自動化の波
文字数 3,491文字
場所は変わって、綺麗で真新しいマンションにやってきた二人です。そこにお姉さんの自宅があるのでしょう。早速、玄関のドアが開きますが、その前に「散らかってるけど、気にしないでね」とお決まりのセリフを添えるお姉さんです。
開いたドアから中に入るために、まずお姉さんがジャンプしました。ジャンプ? はい、ジャンプです。跳躍したと言ってもよいでしょう。流石は体育会系のお姉さんです。ですがそれは……ええ、シルキーが卒倒しそうなくらい荒れ果てた、いえいえ、そこはゴミの集積場、のような所でした。
我慢しきれなくなったシルキー、部屋の中へとゴミを掻き分けながら進み、一番奥の部屋へと入っていきます。そして360度見渡し、今にも気絶しそうな自分を辛うじて保ち続け、何かのスイッチを入れました、ブオォォォォン。
巧みな手さばき、活動動線の確保、舞を踊るかのようなステップ、そして至高の目標を掲げ、一糸不乱に部屋の掃除を始めるシルキー、テキパキです。
「私ね――」
シルキーの働く姿を傍で見ながら自分語りを始めるお姉さんです。長いので要約しておきましょう。このお姉さん、見た目通りやってますよ、日々の訓練を。その訓練とは、なななんと宇宙飛行士になるためのものなのです! 正確には乗組員、クルーといったほうが良いでしょう。
その行き先は火星、人類未踏の星であります。そこに有人ロケットでひとっ飛び、ガツーン、ドーンと行ってくるわけです。
但し、その火星行きは……行きっぱなしの片道旅行であります。そう、もう地球に戻ってくるなんて、そんな面倒なことは考えない、要は『移住』ということになるのでしょう。既に、半年前には居住用の資材を積み込んだロケットが飛び立ち、そろそろ到着する予定です。そこで健気なロボットたちがトンカントンカンと人が住める基地を建設することになっています。
そんな命知らずな火星旅行に応募したお姉さん、くじ運が良いのか悪いのか、とにかく宇宙飛行士に見事採用され、天にも昇るほど喜んだそうです。
「それでね、私ね――」
まだ、お姉さんの話は続くようですが、キッチンにて洗い物と格闘しているシルキーです。そこに子犬が忍足で近寄り、シルキーを威嚇、いえ、そんな根性と度胸はありませんので、自分の方が先住民、先輩であるぞビームを放っています。それに気づいたシルキー、「(邪魔をしないで)チッ」と、手を休めることなく優しい眼差しをその子犬に突き刺しました。
するとどうでしょう、直ぐに尻尾を丸めて降参する子犬です。これで上下関係がはっきりとしたことでしょう。
ということで、お姉さんが強引にシルキーを連れてきた理由は、自分が留守の間、この子犬の世話をして貰うつもりだったようです。ですが……そうですね、それは『留守』ではなく永遠のお別れになるはずです。ということは、はい、このお姉さんは大きな勘違いをしている、ということでしょう、可哀想に。
半年前に施設関係の資材を積んだロケットが飛び立ち、間も無くお姉さんたちを載せるロケットの打ち上げがあります。そして第三陣として三ヶ月後に残りの移住者を乗せたロケットが飛び出すのですが、それを帰りのロケットと間違えているのでしょうか。行ったきりの片道、当たって砕けろの火星旅行です。
「半年、いいえ、三ヶ月でもいいわよ、私が戻るまでだから」
部屋が綺麗になっていく様に感激しながらも、まだ話を続けるお姉さんです。既に洗い物を済ませたシルキーが断捨離の心を持って大胆にゴミを捨てていきます。
「あっ! それは」
シルキーが手にしたゴミに反応したお姉さんですが、「(これは二度と手にしないはず)チッ」と容赦なく捨ててしまいます。それに「あうー」と涙ぐむお姉さん、それは買ったばかりなの〜と慈悲を求めてもシルキーの心が揺らぐことはないでのす。
「あっ! ああ、いいわそれ、いらなーい」
シルキーが手にしたゴミを無視したお姉さん、「(これは大切なもの。多分、代々受け継がれた誰かの形見、のはず)チッ」と、そっと棚の上に飾っておくシルキーです。
