#7.2 ドアの向こう
文字数 3,132文字
「あ〜、そういうことですか。それなら……いいですね、都合が良くて。作者なら何でも有りですから、……うん、それで本ばかり例えにする訳だ、……いいですね、分かりました」
話を逸らした先生にケンジは落胆したが、それは期待の裏返しでもあったのだろう。それはまだ小さいが、怒りにも似た感情が弱火でトコトコと煮詰められていくように、蟠 りが芽生えつつあったようだ。一方、先生は気休めのために冗談を挟んだつもりだったようだが、それが裏目に出たことで自身を責め、「ここが踏ん張りどころだぁぁぁ」と気を引き締めた、ようだ。
「君はまず、修行を積まなければならないようだね。まずはその早計を何とかしなければ、だな。……では、君に質問するが、その作者とは誰のことだね? 誰を想定しているのだろうか」
「誰とは? ……そうですね、好き勝手に物事を書ける作家……なら誰でも良いのではないでしょうか。あくまで本に例えるなら、ですが。……あっ! そこで召喚士が登場、なんかの気まぐれか、世界を救うとかで二人を召喚したってところでしょう。合ってます?」
ケンジの返答に少し間を置く先生である。それは、次に話す内容のことを考えていたためで、ケンジの言ったことを聞いていなかった、というのが正直なところだろう。
「それは、……1ページ前の49ページで起きた出来事である。話を簡潔にするために、今回は舞台を用意しよう。……その舞台の主役、なんとかという武将が出演することになっていた。ところが、どうしたことか、その役者が舞台から降りてしまったのだ。多分、舞台監督と意見が衝突したかギャラで揉めたのだろう」
「随分と現実的な設定ですね」
「それが行間 に相当する部分である。本には舞台は成功を収めたと書かれているだけで、経緯など詳細は書かれていない。そこで、舞台監督がしたこと、やるべきこととは代役を探してくることだろう。しかし、適当な人材がその世界には居なかった、とする。困り果てた監督は、ふと隣の世界を覗き込んだ。すると、代役に適した人材を発見してしまった。そこで急遽召喚し、代役として舞台に上げた、というのが召喚された理由になるだろう」
「曖昧……というか抽象すぎてなんとも。それならやはり召喚士が呼んだことにすれば、その方が納得しやすいですよ」
「君には召喚士の知り合いでもいるのかね」
「いや、居ませんけど。……それは例えであって……」
時折、冗談を混ぜる先生だが、その割に冗談を受け付けない先生でもある。そんな一方通行に悩まされるケンジを通り越す先生である。
「行間 とは、即ち事象の揺らぎを指している。ということは、……例えが過ぎたようだね。では、これからは正確に言うことにしよう。我々の世界での過去は既に確定済みである。かつ、それは別の世界にも適用される。但し相対的に近い 世界同士という前提がある。それを踏まえ、それぞれの世界はほぼ同一の歴史を辿るが、ほぼ とは結果に至るまでの事象に、それぞれ揺らぎ が生じるという意味であり、結果は完全に一致するので、その揺らぎは無視できるだろう。しかし、仮に収束できない程の大きな揺らぎ、場合によっては変化が生じた場合、互いの世界は干渉し合い、揺らぎを抑制しようとする。つまり、辻褄を合わせようとする訳だ。
では、何故そんな現象が起こるのか。それは、過去・現在・未来において全ての事象が確定されている、とすれば、未知の過去は存在しない、ので、現在も未来も変わる事はない。よって、なんらかの揺らぎは必ず収束する、というのが私の仮説である」
「分かりません、全然分かりません。……ですが、その辻褄を合わせようとするのは何ですか? もう召喚士とは言いませんが」
「分からない、それは私にも分からないのだよ。ただ、強いて言えば、未知なる力、大いなる存在? 世界の意思? それとも何かの法則かも知れない。……まあ、それらを引っ括 めて、神の御業 とでもしておけば無難だろう」
