俺の名は『2号』

文字数 3,721文字


俺の名は『2号』だ。

どこかの異世界で悠々自適の暮らしを謳歌している『2号』ではない。現実社会で売れない作家をやっている。だから『2号』というのは偽名、いや、ペンネームである。

この、『2号』というヘンテコな名前には、きちんとした理由と由来があるのだ。それが何かと言うと、おっと、売れない作家なので無料という訳にはいかないだろう。これでも作家の端くれ、夢と希望とロマンスを書き記し、そこから利益を根こそぎ貪ってこその作家である。

しかし、『売れない作家』なので今回ばかりは特別な計らいでお教えしよう。これは自費であり、いや、慈悲であり、愛である。因みに今まで一度も本を売ったことがない『売れない作家』でもあるようだ、俺という奴は。

では、始めよう。
俺の名は『2号』だ。ということは、そう、察しの良い方なら分かるだろう、『1号』の存在を。その『1号』とは、なんと俺の祖父のことである。その祖父なのだが、これが俺と違って、一冊だけ本を出版したという、信じたくはないが、イカれた爺さんであったことは間違いない。

そう、俺を差し置いて、『売れた作家』だったとは言語道断、片腹痛しだ。俺がどんなに妄想を空想に羽ばたかせても、この事実だけは消し去ることが出来ないでいる。ならばと、いくら身内といえども目の前に立ち塞がる壁である。その壁を乗り越えてこその俺、一丁前の俺ということになる、はずだ。

そこで俺は考えた。いくらイカれた爺さんであっても、そこは『売れた作家』である。それも俺の祖父とくれば憎らしいではないか。だから俺はそのイカれた爺さんを『1号』と呼称し、その後に続く偉大な俺として『2号』の名を甘んじて名乗っている、という健気で努力家で努力の申し子の俺である。

では、『1号』ことイカれた爺さんが書いたという本、その内容が気になるところだが、それよりも、このイカれた爺さんが何故、本を書いたかが重要になってくる。なぜならこの爺さん、本職は司祭であり教会に蔓延る悪魔の手先でもあった。

そんな『1号』ことイカれた爺さんが本職でもないのに本を書き、更にそれが結構売れたという、エゲツない経歴の持ち主である。俺の努力と根性と才能を持ってしても未だ成し得ていない偉業を片手間の作業で世間をアッと言わせたなど、神が認めたとしても断じて俺が許さないことだろう。そう、神の奴隷などに俺が負けるわけにはいかないのだ、絶対に。

おっと、俺の熱き情熱で話が逸れてしまったが、『1号』ことイカれた爺さんが愚行にも本を書いた経緯を明らかにしていこう。それがいかに偶然で、才能に関係なく努力の微塵も感じられなものであったかをだ。



むかしむかし、あるところに、いや、爺さんの住んでいた村だが、その近くに森があったそうだ。その森は、ある一点を除いて、どこにでもある普通の森なのだが、そう言うと気になるであろう、その一点とやらが。

いやいや、大したことではない。その一点とは、この森に入ると二度と戻って来れなくなるというチンケな噂である。どうせ高級な松茸が取れるとかの、そんな類のものであろう。要はその森に人を近づかせないための方便であったに違いない。

その証拠に、森に柴刈りに入った老人の記録が残っている。これ即ち無事に生還したというとである。それよりも、そんな記録が残っていること事態が驚異的であろう。おそらく入場料でもふんだくっていたに違いない、ふむふむ。

これで森の件は片付いた。次に俺の祖父である『1号』の出番である。先に語ったように、『1号』は司祭である。司祭とは教会で嘘八百を吹聴する神の(しもべ)にして人類の敵でもあるのだが、人心を惑わすことにも長けている。よって村唯一の教会で『1号』は『何でも屋』のような働きをしていたという。

そんな『1号』の元に、なんと! 若い娘が転がり込んできたそうな。そんなことが許されて良いものなのかと憤慨する俺をよそに、気立ての良い美しい村娘が教会の扉を蹴破った。因みに俺好みのロングヘヤーだったと記録されている。そう、何でもかんでも記録が残っている不思議な村でもあるようだ。

扉を蹴破って教会に乱入する美少女か。当然、胆を冷やす『1号』である。この時のやり取りも記録があるので、それも披露しておこう。因みに『1号』は既に爺さんである。

「おい! ジジイ、頼みがある」
美少女というわりには少々、口が悪いようだ。まあ、それも仕方あるまい。ここは辺境の村、『1号』が司祭を務められるくらいの土地柄というものだ。

「何奴じゃー、控えおろう、神の御前なるぞー」
口から泡を飛ばしながら口答えする『1号』だ。これが俺の爺さんだと思うと情けない。我が家の家訓である『女性は丁重に扱え』を忘れたのか。この家訓は爺さんが……お前じゃないかい。