「それでねー、お給料のことなんだけど……えっ! いらないの! まあ、でも住むとこ、ないんでしょう? ここに住めば〜。うん、そうしなよ。それでお金のことは相殺ってことで。どう? 良かったよね、お礼はいいから気にしないで」と勝手に話を進めるお姉さんです。
こうして爽やかクリーンに蘇った部屋を手に入れたお姉さんは大満足です。勿論、ここまで仕上げたシルキーも誇らしげに微笑んでいます。こうしてお姉さんとシルキー、そして子犬一匹の共同生活が始まりました。
◇
数日後、お姉さんの部屋のソファーで浮かない顔のシルキーです。あの働き者のシルキーはどこに行ってしまったのでしょうか。それはシルキーにとって一番重要で大切なこと、その存在理由でもある家事が出来なくなったからなのです。ええ、確かに部屋は綺麗に美しく見違えるように輝いています。でもそれはシルキーのこなした仕事の成果ではなく、家事の全てを機械が自動で行ってしまったからに他ありません。
この部屋の初期状態では、とてもそんなことを想像すら出来ない状態でしたが、それこそが原因だったのです。そう、いくら便利な機械があろうとも、それが正常に稼働する領域、場所が無かっただけなんです。それをシルキーが神業、匠の技で綺麗にしたおかげで、本来の機能が発揮できるようになった、というわけです。それで、そう、それらの活躍により、もはやシルキーの出番が無くなった、お払い箱、お荷物状態と化してしまったので御座います、はい。
そんなしょぼくれたシルキーのもとに、例のお姉さんが帰ってきました。早速それに気づいた子犬が「ワン」と口を開きかけたとろで、そっとシルキーに振り返ります。「(ええ、行ってらっしゃい)チッ」とシルキーの許可を得ると吹っ飛んでいく子犬です。そしてお姉さんを出迎え、キャンキャンと弱い犬ほど吠える、の例えのように媚を売りつけます。
ですがこちらも浮かぬ顔です。「ああ〜、どうしよう」と子犬を引き連れて部屋の中をグルグルと回り続けるお姉さんです。どうやら火星への出発を三日後に控えた今になって、それが片道だと知ったようです。
苦悩するお姉さんです。話が違う、詐欺だと言ってもそれはお姉さん以外、誰もが知るところです。世間では物好きなお姉さん、アホなお姉さん、人生を捨てたお姉さんと持て囃され、今や人気急上昇、時の人となっています。
ですが、今更辞退するのもカッコ悪い、いいえ、それ以前に自己資金、全財産に近い額を既に投資済みであり、その回収はほぼ不可能。結果、人生を踏み外し、詰んでしまったお姉さんです、はい。
そんなお姉さんの絶望も知らず、愛嬌を振りまきながら足元に絡みつく子犬。それを思わず蹴飛ばしそうになったお姉さん、自身の愚かな感情を速やかに改心し、子犬を抱きかかえては心の中で詫びるのでした。
「ごめんね〜、でもね〜、あれなのよ〜」と子犬に語り掛けながら既に半べそ状態のお姉さん。思わず子犬を抱きしめながら、「あなたはいいわよね〜、代わりに〜」と言ったところで、ハッとしてドキュン。なにやら閃いたようです。
ですが、一瞬笑顔が戻ったその顔が直ぐにどんよりした表情に変わってしまいました。それは良い案が浮かんだものの、それを行うことは余りに外道、人の道に反することだったからです。
でも、でも、でも、そんな悠長なことを言っている程、今の私には余裕がないのよー、やる前から後悔してどうすんのー、後でするから後悔でしょうーガー、と何かを決意したお姉さんです。
そうと決めれば素早い動きを見せるお姉さんです。早速、シルキーにお願い事を始めました。
「ねえ、私、三日後に出かけるんだけど、その、友達、少ないのね。そこで貴女、見送りに来てくれないかな〜。うん、いいよ。その後はこの家で好きに暮らしていいから。えっとね、午後6時、18時に来てよね。うん、うん。それでね、もし来なかったり約束の時間に少しでも遅れたら、私、泣いちゃうよ。ねえ、それ、貴女、困るわよね、うん。私、一生恨むかも、貴女のこと。絶対よ、約束したからね」
「(いいですよ)チッ」