「とうとう神様の仕業ですか。でも、……それじゃあ何であの二人なんですか? 特別に選ばれる理由があったのでしょうか。別にあの二人でなくても」
「神の御心は凡人には理解出来ぬもの、というのは半分冗談だが、それに対する仮説は既に考えてある。どうだね、聞く気はあるかね」
「ますます混乱しそうですが、……一応」
「君は、彼女たちが選ばれた と言ったが、真逆のことも言えるのではないか。それは、私たちがこの世界に選ばれ、彼女たちはこの世界から切り離された、とも言えるだろう。何度も言うが未来は確定している。その確定している未来に彼女たちは存在しない。と言うことは、私たちの未来は存在していることになる。そんな将来有望な私たちをこの世界から弾き出してしまえば、それこそ歴史を動かす大事件に発展するだろう。……いや、世界全体、この宇宙そのものの存在が危ぶまれると言っても過言ではないはずだ。それ程、私たちがここに居る ということは、それだけで意味があることなのだよ」
「ちょっと待ってください。世界から切り離された挙句、未来が無いってことは、それは異変、……未来を書き換えたことになるんじゃないですか? 矛盾しますよ」
「矛盾? それは無い。先ほど言ったように彼女たちの未来の消滅は全体から、いや、未来という事象からすれば些細な揺らぎに過ぎない。その存在が未来において何ら影響を及ばさないということだ。平たく言えば、歴史に名を残すような存在では無い、無いからこそ歴史の穴埋めとして選ばれた、というのが真理に近いかも知れない」……。
話終えた先生は、何となくケンジの表情が冴えない——むくれているように感じたようだが、それが何故なのか皆目検討がつかない先生である。そこで補足のように、
「でもね、君。災いを転じて福となす、というではないか。……アレだろう、彼女と彼がアレであれば、世界は違えども二人の想いは成就した訳だから、これは君にとっても良い結果ではないかね、……ないかな〜」
先生の話に、これ以上反応しない・したくないと思ったケンジは椅子に座ったまま、どこを見るとはなしに視線を泳がせた。それは、話を聞いていただげなのに体は疲労し、思考する体力も残りあと僅かのように感じたからのようだ。——そんな無反応になったケンジに興味を失くしたのか、それとも話した、または話せたことで満足したのか、またクルッと回転し後ろに手を組みながら窓越しの風景を観察し始めた先生である。が、陽は既に暮れ、窓ガラスは風景の代わりに先生の顔を写してしまった。それに顔を顰 める先生は、猫背になって椅子に座るケンジに、
「君、今日の講義はこれで終了とするが、これからどうするのかね」
「そうですね。……もう少しだけここに居てもいいですか。もしかしたら……もう少しだけ待ってみようと思うのですが」
「ほうぉ、待つか。……そうか、それもいいかも知れない。もしかしたら何食わぬ顔でそこのドアから戻って来るかも知れないしね。……待つか、そうか、……待つのか」
多分、先生は陽が暮れたことで帰りたくなったのか、それともケンジと二人、無言で過ごす現在 という空間に居心地の悪さを感じたのかも知れない。——そんな時 が少々経過した後、
トントン。
誰かがドアを叩いたようだ。その音にサッと振り向いた先生、猫背を一気に伸ばしたケンジである。
【おわり】
話を逸らした先生にケンジは落胆したが、それは期待の裏返しでもあったのだろう。それはまだ小さいが、怒りにも似た感情が弱火でトコトコと煮詰められていくように、
「君はまず、修行を積まなければならないようだね。まずはその早計を何とかしなければ、だな。……では、君に質問するが、その作者とは誰のことだね? 誰を想定しているのだろうか」
「誰とは? ……そうですね、好き勝手に物事を書ける作家……なら誰でも良いのではないでしょうか。あくまで本に例えるなら、ですが。……あっ! そこで召喚士が登場、なんかの気まぐれか、世界を救うとかで二人を召喚したってところでしょう。合ってます?」