「オラの亭主が森に行ったきり、戻ってこねーだよ。探してくれ、探せ」
「なんだよ、人妻かよ」

この一言で人妻から鉄拳制裁を受けたと、これは『1号』の日記に書いてあったことである。一体、人妻でなければ一体どうするつもりだったのだろうか、このエロジジイめ。

人妻の要求は簡単だ。自分の元から消えた夫の首を持って来いと。しかし、何でも屋でもある司祭こと爺さんは考えた、いや、瞬間的に思ったことだろう、『無理もない』かもと。いくら見た目が良いとは言っても、そう性格が破綻してしまっていては逃げられるのも無理からぬこと。

「身から出た錆、自業自得」と言い掛けたところで自らの口を塞ぐ爺さんだ。また鉄拳を食らっては不味かろうと、適当にあしらって人妻を追っ払ったそうだ。何故だか嘘と言い訳が上手かったと俺の父親が自慢していたのを、フンフンと子供ながらに聞いた覚えがある。

適当に誤魔化した爺さんは、これで難を逃れたと勘違いしたことだろう。なにせ神の目前での所業である、神は騙せても世間を欺くことなど到底不可能。その証拠に次から次へと同様な相談が殺到したのだから、いくら爺さんでもネタが尽きるというものだ。

どいつもこいつも性悪女ばかりで参るぜ、と爺さんは困惑の表情の陰で、こっそりヨダレを零したそうだ。その訳は、この村から若い男が居なくなれば、それは自然と男は俺だけとなり、結果的にハーレムになるのではないかエヘ、と、これまた恥知らずな思考の持ち主だったようだ。

ヨダレを拭き取った爺さんは形ばかりに、森に捜索しに行ったようだ。勿論、探し物は逃げた男たちではなく、人妻に囲まれて過ごすエロい日々の妄想、その欠片である。

暫く森を散策し、飽きたところで引き返す爺さん。こうして探しているフリをしていればいつか、なんて(よこしま)な事を考えているとほら、道に迷ったではないか。

方向音痴は我が家の伝統である。右も左も西も東も全部、同じに見えてくるから不思議だ。木が密集しているせいで視界が悪く、おまけに薄暗い森の中である。しかし、この位で狼狽える爺さんではない。適当に歩けば何処かに出るだろう、と呑気に歩き続ける爺さんだ。もしかしたら司祭であることをいいことに、神のご加護に守られてるもんね、と思っていたかもしれない。しかし、そんなものを信じていること自体、司祭失格であろう。この世に神などおらぬ、信じられるのは預金残高だけである。

本格的に森の中で迷った爺さん。少々、困った顔をしているが、今更神に祈っても遅いだろう。日頃の行いがものをいう……いやいや、人家があるではないか。それは少々大きめな山小屋といった感じだが、その突き出た煙突から煙が、これまた少々出ている。それを見つけた爺さん、ちょっとあそこで休憩と足取り軽く向かうのであった。

トントン。爺さんが玄関らしい場所のドアをノックしやがった。しかし返事はない。そこでもう一度、トントン、トントン、トントントントントントントントン。なんて無礼で恐れを知らぬジジイだろうか。それでも煙突の煙を見ているので中に人が居ることは分かっているんだぞと執拗く粘る爺さんだ。そして挙げ句の果てに、「俺だ、俺だよ、開けてくれー」と、一体どこの俺様なんだよと突っ込みたくなる俺である。

家のドアは、そのしつこさと執念深さに根負けしたのか、ほんの少しだけ開いたようだ。そのドアの奥、中は暗くて見えないが、女性の気配を感じ取った爺さんは、何が何でも中に入ろうと頭をフル回転させているヤバイ爺さんと化していた。

「どなたですか」
おお、ドアの向こうから、うら若き女性の声が。やったね爺さん、ではなく、逃げるんだ、お嬢さん、そこから今すぐに! そいつはケダモノだ! 危険なんだー。

「俺だ、迷子になった、中に入れてくれ、俺は司祭だ、迷子になった哀れな子羊だ、神の遣いだ、悪いことはしない、信用してくれ――」等々、御託を矢継ぎ早に並べ立てた爺さんだが、まだまだホザイテいる途中だというのに、扉は固く閉じられたのであった。

◇◇
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登場人物紹介

スライム

異世界でスライム生を謳歌している俺。

ゴーレム

異世界で少女を守りながら戦う俺。

ゴーレムの創造主
自称、魔法使い。ゴーレムからは魔法少女 または 魔法おばさん または ……

エリー

エルフの私です。
エルフの里で育ち、エルフの母に姉と弟、それに友達も皆、エルフです。
耳は長くはないけれど、ちょっとだけ身軽ではないけれど、
すくすくと育った私です。
だから私はエルフなのです。

ステンノー

ゴルゴーン三姉妹の長女

エウリュアレ

ゴルゴーン三姉妹の次女

メデューサ

ゴルゴーン三姉妹の三女

シルキー

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