#12 輪廻

文字数 3,950文字

地の果てに到着した陽一と御嬢様である。そこには、お邪魔な例の男は出演せず、何かの理由で逃避行をする羽目になった陽一たちである。

二人は遠いところまで逃げてきたものの、その心の中は開放感で満たされていた、ということになっていた。しかし、現実は無一文の陽一たちを快く迎えてはくれず、『働かざるもの食うべからず』が二人を容赦なく襲いかかった。

だが、運の良い陽一は酪農を営む、ある農家に拾われ、それを日頃の行いの賜物だと喜んだそうだ。そこで二人の関係を問われたので、親子ということにしたらしい。そして、母屋から少し離れた小さな小屋を貸し与えられ、そこが二人の新しい人生を始める出発点となった、そうだ。この時、陽一が御嬢様をどのように見ていたのかは曖昧にされている。

こうして農作業に精を出す陽一、それを支える御嬢様、という日々を送っていたが、ほんの数週間で大変な事が起きてしまった。それは、御嬢様の成長が止まらず、あれよあれよという間に、今では高校生くらいにまで大きく育ったそうだ。この時、陽一が御嬢様をどのように見ていたのかは曖昧にされている。

時は過ぎ、成長の速い御嬢様は二十歳くらいになった。そこで再度二人の関係を問われたので、今度は歳の離れた夫婦ということにしたようだ。

こうして農作業に精を出す陽一、それを支える若い妻、という日々を送っていたが、ほんの数週間で若い妻は陽一と同じくらいの年齢にまで達してしまった。そうすると、陽一の中で、ある予測が、それも悪い予感のようなものが日々育っていったようだ。それは、——言葉にしてはいけない、考えてはいけないことなのだが、それは避けては通れぬ一本道のような選択を迫っていた、そうだ。

◇◇

ある時、それは突然訪れた。牛舎で牛の世話をしていた陽一の元に、見知らぬオバさんが声を掛けてきた。いや、お婆さんといった方がいいだろう。もちろん、老人には優しく接しようと、

「どちらさまですか」と言った途端、何故かそのお婆さんは顔をムッとさせてしまったではないか。これには、親切をモットーにしている陽一もカチッと来たようで、更に、

「誰ですか、あんたは」と語気を強めて言い放った。すると、

「私です。分からないなんて、酷い」の声で、なんとなく、——もしかしてもしかするの? という具合で、思わず、

「うっそぉぉぉだろうぉぉぉ!」と大声をあげてしまった陽一である。

が、ついさっきまで、——朝、家を出るまでは熟女だった御嬢様が、なんで急に、こんなこんな◯◯に成ってるんだよぉぉぉ、と、心の中でも叫び、そして、こんなことなら、夕方になったら、明日になったら、もっと酷くなるっていうのかよぉぉぉ、という感情を抑えらえず、つい、というか壊れた蛇口のように、

「やだよー、こんな◯◯、知らないよー。ばあさん、俺をからかってるんだろ、ーいい加減にしろよー」と真っ赤な顔をして怒鳴り散らすのであった。

しかし、知らないと言いつつも、お婆さんの顔に御嬢様の面影があることに気が付いていた陽一である。それを認めたくない一心で現実から目を逸らそうとしたのである、といっても、夢の話であるが。

そんな陽一の態度に呆れ・失望した御嬢様は、

「あなたって人は、昔からそうなんですね。酷い、酷すぎます。……結局あなたは、私の見た目だけしか興味がなかったのですね。いくら美しくて可愛い私でも、歳をとったら用済みだなんて、あなたは人として最低、失格、クズ、おたんこなすです。バカっ!」と、手で顔を覆いながら泣いてしまったのである。

これには流石の陽一も——これ幸いと、一気に別れ話に持ち込もうとする陽一である。もちろん、これは夢であるので、現実の陽一がそんな『人でなし』であるはずがない——とは、言い切れないかもしれない。

「おいおい、そんな態度は鏡を見てから言ってくれないか。こんなことなら、家を出るとき、ゴミと一緒に捨てれば良かったよ。——別に、無理やり連れてきた訳じゃないんだから、今からでも遅くない、お前の好きなところに行って、好きなように暮らせばいいじゃん。……うん、それがいい、それがいいよ。さあ、どこへでも行ってくれ、俺は忙しんだ」

これが陽一の本性なのか、それとも夢なので好き勝手に言ってるだけなのかは不明だが、こんな罵声を浴びては、いくら夢であっても御嬢様は耐えられないだろう。——ほら、肩をヒクヒクさせながら、今にも死んでしまいそうなくらい泣いている? ぞ。

「ヒヒヒ、ハッハハハハ。とうとう正体を見せましたね。やはり、根っからの悪党、腐敗、汚物、それらを纏めて『クズ』でしたね。もう呆れて、これ以上なにも言えませんわ」

あらっ不思議、今まで顔を覆っていた手をゆっくりと降ろした御嬢様は、あれよあれよという間に、老婆から『うら若き』女性へと変貌していったではないかぁぁぁ。これに陽一は思わずヨダレを垂らしそうになりながらも、次の瞬間、どう言い訳をしたものかと頭をフル回転させたのは言うまでもない。