シルキーとの約束で、小踊りを始めたお姉さんです。ですがそれは後で必ず後悔することなのでしょう。今が良ければ、今さえ乗り切ればの一心で悪魔に魂を売った、のかもしれません。
◇
開いたドアから中に入るために、まずお姉さんがジャンプしました。ジャンプ? はい、ジャンプです。跳躍したと言ってもよいでしょう。流石は体育会系のお姉さんです。ですがそれは……ええ、シルキーが卒倒しそうなくらい荒れ果てた、いえいえ、そこはゴミの集積場、のような所でした。
我慢しきれなくなったシルキー、部屋の中へとゴミを掻き分けながら進み、一番奥の部屋へと入っていきます。そして360度見渡し、今にも気絶しそうな自分を辛うじて保ち続け、何かのスイッチを入れました、ブオォォォォン。
巧みな手さばき、活動動線の確保、舞を踊るかのようなステップ、そして至高の目標を掲げ、一糸不乱に部屋の掃除を始めるシルキー、テキパキです。
「私ね――」
シルキーの働く姿を傍で見ながら自分語りを始めるお姉さんです。長いので要約しておきましょう。このお姉さん、見た目通りやってますよ、日々の訓練を。その訓練とは、なななんと宇宙飛行士になるためのものなのです! 正確には乗組員、クルーといったほうが良いでしょう。
その行き先は火星、人類未踏の星であります。そこに有人ロケットでひとっ飛び、ガツーン、ドーンと行ってくるわけです。
但し、その火星行きは……行きっぱなしの片道旅行であります。そう、もう地球に戻ってくるなんて、そんな面倒なことは考えない、要は『移住』ということになるのでしょう。既に、半年前には居住用の資材を積み込んだロケットが飛び立ち、そろそろ到着する予定です。そこで健気なロボットたちがトンカントンカンと人が住める基地を建設することになっています。
そんな命知らずな火星旅行に応募したお姉さん、くじ運が良いのか悪いのか、とにかく宇宙飛行士に見事採用され、天にも昇るほど喜んだそうです。
「それでね、私ね――」
まだ、お姉さんの話は続くようですが、キッチンにて洗い物と格闘しているシルキーです。そこに子犬が忍足で近寄り、シルキーを威嚇、いえ、そんな根性と度胸はありませんので、自分の方が先住民、先輩であるぞビームを放っています。それに気づいたシルキー、「(邪魔をしないで)チッ」と、手を休めることなく優しい眼差しをその子犬に突き刺しました。
するとどうでしょう、直ぐに尻尾を丸めて降参する子犬です。これで上下関係がはっきりとしたことでしょう。
ということで、お姉さんが強引にシルキーを連れてきた理由は、自分が留守の間、この子犬の世話をして貰うつもりだったようです。ですが……そうですね、それは『留守』ではなく永遠のお別れになるはずです。ということは、はい、このお姉さんは大きな勘違いをしている、ということでしょう、可哀想に。
半年前に施設関係の資材を積んだロケットが飛び立ち、間も無くお姉さんたちを載せるロケットの打ち上げがあります。そして第三陣として三ヶ月後に残りの移住者を乗せたロケットが飛び出すのですが、それを帰りのロケットと間違えているのでしょうか。行ったきりの片道、当たって砕けろの火星旅行です。
「半年、いいえ、三ヶ月でもいいわよ、私が戻るまでだから」
部屋が綺麗になっていく様に感激しながらも、まだ話を続けるお姉さんです。既に洗い物を済ませたシルキーが断捨離の心を持って大胆にゴミを捨てていきます。
「あっ! それは」
シルキーが手にしたゴミに反応したお姉さんですが、「(これは二度と手にしないはず)チッ」と容赦なく捨ててしまいます。それに「あうー」と涙ぐむお姉さん、それは買ったばかりなの〜と慈悲を求めてもシルキーの心が揺らぐことはないでのす。
「あっ! ああ、いいわそれ、いらなーい」
シルキーが手にしたゴミを無視したお姉さん、「(これは大切なもの。多分、代々受け継がれた誰かの形見、のはず)チッ」と、そっと棚の上に飾っておくシルキーです。
「それでねー、お給料のことなんだけど……えっ! いらないの! まあ、でも住むとこ、ないんでしょう? ここに住めば〜。うん、そうしなよ。それでお金のことは相殺ってことで。どう? 良かったよね、お礼はいいから気にしないで」と勝手に話を進めるお姉さんです。
