゃないですか? その気になればいつでもあの程度は作れるでしょう貴方なら」
 一応愛妻弁当という目標があったので今回はそれっぽく見た目の綺麗さや可愛さを自分なりに演出した結果、さっきの昼食は普段の適当な盛り付けと比べればかなり美味しそうに出来上がっていた。それを思い出しながら言えば、平然と彼はそう返してくる。
 料理が得意というつもりはないのだが、食事で大きな失敗したことがないのは事実だった。
 何しろ賢者になる前から自分で食事を作ってきたのだ。
 料理をまともに習うことがなかった故か、作るものは大抵が適当に混ぜたり焼いたり煮たりの調理をした名前のないもので、一般的な名前があるものですら正しい材料など調べずいつも適当に作っているが、使う材料の味や食感をちゃんと想定して完成時の状態を考えながら調理を加減しつつ作れば、案外失敗はしないものだ。火加減だの茹で加減だのも様子を見ながら行えば、大成功はなくとも大失敗もない。
 この辺は想像力や学習力が左右するのかもしれなかった。
 それを知っている男は肩をすくめつつ言ってくる。
「胃袋を掴むという点で、貴方に逆らえる男はいないんでしょうね」
「そう言う貴方も見た目で掴むという点ではどんな女性も落とせるんじゃないの?」
「貴方は落ちました?」
「ごめんなさい語弊があったわ私以外」
「まぁ貴方が見た目で落ちるなら僕もこんなに夢中にはならなかったでしょうね」
 背後からそんな事を言ってくる完成された美を持つ青年に、洗い終わった皿を一つ一つ水滴を拭いて棚に戻しつつ真顔で告げた。
「キャ、私好みの綺麗なお方。お願いです結婚を前提にお付き合いしてくださいな」
「よし言質は取りました結婚しますよ」
「話が違うでしょうそこは引きなさいよ『そんな女性とは思いませんでした裏切られましたさようなら』ってあっさり手のひら返して去りなさいよ」
 さっきと異なる反応をする男に、思わず振り返ってじっとり視線を向ける。
 簡単に見限って、そうして彼が本来いるべき場所に帰ってくれるなら彼女にとってこれ以上望ましいことはない訳だが、この世はそんな都合よく出来ていない。そして短くない時間を一緒に過ごした金の髪の青年は、こんな上っ面の言葉程度で呆れてはくれず、むしろ挑戦的に微笑み返してくる始末。
「貴方の遊び言葉に騙されてあげる程、僕は貴方を見てない訳じゃないので。そして都合のいい解釈を積極的に利用するという点では僕は貴方より貪欲ですよ」
 こういうところは本当に面白くない。
 昔はもう少し可愛げがあったと思うのだけど。
 …………いや、単に遠慮が無くなっただけで、元からこういう男だったのだろう。観察眼も思考も、出会った頃から何も変わってはいない。今はちょっと特殊な環境下のせいで、そこに気の迷いが起こっているだけで。
「夢は早く覚めるべきだわ」
「貴方にとってこれが夢なら貴方が目覚めるべきですよ。ここを出る時は僕と結婚する時ですのでお忘れなく」
 嬉しそうに未来を語る彼に、もし万が一でもこの家の外で手でも握られて再度求婚されれば、その時は考えなくもないだろう。なにしろそれは奇跡か魔法程度にはまず起こらないことなのだから、そんな事態が発生した時には希少な機会として珍重し真剣に検討すべきだ。
 発生したならば。
 だがそれは起きない。
 この家の外で触れ合う時、目の前の男が自分を覚えている筈はないのだから。
 それなのに一瞬でもくだらないことを考えた自分も、案外今まで読んだことのある幻想的な物語や恋愛をする物語に毒されているのかもしれない。何があっても最後はめでたしで終わる、そういう都合のいい物語は嫌いではないし、物語だからこそ奇跡も魔法もあるべきだ。
 現実はどうしようもないのだから。
 あぁでも妄想は自由だった、と思い直して、皿を入れ終えた棚の扉を静かに閉めた。
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