ケンジの返答に少し間を置く先生である。それは、次に話す内容のことを考えていたためで、ケンジの言ったことを聞いていなかった、というのが正直なところだろう。
「それは、……1ページ前の49ページで起きた出来事である。話を簡潔にするために、今回は舞台を用意しよう。……その舞台の主役、なんとかという武将が出演することになっていた。ところが、どうしたことか、その役者が舞台から降りてしまったのだ。多分、舞台監督と意見が衝突したかギャラで揉めたのだろう」
「随分と現実的な設定ですね」
「それが
「曖昧……というか抽象すぎてなんとも。それならやはり召喚士が呼んだことにすれば、その方が納得しやすいですよ」
「君には召喚士の知り合いでもいるのかね」
「いや、居ませんけど。……それは例えであって……」
時折、冗談を混ぜる先生だが、その割に冗談を受け付けない先生でもある。そんな一方通行に悩まされるケンジを通り越す先生である。
「
では、何故そんな現象が起こるのか。それは、過去・現在・未来において全ての事象が確定されている、とすれば、未知の過去は存在しない、ので、現在も未来も変わる事はない。よって、なんらかの揺らぎは必ず収束する、というのが私の仮説である」
「分かりません、全然分かりません。……ですが、その辻褄を合わせようとするのは何ですか? もう召喚士とは言いませんが」
「分からない、それは私にも分からないのだよ。ただ、強いて言えば、未知なる力、大いなる存在? 世界の意思? それとも何かの法則かも知れない。……まあ、それらを
「とうとう神様の仕業ですか。でも、……それじゃあ何であの二人なんですか? 特別に選ばれる理由があったのでしょうか。別にあの二人でなくても」
「神の御心は凡人には理解出来ぬもの、というのは半分冗談だが、それに対する仮説は既に考えてある。どうだね、聞く気はあるかね」
「ますます混乱しそうですが、……一応」
「君は、彼女たちが
「ちょっと待ってください。世界から切り離された挙句、未来が無いってことは、それは異変、……未来を書き換えたことになるんじゃないですか? 矛盾しますよ」
「矛盾? それは無い。先ほど言ったように彼女たちの未来の消滅は全体から、いや、未来という事象からすれば些細な揺らぎに過ぎない。その存在が未来において何ら影響を及ばさないということだ。平たく言えば、歴史に名を残すような存在では無い、無いからこそ歴史の穴埋めとして選ばれた、というのが真理に近いかも知れない」……。
話終えた先生は、何となくケンジの表情が冴えない——むくれているように感じたようだが、それが何故なのか皆目検討がつかない先生である。そこで補足のように、
「でもね、君。災いを転じて福となす、というではないか。……アレだろう、彼女と彼がアレであれば、世界は違えども二人の想いは成就した訳だから、これは君にとっても良い結果ではないかね、……ないかな〜」
先生の話に、これ以上反応しない・したくないと思ったケンジは椅子に座ったまま、どこを見るとはなしに視線を泳がせた。それは、話を聞いていただげなのに体は疲労し、思考する体力も残りあと僅かのように感じたからのようだ。——そんな無反応になったケンジに興味を失くしたのか、それとも話した、または話せたことで満足したのか、またクルッと回転し後ろに手を組みながら窓越しの風景を観察し始めた先生である。が、陽は既に暮れ、窓ガラスは風景の代わりに先生の顔を写してしまった。それに顔を
「君、今日の講義はこれで終了とするが、これからどうするのかね」
「そうですね。……もう少しだけここに居てもいいですか。もしかしたら……もう少しだけ待ってみようと思うのですが」
「ほうぉ、待つか。……そうか、それもいいかも知れない。もしかしたら何食わぬ顔でそこのドアから戻って来るかも知れないしね。……待つか、そうか、……待つのか」
多分、先生は陽が暮れたことで帰りたくなったのか、それともケンジと二人、無言で過ごす
トントン。
誰かがドアを叩いたようだ。その音にサッと振り向いた先生、猫背を一気に伸ばしたケンジである。
【おわり】