こうして爽やかクリーンに蘇った部屋を手に入れたお姉さんは大満足です。勿論、ここまで仕上げたシルキーも誇らしげに微笑んでいます。こうしてお姉さんとシルキー、そして子犬一匹の共同生活が始まりました。
◇
数日後、お姉さんの部屋のソファーで浮かない顔のシルキーです。あの働き者のシルキーはどこに行ってしまったのでしょうか。それはシルキーにとって一番重要で大切なこと、その存在理由でもある家事が出来なくなったからなのです。ええ、確かに部屋は綺麗に美しく見違えるように輝いています。でもそれはシルキーのこなした仕事の成果ではなく、家事の全てを機械が自動で行ってしまったからに他ありません。
この部屋の初期状態では、とてもそんなことを想像すら出来ない状態でしたが、それこそが原因だったのです。そう、いくら便利な機械があろうとも、それが正常に稼働する領域、場所が無かっただけなんです。それをシルキーが神業、匠の技で綺麗にしたおかげで、本来の機能が発揮できるようになった、というわけです。それで、そう、それらの活躍により、もはやシルキーの出番が無くなった、お払い箱、お荷物状態と化してしまったので御座います、はい。
そんなしょぼくれたシルキーのもとに、例のお姉さんが帰ってきました。早速それに気づいた子犬が「ワン」と口を開きかけたとろで、そっとシルキーに振り返ります。「(ええ、行ってらっしゃい)チッ」とシルキーの許可を得ると吹っ飛んでいく子犬です。そしてお姉さんを出迎え、キャンキャンと弱い犬ほど吠える、の例えのように媚を売りつけます。
ですがこちらも浮かぬ顔です。「ああ〜、どうしよう」と子犬を引き連れて部屋の中をグルグルと回り続けるお姉さんです。どうやら火星への出発を三日後に控えた今になって、それが片道だと知ったようです。
苦悩するお姉さんです。話が違う、詐欺だと言ってもそれはお姉さん以外、誰もが知るところです。世間では物好きなお姉さん、アホなお姉さん、人生を捨てたお姉さんと持て囃され、今や人気急上昇、時の人となっています。
ですが、今更辞退するのもカッコ悪い、いいえ、それ以前に自己資金、全財産に近い額を既に投資済みであり、その回収はほぼ不可能。結果、人生を踏み外し、詰んでしまったお姉さんです、はい。
そんなお姉さんの絶望も知らず、愛嬌を振りまきながら足元に絡みつく子犬。それを思わず蹴飛ばしそうになったお姉さん、自身の愚かな感情を速やかに改心し、子犬を抱きかかえては心の中で詫びるのでした。
「ごめんね〜、でもね〜、あれなのよ〜」と子犬に語り掛けながら既に半べそ状態のお姉さん。思わず子犬を抱きしめながら、「あなたはいいわよね〜、代わりに〜」と言ったところで、ハッとしてドキュン。なにやら閃いたようです。
ですが、一瞬笑顔が戻ったその顔が直ぐにどんよりした表情に変わってしまいました。それは良い案が浮かんだものの、それを行うことは余りに外道、人の道に反することだったからです。
でも、でも、でも、そんな悠長なことを言っている程、今の私には余裕がないのよー、やる前から後悔してどうすんのー、後でするから後悔でしょうーガー、と何かを決意したお姉さんです。
そうと決めれば素早い動きを見せるお姉さんです。早速、シルキーにお願い事を始めました。
「ねえ、私、三日後に出かけるんだけど、その、友達、少ないのね。そこで貴女、見送りに来てくれないかな〜。うん、いいよ。その後はこの家で好きに暮らしていいから。えっとね、午後6時、18時に来てよね。うん、うん。それでね、もし来なかったり約束の時間に少しでも遅れたら、私、泣いちゃうよ。ねえ、それ、貴女、困るわよね、うん。私、一生恨むかも、貴女のこと。絶対よ、約束したからね」
「(いいですよ)チッ」
シルキーとの約束で、小踊りを始めたお姉さんです。ですがそれは後で必ず後悔することなのでしょう。今が良ければ、今さえ乗り切ればの一心で悪魔に魂を売った、のかもしれません。
◇