「あー、あああ、今のは、その、冗談、冗談だって。分かるだろう、つい冗談を言ってみたくなっただけなんだ。本当だ、本当なんだよぉぉぉ」

「あら、そうなんですか。でも、私、決めましたので、行きますね。……そうですね、確かに、私が勝手にあなたに付いて来ただけですから、これ以上は御迷惑かと思いますので、これから好きな所へ行って参ります、では」

「ちょ、ちょっと待ってよ、待てったらー。俺から離れて、どうやって暮らすつもりなんだよー。離れたら、俺から離れたら絶対、不幸になるから、なっ、なっ」

「そうですか。それはそれで仕方ありませんね。……まあ、それも覚悟の上、というものです。では、さようなら、お元気で」

「何が『元気』だよー、この、バカ野郎ぉぉぉ!」

「ふふっ」

この、最後の「ふふっ」で怒りが頂点に達した陽一は拳をふり上げ、御嬢様を——これに驚いた牛が陽一の土手っ腹に会心の蹴りを放ち、鈍い音とともに吹き飛ばされた陽一である。もちろん、打ち所が悪かったせいで、苦しみながら絶命、これにて夢も終わりを告げたのであった、めでたし、めでたし。



夢から覚めた陽一は、半分ほど(うつぶ)せになった状態で路上に横たわっていた。そこは——話は振り出しに戻り、散歩をしていた保育園近くの遊歩道である。ということは、陽一もまた、2500年先の未来(正確には別次元の未来)から無事、帰還できたということだろう。もちろん、意識を取り戻したばかりの陽一に、その事実が理解できる訳ではないが。

今から思えば、ただ道を歩いていただけで転倒した、というのは、それが未来から召喚される何かの切っ掛けだったのかもしれないし、ただ単におっさんだから()けただけかもしれない。

とにかく、路上に転がっている陽一を、保育園が近くにあるということもあってか、園児たちが面白そうに囲んでいた。もちろん、その子らはまだまだ分別のつかない子供であるので、陽一をツンツンしたり、中には足で蹴っている子までいる始末である。

そこに登場したのが、陽一が倒れる前に目が合ったという保育士の女性である。しかし、その瞬間は目撃しておらず、ただの通りすがり程度にしか認識していなかったようだ。そこに、人が倒れていると園児たちが騒ぎ始めたので駆けつけた、ということのようだ。

話は前後するが、陽一が保育士の女性と目が合った時、なんとなく知っているような気がしたようだが、更に未来において陽一を使役した奥様も、どことなく見覚えが有るような気がしたそうだ。これらは何かの因縁か、それとも運命とやらに(もてあそ)ばれてしまったからなのか、それらは多分、誰にも分かることはないだろう。

「大丈夫ですか、お怪我はありませんか」

行き倒れのような陽一に、恐る恐る声を掛けた女性である。それは、この場に居合わせたことへの責任を果たすためか、それとも、園児たちの手前、仕方なくなのか、どちらにしろ、大人といえばこの女性しか居なかったのが不運なのかもしれない。

優しい声を聞き付け、心躍るように周囲をキョロキョロ、そして声の主にハッとした陽一である。一目見たその瞬間に、自分の元を去って行った御嬢様の姿と重なり、動揺・息切れ・目眩を起こしてしまったようだ。もちろん、あれは夢であって、そこから既に目覚めているということは(しっか)りと認識しているようだが、それでも、こう目の前に居ては思考が追いつかない、または混乱したとしても不思議ではないだろう。よって、夢と現実の区別が曖昧のまま、自分にとって都合の良い方を選択した結果、ガッツリと女性の足を掴みながら、

「俺が悪かった、全部俺のせいなんだ、許してくれよ〜。だから、だから、どこにも行かないでくれよ〜頼むよ〜」と、半泣き状態かつ濁りきった声を震わせる陽一であった。

もちろん、これに園児たちは恐れ戦き、「怖いよ〜」とか「変態!」など、有りっ丈の知識を総動員し罵声を陽一に投げつけ、片や足を掴まれた女性は「きゃー」と悲鳴をあげた——のではなく、このような状況に普段の心の備えが無かったのだろう、必死に魔の手から逃れようと掴まれた足を——その手が離れた瞬間、勢い余って陽一の顔面をキック、「オギャー」という悲鳴と共に『のた打ち回る』陽一である。

この騒ぎを聞きつけた近隣住民が現場に駆けつけ、即座に警察に通報、その場で逮捕されてしまったのである。その際、

「俺は悪くない、悪くないんだー」の声だけを残したという。
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登場人物紹介

スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

ゴルゴーン三姉妹の次女

メデューサ

ゴルゴーン三姉妹の三女

シルキー

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